国内外フィールドワーク等派遣事業 研究成果レポート





安藤昌也(メディア社会文化専攻)
 
1.事業実施の目的 【g.海外教育研究機関活用事業】
  長期的な製品の使用性(Long Term Usability)に関する定義についての議論とその評価手法の先行研究事例の調査・収集
2.実施場所
  University of WASHINGTON College of Engineering Department of Technical Communication (UWTC)
3.実施期日
  平成18年2月15日(水) ~ 平成18年2月28日(火)
4.事業の概要
  □ ワシントン大学工学部テクニカルコミュニケーション学科の概要
  今回の訪問先は、ワシントン大学工学部テクニカルコミュニケーション学科(通称UWTC)である。テクニカルコミュニケーションとは一般に製品の機能や使用方法、またはサービスの内容などをわかりやすく 的確に表現する技術をさす。UWTCは特に、マルチメディア表現、ウェブ、ソフトウェアインターフェースデザインとユーザビリティ評価等を中心に、テクニカルコミュニケーション設計にかかわるビジュアル表現、分析技法、言語的スキルをカリキュラムに取り込んでいる。工学部の学科としては規模が小さく、学部生は80名程度、大学院生は60名程度である。
  工学部の中にテクニカルコミュニケーション学科を設置している大学は、全米でもきわめて少ない。その中で特にUWTCは、ユーザビリティ工学分野において先進的な研究を行っている。

□ Judy Ramey教授による直接の研究指導
今回の訪問では、ユーザビリティの著名な研究者でありUWTC学科長でもある、Judy Ramey教授に直接博士論文の研究指導を受けた。
Ramey教授からは、論文の着眼点については評価を得た。ただし、博士論文の方向性が現段階では不明瞭であるため、既往研究を十分検討することを指導された。特にユーザ満足度の指標化について、重点的にコメントをいただいた。

□ 既往研究の調査・収集
  私の研究テーマは、「長期間にわたるユーザビリティ(Long Term Usability)の定義と指標化」だが、日本国内での既往研究調査は、思うように類似の論文を発見することができなかった。そこで、Ramey教授の指導を得て、消費者行動論、マーケティング、満足度研究、文化人類学等、隣接する領域に拡大して既往研究を調査・収集を行った。収集した論文・文献は53編に上った。

□ UWTC学生とのLong Term Usabilityについてのアンケートおよび議論
  訪問前、UWTCの学生に対して、長期に使用している製品についての印象を把握するアンケート調査を計画していた。しかし、実際に大学内で調査を行うには、個人情報保護関連の手続きが必要で、かつ煩雑だった。またその許可が早くても2週間かかるため、今回の訪問では断念せざるを得なかった。
  アンケートの代替として、ユーザビリティに興味のある学生たちの主体的な勉強会“DUB”の会合に参加する機会を得た。実施予定のアンケート用紙を見ながら、10名程度の学生と議論し、長期間の製品の利用による評価の変化について、具体的な意見を得ることができた。


5.本事業の実施によって得られた成果
□ 関連研究の収集
  最大の成果は、53編の関連論文である。特に消費者行動論やマーケティングの分野の論文が今後の研究の方向性を検討するヒントとなった。消費者行動論では、これまで消費前の消費者の行動に注目して研究が行われてきた。しかし最近では、購入後から廃棄にいたるまでの行動についてモデル化を試みる研究が増えている(消費経験主義という)。これらの研究は、消費後の満足度やニーズの充足度を質問紙によって把握し、そこから主要因を抽出した上で仮説モデルを作り、共分散構造分析を使って検証を行う方法が中心的であった。これらの分析手法は、今後の博士論文の骨子として活用できる可能性が高い。
  また、満足度に関する研究においても重要な示唆を得た。たとえば、病院の患者満足度について研究する分野が成立しており、治療に対する満足度のモデルの検討を行っている。ここでは、満足度を事前の期待値に対する充足度として捉える方法(期待値モデル)を、批判的に検討しており別の測定方法でのモデル化が試みられている。期待値モデルを批判的に検証する視点は、ユーザ満足度の指標を検討する際に参考になる。

□ 長期的な使用による、製品評価の変化があることの普遍性
  今回の訪問では、手続き上の問題でアンケートを実施できなかったが、10名程度の学生らとディスカッションすることができた。その中で、長期の使用中においてのみ実感する評価が、誰もが感じる一般的なものであることが確認できた。これらの評価は、ユーザビリティテストだけでは把握できないものであることもわかった。しかし、同じ製品を利用していても、各個人ごとに購入目的や利用の目的がまったく異なるため、一つの製品のLong Term Usabilityの高低を指標として一概に扱えないだろう、という指摘があった。考慮すべき個人の要素として、対象製品に対する習得の努力、類似製品の利用経験などの要素が挙げられた。
  これら根本的な問題点は、概念モデルフィードバックし、再度概念整理を行う必要がある。

□ 日米のテクニカルコミュニケーションの意味合い
  UWTCのユニークな点は、Technical Japanese Programがある点だ。1990年に設置されたプログラムで、日本の産業力を背景に日本向けのビジネススキルを見につける目的で設置された。これは、テクニカルコミュニケーションと地域文化は不可分という認識に基づいている。授業は日本語で行われている。こうした取り組みは、日本の大学や産業界も見習うべきだろう。
  米国におけるテクニカルコミュニケーションは、元来法律的な問題への対処として発達してきた。訴訟の多い米国では、マニュアル等に十分な注意事項がなければ企業が不利益を被ることが多いためだ。IT技術の発達によって、いかにわかりやすく表現するかが問われるようになった。これには、米国が移民国であり、識字率の低下が問題になったことと無関係ではない。
  こうした文化的な背景についても、研究の背景として理解した上で調査やフィールドワークを実施する必要があるだろう。

6.本事業について
    海外研究機関での訪問研究の機会を与えていただき、大変感謝しております。
一部運用上の問題ですが、別のプログラムである海外フィールドワーク事業との違いが明確ではない点が気になりました。私の目的は教授らから直接指導を得るものです。指導のために必要な文献の購入を指示されたのですが、日本でも購入できるという理由で、現地でその文献に基づいた指導・ディスカッションできませんでした。この点は、運用上の改善の余地があると思います。
 
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