国内外研究成果発表会等派遣事業 研究成果レポート





安藤昌也(メディア社会文化専攻)
 
1.事業実施の目的 【e.国際会議等研究成果発表派遣事業】
  Usability Professionals’ Association年次大会における口頭発表および学会参加
2.実施場所
  OMNI HOTELS, Denver Colorado USA
3.実施期日
  平成18年6月12日(月) ~ 平成18年6月16日(金)
4.事業の概要
   UPA(Usability Professionals’ Association)は、ユーザビリティ実践者の団体であり、ユーザビリティを専門的に扱う世界的な組織である。そのため、学術的な研究成果の発表よりも、メーカー等のユーザビリティ担当者の実践から得られた知見や手法についての発表が多いのが特徴である。

今年のUPAのセッションは、昨年のセッションと比較して、以下のような特徴が見られた。

1) “アジャイルデザイン”や“ラピッドユーザビリティ”という手法が、去年のUPAではチュートリアルで取り上げられるなど、主要な話題となっていた。しかし今年は、実践を踏まえた問題点や、ユーザビリティ評価法の話に発展していた。このことは、アジルやラピッドを冠した手法が、米国のプロダクトカンパニーでは、定着しつつあることが伺える。セッションの参加者の実践状況のサーベイの状況を見ても、アジルデザインは、確実に定着しつつある。
2) 上記と同様の傾向と考えられるが、“Formative Usability Evaluation”についてのセッションが複数見られた。要するに、アジルデザインの一環として、手軽に実施できるユーザビリティ評価法が求められているためではないかと思われる。
3) ウェブユーザビリティに関する知見が、相当程度充実してきたことも特徴だろう。ウェブユーザビリティとタイトルに示されなくても、ケースとしてウェブを扱ったものが多かった。ウェブと紙とを比較してドキュメントのユーザビリティ特性を検討した発表もあったりした。ウェブはメディアとして当然のターゲットとして認知されていることが伺えた。

今回は、学会開催前に行われたチュートリアルのうち“Understanding Users In Context: An In-depth Introduction to Fieldwork”を受講した。通常ユーザビリティ評価は、いわゆるテストラボで行われることが多い。しかし、ラボ調査は実際の利用シーンのごく一部の利用しかテストすることができず、自然な利用状況での使用感、ユーザビリティ評価を把握することが難しい。
このチュートリアルでは、実際に使われる使用環境のおいて行うユーザビリティ評価のための具体的なプロセスおよび手法を学習した。実際の使用環境におけるユーザ行動の把握という点では、Holzblattらの“Context inquiry”が有名である。ただ、Context inquiryは、ユーザビリティ評価の手法ではない。このチュートリアルでは調査のフォーカスを明確化した上で、より自然な状態でユーザの利用状況を把握する方法が示された。
 フィールドにおけるユーザビリティ評価は、コスト的にも実際には取り組みにくい手法である。また、先述のように、“アジル”や“ラピッド”といった手軽な手法がメインストリームになりつつある現状とは、逆行する手法とも言える。しかし、タブレットPCなどのまったく新しいデバイスの使用性や、ビジネス用の業務ソフトなど、ユーザのビジネススキルのばらつきが想定されるような製品の場合は、このようなフィールドにおけるユーザビリティの評価が、非常有効な手段であると感じた。
5.学会発表について
   今回のUPA年次大会では、“Concept Framework for the Long Term Usability and Its Measures”のタイトルで、ポスター発表を行った。UPAでは毎年、“Poster Revolution”と称した対話発表を行っている。20分程度の口頭発表と質疑応答が行われる。
  ポスターは学会1日目の夜から張り出し、2日目の午後発表、3日目まで公開される。ポスター発表の件数は、全体で12件であった。
  私は、より多くの意見を得るために、張り出したポスターの横に付箋紙を用意し、自由にコメントを書いて、ポスターに張っておけるように工夫した。
  発表前までに、2通のコメントを得た。1つは、「Effectiveness(有効さ)は、時間の経過によって低下しうる」との意見。2つ目は、「すばらしいポスターだ。ぜひコンタクトしたい」との評価のコメントであった。
  Poster Revolutionでは、20分間の口頭発表を行った。聴衆は30名程度だった。今回提案した、“Long Term Usability”の基本的な考え方を説明した。長期間の視点でユーザビリティを考える、という点には多くの聴衆から賛同を得た。聴衆からも具体的な例として、「ゲームのコントローラーが、バージョンアップするごとに次第に違うものになる」などの意見があった。
  質問として、「今後、この研究を具体的にユーザビリティに活かす方法は何か検討しているか」を問われた。回答として「実際には、設計段階で長期利用によるユーザの利用コンテキストが変化する可能性がないか、検討することなどが考えられる」との見解を提示した。
  概ね今回の提案については賛同を得られた。しかし、フレームワークの基礎としたISO9241-11のフレームワーク自体があまり知られておらず、Long Term Usabilityの定義づけの面では、より丁寧な説明が必要だと感じた。

6.本事業の実施によって得られた成果
 学位論文の研究では、近く実際のユーザに対するインタビューを中心としたフィールドワークを計画している。
  フィールドワークに関するチュートリアルに参加したことは、その意味でどのような手法でユーザの利用環境を踏まえた調査を行えばよいかが、具体的に理解できた。訪問調査を行うことは、インフォーマントとの十分な理解を得ることが必要であり、またプライバシーについても考慮しなければならない。このチュートリアルでは、研究の骨子だけでなく「インフォームド・コンセント」等実施の際に留意しなければならない事柄についても、具体的に理解することができた。この知識は、今後予定しているフィールドワーク調査の計画および実施に非常に役立つものとなる。
  発表では、Long Term Usability(長期間にわたる使用性)というコンセプト自体が、ユーザビリティ実務者を中心に理解を得られるコンセプトであることがわかり、これまでの研究方針の妥当性を確認することができた。
  今回参加したUPAは、学術的な研究成果よりも実践による知見・手法に関する発表や関心が高い。その点、私の発表は学術的なもので実務的な要素を提案するには至っていない。しかし、「確かに、長期利用の視点でのユーザビリティ評価、という考え方はありうる」という、実践者の認識を得られたことは、今回の最も重要な成果だと言える。
  今後、この研究方針を維持しつつ、フィールドワークの計画を立案し、実際にユーザが長期的にどのように製品を利用しているか。またその際、どのような出来事があり、どのような心理的な変化が起こったかの本質的理解のための調査を行う。今回示したフレームワークは、Long Term Usabilityの概念的な位置づけを示したものであるが、フィールドワーク調査を通して具体的な定義づけ、意味づけを行えるよう今後も研究を進めていく予定である。

7.本事業について
   国際学会での発表は、自分の研究が世界的な視点からみて、どのように理解されるかを体得できる極めて貴重な経験の場である。今回の発表は、研究の初期のコンセプトについての発表であったが、研究方針の妥当性を確認することができたことは、非常に大きな成果だった。今後も研究の進捗にあわせてできる限り、国際学会での発表を行っていきたいと考えている。
  このような意味で、本事業は学生の国際学会での発表の機会を与え、非常に有意義なものである。総合研究大学院大学全体の知名度の向上や学生の質の向上のためにも、本事業を継続して行っていただきたいと考えている。
 
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