国内外研究成果発表会等派遣事業 研究成果レポート





浅見恵理(比較文化学専攻)
 
1.事業実施の目的 【d.国内学会等研究成果発表派遣事業】
  第11回古代アメリカ学会研究大会・総会での研究発表
2.実施場所
  早稲田大学戸山キャンパス
3.実施期日
  平成18年12月2日(土)
4.事業の概要
    古代アメリカ学会は、南北アメリカ先史学・考古学ならびにその関連分野を研究する者が、活発な意見・情報の交換を通して互いの研究の深化と知見の拡大をはかり、日本における当該研究の発展に寄与することを目的として設立された。本学会の前身は、1996年に設立された「古代アメリカ研究会」であり、2003年11月、同研究会の総会を経て、古代アメリカ学会と名称変更した。本学会は 役員会による運営のもとで、 毎年、研究大会の実施ならびに学術雑誌「古代アメリカ」の刊行を継続して行っている。

 第11回研究大会・総会は、平成18年12月2日に、早稲田大学で開催された。内容は、研究発表、ポスターセッション、調査速報の3部構成となっている。研究大会の後には総会が行われた。

 研究発表では、中南米の古代文化の多様な領域に関する、興味深い研究成果が5本発表された。その内容は、南米の中央アンデス地域で起こった紀元前からインカ帝国期(紀元後16世紀)にいたるまでの多様な文化に関する発表と、中米のメキシコ中央高原に起こったテオティワカン(紀元前2世紀~紀元後7世紀)に関する発表である。研究対象となる文化が、時期的にも地域的にもバランスよく網羅されており、研究テーマも多岐にわたることから、新たな知見を獲得することができた。また、その文化を専門としない研究者から様々な質問や意見が発せられ、大いに刺激を受けた。
 ポスターセッションでは、博物館が所蔵する古代アンデスの染織品の紹介と、展示手法についての発表が行われた。博物館の資料を研究対象として活用することは重要な課題であるため、所蔵資料を広く研究者に周知する有益な発表となった。また、博物館の体験学習コーナーで使用する古代文字スタンプ等も紹介され、来館者が考古資料を身近に感じ、楽しく学習できるためのアイテムを創作する必要性を感じた。
 調査速報では、2006年に行われた考古学的調査の概要と成果の報告があり、中米3本、南米3本の合計6本の発表が行われた。現在、多くの日本人研究者が実際に現地に入り、緻密な作業を基本とした発掘調査や遺物の分析を行っている。本学会で最新データが提示されることにより、自分の研究テーマや方法論を見つめ直し、深化させる重要な機会を持つことができた。
 研究大会後には総会が開催され、事務的な確認が行われた。その中で、日本の歴史教育における中南米の古代文化研究の認識不足が問題として挙げられ、今後の学会の方向性が問われる課題となった。現在、活発に行われ蓄積されている研究の成果を、多くの人に正しく伝え、理解してもらえるような情報の発信が重要であることを再認識した。

5.学会発表について
 報告者は、研究発表の部において13時から13時25分までの25分間の発表時間の割り当てで、15分間の口頭発表と、10分間の質疑応答を行った。発表は「チャンカイの土器文様」というタイトルで、パワーポイントを使用して行った。発表の要旨は、以下の通りである。

 本研究発表の目的は、土器に描かれる文様表現の規則性から、地域社会の様相を考察することである。分析対象とするのは、先史アンデス文明の中でも、ペルー中央海岸に興隆したチャンカイ文化(A.D.1000~1470年)の土器である。実際には、ペルー・リマ市に所在する天野博物館が収蔵する約440点の土器を調査した。
 分析方法は、まず幾何学文様を最小単位となる要素に分解し、要素間および要素と施文位置との相関関係を把握した。次に、クチミルコと称される人物像についても、文様の構成要素とそれが描かれる位置を考察した。その結果、土器の口縁部と人物像の頭帯に描かれる幾何学文様に共通性が見出され、またその文様には地域的な差異がみられた。その地域性は、チャンカイ谷に分布する遺跡の中でも、中心的な役割を果たしたと考えられる大規模な2遺跡の周辺に分かれるようである。またこの文様の地域性は、土器の肉眼観察による他の属性の差異でも認められた。それは、生地となる粘土をこねる時に混入する砂などの鉱物の種類や、彩色するための顔料の違いである。つまり、2遺跡から出土する土器は、製作地が異なることを示しているのである。
 中央アンデスでは、現在でも地方の共同体によって被る帽子の形態や装飾が異なることから、人物像の頭帯に描かれる幾何学文様に、同様の役割が付与されていたのではないかと推測できる。そのため、文様の地域性と共同体のアイデンティティとの関連が示唆される。
  以上のような発表を行ったところ、人物像に描かれた頭帯文様と、実際にその地域で出土している染織品の文様との関連性についての質問を受けた。土器と染織品の比較対照は重要なのであるが、博物館で所蔵している染織品の資料数が数千点に達するため、時間的な制約もあり実際の作業は不可能であった。そのため、染織品からの検証は今後の課題としたい。また、幾何学文様について、抽象的な表現ではあるが重要な意味を包含しているため、様々なコンテクストからのアプローチの必要性があるとの肯定的なコメントをいただいた。一方結論部分に関しては、共同体のアイデンティティが物質にどのように表出するのかを、人類学的視点からもう少し丁寧に論証する必要があるとの指摘を受けた。その点は、自身でも結論の理論的な弱さを認識していたので真摯に受け止め、今後の論文作成に生かしたい。
6.本事業の実施によって得られた成果
   本事業を実施することによって、いくつかの成果を得ることができた。第一に、古代アンデス文明の中で、その存在が知られているにも関わらずほとんど研究対象とされてこなかったチャンカイ文化を、多くの人に再認識していただいた事である。古代アンデス研究においては、未だ多くの文化に関する研究の不足が顕著であり、その進展が望まれているため、本発表によってその一つであるチャンカイ文化の様相を示すことができたのは大きな成果である。
 第二に、自身の研究内容を発表できたことは大きな成果である。その発表内容に関するコメントを基に、自身の研究の方向性や方法論について内省し、熟考する機会をもてたことは、今後の博士論文執筆のための大きな収穫となった。
 第三に、最新の研究成果や発掘調査の報告を聴講することで、大いに刺激を受け、さらに研究への意欲を高めることに繋がった。
  第四として特に今回は、プレゼンテーションを行うために、初めてパワーポイントを作成した。そのため、他の報告者の発表内容もさることながら、写真やグラフ等の適切な使用と口頭での説明のバランス等、パワーポイントの仕様と発表方法についても関心を抱いて学会に臨んだ。さまざまな趣向に富んだパワーポイントの作成例は大変参考になり、とても興味深く聴き入った。今後、自身の学会発表の機会が増えることが予想され、プレゼンテーション技術の高さが重要になってくる。発表内容の質の高さとともに、分かりやすさを第一に考え、技術の向上を目指したい。

  反省点としては、今回の発表内容では、コンテクストの不明な博物館資料の性格により、土器の時間的空間的な変化を示すことができず、そこから社会の政治経済的な側面を考察することができなかった点が挙げられる。その問題点を克服しさらに内容を深化させるために、将来的に実証的な考古学的データを獲得するための発掘調査を行う必要があることを再確認した。けれども簡単に事は進まず、実際に自身で調査隊を組織して発掘調査を遂行するには、ペルーと日本で様々な手続きが必要となる。そのため、現段階では具体的な手続きの方法や、その他必要な情報を獲得しなければならない状況である。本事業を実施することで、発掘調査を経験している先輩方との交流の場をもつことができ、有益な情報収集を行うことができた。

7.本事業について
  これからも継続していただきたいです。

 
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