研究科選定国際会議等派遣事業 研究成果レポート





コルネーヴァ・スヴェトラーナ(国際日本研究専攻)
1.事業実施の目的 【f.研究科選定国際会議等派遣事業】
   2006年度日文研海外シンポジウム(エジプト)へのオブザーバー的参加およびアレキサンドリア図書館におけるセミナーへの参加
2.実施場所
  エジプト(カイロ大学、アレキサンドリア図書館)
3.実施期日
  平成18年11月3日(金) ~ 平成18年11月11日(土)
4.事業の概要
   本事業実施者は、実際現地にいた2006年11月4日から10日までの期間中、研究基盤である国際日本文化研究センターの代表団と一緒にエジプトのカイロとアレキサンドリアに渡り、カイロ大学で開催された国際シンポジウムを始め、アレキサンドリア図書館での研究会にオブザーバー的参加をした。この参加を通して多くの学術的な刺激を受け、極めて貴重な経験を得ることが出来た。

  国際シンポジウムは国際日本文化研究センターとカイロ大学文学部の共催で、11月5日と6日の二日間に渡って、カイロ大学内の会場で開かれた。参加者は、カイロ大学の教員と日本語を専攻する現地の学生のみならず、日本とエジプトの新聞社や日本大使館職員、他の大学や文化機関の関係者なども数人出席していた。シンポジウムのテーマは「ナイルのほとりでアラブ世界と日本が語り合う」で、合わせて五つのセッション――「日本とアラブ世界:文明比較の観点から」、「比較近代化:日本とアラブ世界」、「日本研究の新しい傾向:日本のポピュラー・カルチャーとアラブ・メディアにおける日本」、「言語と文学」、「比較の展望における日本の宗教性」――から構成されていた。本事業実施者はすべてのセッションに出席し、報告およびディスカッションを聴講した。近代論や宗教論からCMやアニメなどのポピュラー・カルチャーまで、幅広い議論が繰り広げられ、日本とアラブ世界のお互いの文化への理解への努力が著しく見えた。本事業報告者の研究関心から言って、Karam Khalil教授の「近代日本文学における自殺」という発表が最も興味深かったが、それについては次の項目で詳しく述べたいと思う。

  シンポジウムが閉会したあと、11月7日にアレキサンドリアに移動し、アレキサンドリア国立図書館(Bibliotheca Alexandrina)を訪問し、そこでセミナーに参加した。セミナーでは、アレキサンドリア大学名誉教授兼アレキサンドリア図書館顧問のモスタファ・エル・アバディ先生と国際日本文化研究センター教授の園田英弘先生による講演が行なわれた。アバディ先生は図書館の歴史、施設概要と建設秘話、所蔵コレクションおよび文化・研究活動について語った。その話は、8日に図書館を視察した際に大変役立った。2番目に講演した園田先生は、港としてのアレキサンドリアの歴史的役割や、アレキサンドリア盛衰を交通ルートと人口を手がかりに、地図や史料を照らし合わせながら再考した。

  以上が本事業の概要である。

5.本事業の実施によって得られた成果

 

 まず、シンポジウムで発表された報告の内、私のテーマである「切腹の歴史社会学的研究」にとって最も有意義であったのはカイロ大学のカラム・ハリール(Karam Khalil)先生の「近代日本文学における自殺――イスラム教から見た自殺観」についての講演であった。カラム・ハリール(Karam Khalil)先生はレジュメを用いずに30分程度講演を行なった。講演者は4年程前からこのテーマに着目し、まだ着想の段階であるとのことだったが、イスラム圏の人々から見て疑問に思うこと、すなわち、「どうして日本人は自殺するだろうか」という問いに答えるため、そして近代の日本人自殺率の高さを説くために、古代・中世・近世の文学作品に描かれている自殺観を調べる予定であると述べた。講演者は学生時に筑波大学に留学していたとのことであったが、筑波大学は当時自殺者が多いことに驚いていたようだ。留学時代、悩む日もあったそうだが、「イスラム教があるから」、「神様(アラー)との会話ができているから」、「祈りをすると自殺を考えなくなる」と体験談を語った。

  このような体験談を交えながら講演者は、宗教的相違という観点からイスラム教徒と日本人の自殺に対する考え方の違いの解釈を試みた。そして、話が文学に戻り、日本の作家たちの自殺の事例が紹介され、自殺した作家があまりにも多いので、「日本の作家はみんな自殺者じゃないか」と考えても仕方がないと講演者は強調した。心中や切腹を簡単に説明した後、カラム先生はイスラム教から見た自殺観に簡単に触れた。すなわち、イスラム教徒は自殺をしないというのが前提であるが、一方、「殉死」、「殉教」、「殉教者」という言葉はアラブ語にもあり、自殺に関わってくる用語であるが、それは自分のための自殺ではなく、国のため、アラーのための行為であると説明された。実際、このことについてはもっと詳しく聞きたかったが、イスラムにおける自殺観の議論は今回あまり展開されなかったのは残念である。しかし何よりも、この講演を通して、本事業実施者は多くの学術的な示唆を得ることができた。博士論文の執筆に当たって、日本の伝統における自己犠牲とイスラム圏のshahada(共同体のための犠牲)という概念の比較などをも視野に入れ、比較文化的なアプローチを活かしながら、切腹の考察を深めたいと思う。また、休憩中やシンポジウム後にカイロ大学の関係者・学生と研究内容等についての議論や情報交換を行ない、得られた知見を今後の学術的研究に役立てたい。

  最後に、シンポジウム・セミナーの運営に現場で携わることができ、大変勉強になった。ゲストのレジストレーションや機材の準備、報告者のアシスタントなど、スタッフの動きを見ながら体験できた。この経験は今後、フォーラムや研究会運営に関わる際に役立てたいと思う。

6.本事業について
    本事業を通して、極めて有益で貴重な体験をさせて頂き、感謝しています。このプログラムで得られた経験やネットワークを今後活用したいと思っています。またこのような機会が得られれば、積極的に参加したいと希望しています。

 
 戻る