国内外研究成果発表会等派遣事業 研究成果レポート





小谷幸子(比較文化学専攻)
 
 
1.事業実施の目的 【e.国際会議等研究成果発表派遣事業・h.海外フィールドワーク派遣事業】
  学会発表および博士論文執筆にかかわるフィールドワークの実施
2.実施場所
  カナダ (Kamloops)、アメリカ合衆国 (SanFrancisco)
3.実施期日
  平成18年10月12日(木) ~ 平成18年10月26日(木)
4.事業の概要
  (1)参加した学会の内容及び主に参加したセッションについて
  今回、本事業を通して、派遣期前半に参加した学会は、カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州の小都市、カムループス(Kamloops)にある大学、Thompson Rivers Universityにて開催されたカナダ日本研究学会(Japan Studies Association of Canada)の年次大会である。本年度の年次大会のテーマは「変貌しつつあるグローバル社会における身近な日本(Japan at our doorstep and in the changing global community)」と題されるものであった。日本にかかわる人文・社会科学系諸分野の研究者がカナダ内外から集まり、基調講演や関連図書の新刊紹介に加え、30近くのセッションを通して議論を深めた。学際的なセッション構成のなか、グローバル化、多文化主義、移民、高齢化など現代的なテーマを扱う興味深い研究報告が数多く見受けられたことが印象的であった。なかでも、カナダにおける日系移民の軌跡、日本とカナダの比較研究という観点からアプローチする研究が少なくなかった。また、学会での発表は主に英語で行われていたが、日本からの参加者も多く、会場で日本語が頻繁に飛び交っていたことも、本年次大会のテーマをまさに肌で感じさせる要素のひとつであった。

(2)実施した調査の内容について
  派遣期間の後半は学会のあったカナダから米国へ移り、サンフランシスコおよび周辺地域にて、サンフランシスコ日本町を拠点としてビジネスや生活を営む在米コリアンについての博士論文執筆のためのフィールドワークの補足調査をおこなった。具体的には、以下のような内容およびスケジュールでおこなった。
10月19日:
①オークランド市の韓人コミュニティ関係機関への訪問および視察(教会、老人センターなど)
②サンフランシスコ日本町の日系企業家へのインタビュー
10月20日:
①サンフランシスコ日本町の文化保存活動委員会のスタッフへの聞き取り
②サンフランシスコ日本町の日系高齢者福祉事務所、コリアン・ソーシャルワーカーへの聞き取り
10月21日:
①日本風アニメ制作会社のスタッフ・ミーティングに参加
10月22日:
①地方自治体の高齢者福祉課勤務のコリアン・ソーシャルワーカーへの聞き取り
②看護婦として働く韓国からの移民出身者への聞き取り
10月23日:
①サンフランシスコ日本町での映像撮影
10月24日:
①オークランド市の韓国系老人センター職員への聞き取り
②アラメダ市の韓国出身の移民家庭への訪問
③在米コリアン1.5世、2世世代の個々人との交流および聞き取り

5.学会発表について
   口頭発表をしたセッションは、日本およびカナダを拠点とする研究者4名によって進めてきた、海外の日系移民コミュニティについての共同研究が基盤となるパネルである。”The Kakehashi(Bridge-Across)Project: Bridging between Evolving Transnational Japanese Communities”と題された当セッションは、グローバル化時代において、異人種・民族間結婚の増加にまつわる新たなエスニック・アイデンティティの生成、日系移民の日本への出稼ぎ、商品としての日本文化の世界的流通などの影響下で、従来の血縁中心主義的な「日系」概念に基づく共同体像ではとらえきれない、変わり続ける今日の日系移民社会の実像に焦点をあてるものであった。Kakehashi Projectという名前には、日系移民社会にかかわりつつも、これまでの日系移民研究では見過ごされがちであった人びとに架け橋をかけるという意味が込められている。また、心理学、言語学、歴史学、人類学という4人の発表者の異なる出身学問分野、北米、南米、日本に散らばる調査地、戦前期から現代におよぶ調査の焦点となる時間軸の差など、それぞれの研究間にみられる様々な差異を通して、接合的な視点を培うという意図もある。
筆者は、この上記のセッションにて、これまで行なってきたサンフランシスコ日本町の調査事例に基づいて発表をおこなった。サンフランシスコ日本町は、米国カリフォルニア州サンフランシスコ市において日本町(Nihonmachi)、ジャパンタウン(Japantown)、ジェイタウン(J-town)といった名称で呼ばれる都市街区であり、全米に現存する三つのジャパンタウンのなかでも最も古い歴史をもつことで知られる。そもそもは、19世紀後半から20世紀半ばにかけて、当時の人種差別的な政策から居住地区を制限されていた、日本からの移民が寄り添って生活した場所であるが、近年、特に1980年代後期以降は、日本からの渡米者の減少や日系資本離れ、郊外化、世代交代、高齢化、日系ビジネスの後継者不足が進み、同じカリフォルニア州にある残り二つのジャパンタウンと同じく、朝鮮半島や台湾などを出身地とする非日系移民テナントの増加や不動産所有が顕著にみられるようになった。
 このような傾向に連動して1990年代後半からみられる動きとして、「コミュニティ・リーダー」と呼ばれる日系の英語話者を中心とする地域の有力者たちの主導による文化保存活動があげられる。この取り組みは、全ての地域の生活者に開かれた活動として位置づけられながらも、日本町の旧日系人集住地区としての歴史性を継承し、「日系アメリカ人」のシンボリックな心の拠り所たる場所性を創出するといった性格も兼ね備えている。発表では、この日本町というローカルな場を介した日系文化の保存活動が、いかにグローバルな動きとしての日本の現代ポップカルチャーブームと連動して行われているのかという背景的文脈のもとで、サンフランシスコ日本町をアニメの活動拠点とする香港出身の移民二世で十代のアニメ・アーティストの語りに焦点をあてた。その目的は、さまざまな次元において多文化的要素が錯綜する今日のサンフランシスコ日本町という場において、日系という主体生成の動きが意味するものを考察することにあった。
 筆者の発表に対するフロアーからの反応としては、筆者がフィールドワークで撮ってきたインタビュー映像も取り入れながら発表を行なったため、その映像に語り手として登場したアニメ・アーティストについての質問が多かった。具体的には、彼女のその後について、また彼女と筆者との関係性についてなどである。さらに、研究テーマとしての日本のアニメに対する関心の高さを確認しつつも、一方では聴衆のなかに、アニメというものが何であるのかわからないという人もいたということが、これからの自身の研究の方向性を考えるうえで示唆的であり、参考になった。

6.本事業の実施によって得られた成果
 今回の海外派遣では、(1)学会発表と(2)フィールドワークという二つの目的を達成することができた。その成果は以下のとおりである。

1.学会発表
  カナダ日本研究学会での今回の発表は、そもそも個人発表という形ではなく、海外日系コミュニティの共同研究を主軸とする分科会に研究分担者として発表する機会を得た。この共同研究は、カナダ、University of Victoriaの野呂博子教授を代表者として、今年度から本格的に動き出したものである。今回の学会報告は、本共同研究としての第一回目の発表であり、共同研究の趣旨と意義を提示し、それに対する反応や議論を踏み台にして、今後の方向性についての指針を探るという目的があった。結果的に、学会参加はメンバー同士の互いの研究内容をより深く学ぶ機会ともなり、共同研究としての目的や方向性についても議論を深めることができた。また、今後の目標についても、今回の発表を通して、より明確になったといえる。具体的にはまず、来年6月に行われる異文化間教育学会年次大会でのケースパネル参加が予定されており、これらの研究成果を来秋にはカナダでの助成金申請へとつなげていく計画も話し合われている。

2. フィールドワーク
  筆者の博士論文研究は、朝鮮半島出身者のサンフランシスコ日本町を拠点とした記憶や経験を、ある特定の場所とある特定のエスニックな共同体を結ぶシンボリックな相関関係という観点からではなく、多文化錯綜的な現実を生きる個々人の物語としてアプローチするものである。この研究のために、2003年からフィールドワークを積み重ねてきたが、研究の舞台であるサンフランシスコ日本町という場所に関しては、生誕100周年を迎えた今年2006年に入ってから、これまで以上に著しい変化の波に次々と見舞われてきた。博士論文の構成と展開を考えるうえで、この変化の様相を把握することの意義を考慮すると、この時機を逃さずに現場でフィールドワークをする機会を得られたことが何よりの収穫であったと考える。1週間という短い日程ではあったが、現地でしか得られないような貴重な情報や資料を得ることができた。その結果、博士論文の最終的な枠組みもフィールドワークを通してほぼ固まり、帰国後11月16日には大学院のゼミでそれを発表することができた。今後の展望としては、来年6月の提出に向けて、さらに執筆を進めていきたいと考えている。

7.本事業について
   海外の、しかも自分の調査地以外の場で発表するということは、必然的にかなりの個人的負担をともなうものであり、国内の大学院に所属する多くの院生にとって、その実現は決して容易なものではない。しかしながら一方で、自分の調査地以外の場所へ赴き、そこへ集まってくる研究者と世界的な次元で交流を深めることは、自身の研究やそれに影響を与えている日本内外の学会の動向をより広い視点で相対視できる機会にもつながる。そして、そのような機会を得ることの重要性は、まだ学生の立場であるからこそ、より一層意味をもつものになりうると考える。
このような学生のニーズに応える本事業を通して、他大学の博士課程ではとうてい期待できないような教育的、財政的支援のもと、大変恵まれた研究生活を送らせていただいていることに、ただただ感謝している。

 
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