国内外研究成果発表会等派遣事業 研究成果レポート





松岡葉月(日本歴史研究専攻)
 
1.事業実施の目的 【d.国内学会等研究成果発表派遣事業】
  情報処理学会第70回人文科学とコンピュータ研究会発表会での研究発表のため
2.実施場所
  大阪市立大学 学術情報センター
3.実施期日
  平成18年5月25日(木) から 平成18年5月27(土)
4.事業の概要
 

「人文科学とコンピュータ研究会」は 人文科学分野へのコンピュータ応用をめざした ハード・ソフトの開発・事例 、研究手法(処理技術)の開発・事例 、学際的研究や理論的研究を行なっている。
今回参加した学会の分科会では、以下の分野について見識を深めることができた。

◇情報処理学会第70回人文科学とコンピュータ研究会発表会の内容◇
(1) 様々な集約を可能とする考古学データベースシステム/宝珍輝尚(京都工繊大)
(2) 3チャンネルデジタルカメラからの分光情報推定に基づく被写体再現色予測 ―陶磁器デジタルアーカイブにおける実証実験― /長谷川隆行,飯野浩一,加茂竜一(凸版印刷),宮原健吾(京都市埋文研), 大橋康二(九州陶磁文化館)
(3) フラクタル次元による絵画の複雑さの評価法 /小沢一雅(大阪電通大)
(4) デジタルアーカイブのための新しい「文献学」 ―未来の「文学全集」、 そしてその先にあるものを考えて― /明星聖子(埼玉大)
(5) 大正新脩大藏經テキストデータベース構築のためのコラボレーションシステムの開発/
永崎研宣,鈴木隆泰(山口県立大),下田正弘(東大)
(6) デジタル能舞台を利用した能役者視線アニメーションとその応用 /古川耕平,崔雄,八村広三郎(立命館大),荒木かおり(川面美術研究所)
(7) 歴史展示との関わり方に関する評価方法の検討 /松岡葉月(総研大大学院),安達文夫(歴博、総研大)
(8) 京都における「葛」と「祇」の使用実例と「JIS X 0213:2004」/當山日出夫(花園大)

◇ 発表テーマ◇ 
「歴史展示との関わり方に関する評価方法の検討-国立歴史民俗博物館の展示を活用した定量的評価-」

展示は利用者にどう理解されるのかという視点から、利用者と展示の特性、学習プログラムの
観点から、展示を活用した学習における利用者の実態分析を行い、利用者側の視点からの展示表象と、利用者の主体的学びを促す博物館教育のあり方について研究を行っている。
これに関連して、歴史展示の主体的利用についての評価方法を検討している。調査分析において、利用者の展示の理解方法を、教育学や認知心理学の理論から類型化し、その傾向を明らかにするために、定量的に評価する指標を導入した。その分析結果について発表を行った。
調査分析においては、国立歴史民俗博物館における利用者の展示の理解方法を明らかにするために、教育学や認知心理学の理論から理解の傾向を類型化し、定量的に評価する指標を導入した。本研究では、「個人的コンテクスト」と「物理的コンテクスト」の概念を用いて類型化を行なった。
「個人的コンテクスト」とは、個人の興味・関心や、個人の生来もつ能力を意味し、個人の展示の関わり方に影響するものと考えている。調査対象の個々が、国立歴史民俗博物館でテーマ学習を実施した際に、3~5枚のワークシートを作成しているが、関わり方の属性の要素は、ⅰ受動的・能動的、ⅱ思考的・情緒的、ⅲ主観的・一般的となった。
展示との関わり方において、個人のワークシートの全てが同じ属性に当てはまる場合は固定的な関わり方であり、それぞれ異なる属性に当てはまる場合は、関わり方に広がりがあると見なせる。個人の展示との関わり方については、その傾向を明らかにするために定量的に評価する指標を導入した。関わり方の属性の要素を独立とし、ⅰ~ⅲを軸とする三次元の空間を構成する。理解の方法の属性は、この空間のいずれかの点に配置される。全てが同じ属性の場合は、空間上の同一の点に配置されて、ばらつきが0であり、異なった点に置かれれば、あるばらつきを有する。この量は、三次元空間での分散で評価できる。
「物理的コンテクスト」とは、展示物をはじめとする館内の物理的諸要素を意味する。本研究では物理的コンテクストとして展示物を取り上げ、類型化した利用者の展示との関わり方の属性が、どの資料と対応しているかを明らかにした。これによって、資料による利用者の展示の関わり方の傾向を明らかにした。資料との対比においては、展示室の資料分類(博物館側の分類)と、利用者が理解できる分類から明らかにした。
調査結果より、利用者の展示との関わりは、資料の種類や来館経験を問わず固定的な傾向があることが明らかとなった。この実態は、利用者が展示との多様なコミュニケーション方法を身につけていないことも関連していると考えられる。市民参画を前提とした博物館活動においては、利用者自身が展示との多様なコミュニケーション方法をもつために、博物館教育の分野からも利用者への働きかけが必要である。

◇会場から出た意見・質問◇
・利用者の利用特性を評価する基準が曖昧に感じられる。今後、他の人間がやっても同じような評価結果が出るような評価基準を明確に示して欲しい。
・評価結果から得られた利用者の実態を、今後、展示手法にどのように反映していけばよいと考えるか。
・個人のもつ歴史、文化的背景によって展示の見方は変わる。その部分の評価はどのようになされているか。

5.学会発表について
 

 「儀礼の場における非日常的発話―石垣島川平の年中儀礼調査から―」という題目で、次のような発表を行なった。
 石垣島川平集落では、農作物の生育や豊作、住民の健康を祈願する儀礼が1年に26回行なわれている。発表者は、それらの儀礼における唱え言や歌謡等、ことばを伴う行為に着目して調査を行なう過程で、歌や唱え言ほど文句や形式が決まってはいないが、日常的なくだけた発話とは異なる発話がなされる場面があることに気付いた。その発話は、敬語を多く用いる川平方言であり、現在、儀礼の場でこの発話を行なうには習得期間が必要な人も多い。この発話を、儀礼に特有の「非日常的発話」と呼ぶこととする。
 ただ、川平方言を自由に操ることのできる人が大部分であった過去の時代において、この発話は現在みられるほど「非日常的」であったとは言い難い。けれども、敬語を用いるあらたまった言葉遣いであることには変わりない。現在、「昔ながらの」川平方言を日常的には用いない人が増えているため、この発話の「非日常性」が増していると言えよう。
 本発表では、非日常的発話が儀礼におけるどのような場面で発せられるかを、これまでの調査にもとづき報告し、この発話が儀礼の場を構成する一要素であることを提示した。具体的に挙げた事例は次の4つである。

①女性神役者「ツカサ」による拝所「オン」での祈願に、男性神役者「スーダイ」が伴う儀礼(初穂儀礼である「スクマ願い」や、災厄防除儀礼「十月祭」など)で、ツカサがオンの最奥の「イビ」で祈る前後、ツカサとスーダイは、非日常的発話により挨拶を述べ合う。
②ツカサやスーダイは、他のツカサやスーダイ、およびスーダイの補佐役である「ムラブサ」、さらに儀礼によっては集まるべきとされている一定年齢以上の男性達の前で、祈願が終わった後、非日常的発話により挨拶を述べる(豊年祭の午前中など)。
③川平では1年に1度、儀礼の暦における年の変わり目の夜に、「マユンガナシ」と呼ばれる来訪神が現われ、各戸訪問を行なう。このとき各家でマユンガナシをもてなす役目を負う当主は、非日常的発話を用いてマユンガナシを迎え、饗応し、お礼を述べる。
④1年に26回の儀礼のそれぞれについて、3日前の朝に、スーダイはツカサの家に行き、来たる儀礼での祈願を非日常的発話によって頼む。
 以上の事例を中心に述べ、川平の年中儀礼全体における非日常的発話の頻度や個々の儀礼における位置付け、非日常的発話の担い手や習得方法、伝承の状況について述べた後、下記のようなまとめを行なった。

①非日常的発話は、川平の儀礼における多くの場面で発せられる。
②非日常的発話を発すべき立場についた人(スーダイ、マユンガナシを迎える家の当主)は、この発話のやり方を学ばなければならない。
③儀礼の場において非日常的発話を行なう時に、紙を見たり、間違えたりすると、注意・指導される。
④非日常的発話ができないために、儀礼に参加しない人も出てきている。

 これまで、儀礼の場におけるあらたまった言葉遣いによる会話について着目されたことはなかったのだが、本発表では以上のまとめをふまえて、適切に発せられる非日常的発話が、川平の儀礼を構成する1要素であり、非日常的発話を行なう技術は、儀礼に携わる人に求められる技術の1つであるとも言えることを主張した。
 現在、非日常的発話の技術習得が困難な人が多いという状況を1つの起因として、川平の儀礼に変化が起こっていると言い得る一方で、様々な要因から変化をきたしている儀礼の場において、非日常的発話の存在意義や役割がうかびあがってきたとも言うことができよう。今後は、儀礼の場の変化のあり様を適切に捉え、そこにおいて非日常的発話を位置づけることを目指し、川平の儀礼における様々なことば(ツカサのニガイフツ、マユンガナシのカンフツ、ジラバ等)と合わせて考察していきたい。
 なお、今回は非日常的発話の実例を挙げることがほとんどできなかった。それは、儀礼の場での録音が難しいことに拠るが、今後はできるだけ具体例を聴取・分析していきたい。
以上の発表に対し、次のようなコメントを頂いた。
 まず、比嘉政夫先生から、「非日常的発話」という用語設定について、誤解を招きやすいと指摘された。非日常的発話というと、本発表で扱ったような発話以上に、さらにタブー性の強い呪言等が想起されるという。本発表で扱った発話を、川平の人がどのように名付けているか、現地のタームをもう1度調査する必要があるとのことだった。このような意見は他の方からも頂いた。今回設定した「非日常的発話」という言い方は今後、より実態を表わす言い方へと考え直す必要がある。
 江口洌先生からは、調査の際に、「どうしてこの場面で非日常的発話を使うのだろう」と違和感を覚えたことはあったか、という質問を受けた。これに対し、豊年祭の午前中に行なわれる「御嶽まわり」の最後に、その年の結願祭の日程が非日常的発話によってスーダイから連絡されることについて、すでに日程表が作成され周知されている日程を何故あらためて言うのかと不思議に思ったことがあると述べた。これは、日程表がまだ作られていなかった頃の名残であり、かつては現在のようにまとめて日を定めるのではなく、年中儀礼を進めながら日程を決めていったのだということを川平の人が説明されたことを続けて述べた。
 真下厚先生からは、八重山諸島小浜島でも、来訪神アカマタクロマタが現われる儀礼の際に方言が使われ、そのため小浜島では方言を話せる若者が多いというご教示を頂いた。
福田晃先生からは、倉林正次『饗宴の研究』を参考文献として教えて頂いた。また、やはり「非日常」的発話という言い方について、かつて多くの人が方言を用いていた時代には、発表で取り上げた発話もさほど「非日常」的ではなかったはずであり、現在の状況において意識化されるようになっている発話であることをふまえ、方言の使用状況を含む時代の変化を整理した上で今回の問題を論じるべきとのご指摘を頂いた。
   酒井正子先生からは、今回問題とした、儀礼特有のタブー性の強いことばと日常のことばの間の、いわば境界上のことばに注目した点においては興味深いことであるとコメント頂いた。また、奄美諸島徳之島における興味深い事例を教えて頂いた。川平で非日常的発話をすることが求められる場面と同様の場面で、徳之島では日本標準語で話すことが求められるという。徳之島では、儀礼の場など、人前であいさつを行なうような地位に就ける人は、日本標準語を流暢に操ることのできる人に限られるという。これは、奄美諸島が早くから「ヤマト」の影響下に置かれていたことと関わると考えられるが、川平の事例とは対照的であり、大変興味深く、いずれ検討したいと考えた。

5.本事業の実施によって得られた成果
   自分の主たる専門ではないが、デジタル・アーカイブ分野における最先端の技術、および考え方に学ぶことが多かった。わたくしは、国立歴史民俗博物館を研究基盤とする日本歴史研究専攻の学生なので、博物館に活用するデジタル・アーカイブの研究から多くの糧を得た。
  博物館に関するデジタル・アーカイブは、動画、絵画、文書の保存である。動画については、能の人間国宝の技術を後世に残すべく、人間国宝の動きをデジタル化して動画にする試みが行なわれていた。この動画はまだ試作段階にあるが、成功すれば、この情報コンテンツの利用者は、手軽に継続して能の舞の技術を習得できることになる。伝統文化の保存分野にもデジタル・アーカイブは貢献している。
 博士論文研究に関する成果であるが、展示がどのように理解されるかを測る評価方法について必要な観点を提示していただいた。まず評価方法の一つとして、誰にでも応用できる客観性である。本研究は歴史展示を対象として調査した初めての試行である。今後の調査に適用する観点としての有効性を評価していただいたが、より明確な評価基準を、実際のデータを提示しつつ明らかにする必要がある。さらに、調査結果を今後の展示にどのように生かすか、という課題をいただいたが、展示そのものを変えることは物理的にも難しい。そこで第一には、利用者の展示との関わり方は固定的である、という調査結果も出たことから、利用者の展示との関わり方、つまり、展示と利用者をつなぐ教育プログラムを開発することで、利用者の展示活用の機会や方法を拡大していきたい。
また、個人のもつ歴史、文化的背景によって展示の見方は変わる。その部分の評価はどのようになされているか。というご意見から、利用者の展示との関わり方を提示する指標も検討される。本研究では、展示との関わり方の属性の要素を、ⅰ受動的・能動的、ⅱ思考的・情緒的、ⅲ主観的・一般的としたが、個人史とその文化的背景についての属性は、ⅲ主観的・一般的であり、これが、三次元空間を構成する一つの軸である。個人史や、その文化的背景には、来館経験、来館機会、年齢、展示に関する知識、体験など様々な要素があり、今後、それらが、展示との関わり方にどのように影響するのか検討する必要がある。このような観点に立ち、利用者の様々な学びの形を多面的に捉える評価方法を模索していきたい。

6.本事業について
   遠隔地での学会でしたが、本事業のご支援で参加することができ、発表と研究の機会を与えていただきましたことを御礼申し上げます。学会では、情報処理の研究に関わる研究者と広く意見交換を行うことで、今後の研究へのご示唆をいただきました。

 
 戻る