国内外研究成果発表会等派遣事業 研究成果レポート





南出和余(比較文化専攻)
 
1.事業実施の目的 【e.国際会議等研究成果発表派遣事業】
  The 20th International Parnu Documentary and Anthropology Film Festival (第20回パルヌ国際ドキュメンタリー人類学映画祭) での映像発表
2.実施場所
  エストニア共和国 パルヌ
3.実施期日
  平成18年7月6日(木) ~ 平成18年7月18日(火)
4.事業の概要
   報告者が参加した「第20回パルヌ国際ドキュメンタリー&人類学映画祭」は、世界各国で開催されるドキュメンタイリー映画祭の中で、映像人類学や民族誌映画の重要性と必要性を認識し、その発展に寄与する貴重な機会であり、第1回の開始当初から優れた作品を多く認めてきている。今回の映画祭では、世界各国から約130本の作品が集められ、2週間に渡る映画祭が行われた。映画祭では、General Competitionや、Documentary for Kids(子どもが観て好ましい映画)、エストニア国内制作映画、さらに、エストニア国民の投票によるTV Competitionなど、いくつかの部門が設定された。さらに、著名な映像制作者の作品や、他の映画祭で上映受賞された優秀作品も含まれていた。各上映作品の内容は、科学映像の数は比較的少なく、社会的メッセージ性の高い映像や、記録映像、人物ドキュメンタリー映像が多くあった。その上で、報告者の映像『Circumcision in Transition(割礼の変容)』は、General CompetitionとDocumentary for Kidsの両セッションにて放映され、Best Scientific Documentaryの賞を受賞した。
  映画祭が開催されたパルヌは、エストニアの小さな地方都市であるが、映画祭が開催された時期は気候がよく、リゾート地としてEU各国からの旅行客で賑わっていた。その中で、映画祭にもパルヌ市民、子どもたち、各国からの旅行客、そして海外からの参加者など、多くの人々が参加していた。映画祭の会場も、夏休み中の小学校を利用していたり、また離島での出張上映会(報告者の作品も上映)があるなど、非常に親しみやすい場であったと感じている。各上映作品は、科学映像から芸術性豊かなドキュメンタリー映像、社会映像など、さまざまな分野に渡る質の高い映像が集約されており、子どもたちの教育にとってもよい機会提供となっていることが伺える。
さらに、映画祭開催事務局のある「ニューアート美術館」には、これまで20回の映画祭での上映作品が全て保管されており、「Video Bar」というスペースで誰でもがいつでも自由に観覧できる設備が整っている。日本では、とくに商業市場に出回っていない科学映像やドキュメンタリー映像を観覧できる機会は非常に限られており、包括的にそれらを持っている機関もほぼ皆無である。あったとしても、それを個人が閲覧することは極めて難しいのが現状である。民族誌映画やドキュメンタリー映像の教育的価値は、その内容だけでなく、表現能力や芸術性においても極めて大きいと思われる。今回の映画祭参加を通して、日本における映像への学術教育的関心が未だ低いことを痛感し、今後の発展が望まれる。

5.学会発表について
 

・報告者の上映作品の内容は以下の通りである。

 「バングラデシュ農村社会のムスリムの家に生まれた男児たちは、7,8歳頃になると、割礼を行う。割礼は、「ムスリムになる」あるいは「一人前になる」ための通過儀礼として行われる。近年、近代医療や学校教育の普及、経済成長などによって、割礼にも変化が見られる。
制作者は、2000年から継続的に行っている子どもの生活世界に関する調査の一環において、子どもたちの割礼儀礼に招待された。その際、制作者と、子どもとその家族の間で、儀礼の一部始終を映像に収めることを決定し、撮影に到った。本作品では、ある農村で行なわれた2人の男児の割礼の様子から、その変容ぶり、そして彼らが考える割礼の意味を捉えたい。」

 本作品は、映画祭期間中に、上記の各セッションや受賞作品としての上映を合わせて、計4回の上映がなされた。上映の際には、まず司会者(主催者)から制作者が紹介され、制作の経緯を簡単に説明したあと、作品を上映、上映終了後に観客からの質問を受ける。また、地元新聞社やプレスカンファレンスなどでも作品についての質問を受けた。主な質問の内容(→制作者の答え)は、
1. 割礼の映像を撮ろうとした動機(→制作者はもともとバングラデシュ農村の子どもの成長・社会化について研究調査をしていたので、その一環において、通過儀礼としての割礼を捉えた。映像に記録することを決めたのは、子どもにとって割礼は成長儀礼であり祝いの場であるため、彼らの方から招待を受け、そして彼らとの話し合いでビデオに収めることを決めた。)

2. 被写体となった彼らとの関係、どのようにコンタクトを持つに到ったか(→被写体となった男子2人と制作者は、上記の調査を通じて割礼以前から知り合いであり、家にも頻繁に訪れていた。)

3. 被写体となった子どもやその親は、割礼という内的な場・習慣を、ムスリムでなく、女性である制作者に開放したのはなぜか(→被写体の男子と制作者は調査を通じて「ともだち」や「しんせき」というかたちで知り合ったので、割礼という祝いの場には「ともだち」「しんせき」として招待された。したがって、撮影以前に既にラポールが存在していたと考えている。)

4. 割礼は彼らにとってどのようなものか(→ムスリムであることを自覚・意識し、一人前になるための男子の通過儀礼であり、割礼を受ける男子のために家族や親戚が集まる場である。)

5. 映像の中で制作者が話していた言語について(→制作者は人類学者としてのスタンスをとるので、現地語であるベンガル語を習得し、すべて直接の対話で制作した。)

6. 他の国での本作品に対する反応(→日本では、伝統的方法と近代医療による方法の相違、一概に近代医療が好まれているわけではないことに関心が寄せられた。また、発展途上である当該社会に映像が入る意味・影響についても議論がなされた。バングラデシュの当事者たちは、映像を通じて自分たちの文化・習慣を客体化して観ることを経験し、さまざまな意見を述べた。そうした彼らの視点こそが、本作品をまとめる上での軸となった。さらに、女性たちは、本映像を通じて割礼の現場を初めて目にする機会を持った。そのことを批判的に言う者は当事者の男子たちも含めて誰もいなかった。日本とバングラデシュ以外での国際上映は今回が初めてである。)

 さらに、本作品が受賞に到った点は、以下の点を評価して頂いたことにある。

・ 言語を習得し、彼らの日常・文化の中からトピックを見つけだした制作の姿勢は、まさに映像人類学の趣旨・要素を備えている。
・ 被写体となった子どもたちやその家族と制作者の良好な関係が映像に表れており、それが、これまで映像に収められてこなかった男子割礼の撮影を可能にし、作品の制作に到る鍵となった。
・ 本作品は、「イスラーム」に対する保守的、テロリズム、原理主義など負のイメージを解消し、ムスリムである彼らが大切にしている独自の文化を明らかにし、彼らの他者(ムスリムでも男性でもない制作者)を受け入れる寛容さを社会に示しうる可能性を持っている。

6.本事業の実施によって得られた成果
 報告者は、博士論文のテーマである、子どもの生活世界や社会化の過程における現代的変化を捉えるなかで、バングラデシュ農村社会の子どもの通過儀礼である「割礼」の変化を映像によって記録した。その方法論においては、文化科学研究科大森康宏教授による映像人類学の指導を受けてきた。単なる記録資料ではなく、作品としてまとめることにより、映像による研究方法、発表や発信、表現の可能性を探ることができた。そして、その成果として制作した映像作品「Circumcision in Transition」が、映画祭においてBest Scientific Documentary賞を受賞できたことは身に余る成果である。初めての制作に対してこのような評価を頂くに到ったのは、ひとえに、研究の内容と手法の両面において、木目細かなご指導をくださった総研大文化科学研究科の先生方のおかげである。

 また、映画祭への参加を通じて、上記に挙げた映像の意義を確認できたことに加えて、世界各国の映像制作者や映像人類学研究者と知り合う機会を得た。今後の研究活動においては貴重な人脈となり、新たな可能性に繋がるものと確信している。
本作品の内容は、まもなく提出予定である博士論文の1章に直結し、映像作品は論文に添付して提出する予定である。博士論文研究のなかで、その方法論や視点において、従来の記述方法だけでなく、映像という新たな可能性を取り入れることができたのは、とくに捉えにくい「子ども」を対象にした本研究においては、大きな意味をなすものと自負している。博士論文においては、そのことについても意識的に触れていきたい。

 今後は、本映像作品を含めた博士論文の完成を目指す。その後は、今回の経験と実績を生かして、さらなる研究に邁進し、映像においても次作の制作に取り組んでいくつもりである。

7.本事業について
   今回、国際的な場での研究発表が可能となったのは、本派遣事業の存在があったからである。この機会がなければ、応募に踏み切ることもできなかっただろう。本事業は、総研大の学生にとって、経済的壁を取り払い、新たな可能性に挑戦する意欲と機会を与えてくれる貴重なものである。ここに改めて、本派遣事業に採用頂いたことに感謝の意を表したい。学生の側はこの機会を活用し、それに応えた成果を出していかなければならない。

 
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