国内外フィールドワーク等派遣事業 研究成果レポート





村尾静二(比較文化学専攻)

1.事業実施の目的 【h.海外フィールドワーク派遣事業】
  フィールドワーク
2.実施場所
  西スマトラ州アディティヤワルマン博物館
3.実施期日
  平成18年2月19日(日) ~ 平成18年3月1日(水)
4.事業の概要
   今回の海外フィールドワークで最も重要な作業は、調査地であり撮影地であるインドネシア共和国の西スマトラ州において、これまで撮影調査に協力していただいてきた現地社会の人々や研究者に、筆者が編集を進めてきた民族誌映画を観ていただき、その内容に関して議論することであった。作品自体はまだ制作中であるが、現時点で編集作業が終わっているところまでを共に視聴し、主に次の五つの点に関して共同で検討した。その五つとは、作品に現れる人物が語る現地語(ミナンカバウ語)は正確に日本語字幕に翻訳されているかどうか、研究対象は映像を通して適切に考察できており、それを説明する文章内容は正しいかどうか、各シーンのつなぎ方は妥当であるかどうか、筆者が編集を進めるなかで研究対象に関して新たに抱いた疑問、そして、彼等が映像を視聴するなかで抱いた感想に関してであった。今回は、これまで継続的に調査協力していただいてきた、現地の国立アンダラス大学教員及び、西スマトラ州博物館職員と共に、西スマトラ州に滞在中は集中して本作業を行った。約50分の編集済み映像を何度も共に視聴して五つの点に関して様々に議論し、筆者の研究成果を調査地の人々の視線を通して捉え直すことで、そこに多角的な視点を加えることが可能となった。これは実に意義のある貴重な成果となった。
 本作業の他にも西スマトラ州や首都ジャカルタでは、前回のフィールドワーク以降にインドネシア国内で刊行された、ミナンカバウ文化に関する文献を収集することができた。研究対象とする文化が調査国や調査地においてどのように扱われ理解されているのかを把握しておくことは、研究上とても重要な作業である。しかし、流通事情により、インドネシアで出版された研究書の動向を日本に居ながら把握することは容易ではない。これは映像資料においても同様である。したがって、定期的に調査国・調査地を訪れ、文献や資料の収集が必要となる。
 帰途、タイのバンコクでも情報収集を行った。筆者が研究対象とする文化事象は東南アジアに遍在するものであり、これまでインドネシアとマレーシアの事例に関して情報収集と考察を行ってきた。バンコクではタイ国立文化委員会が運営するタイ文化センター、博物館を訪問し、様々な助言を得ることができた。数日の滞在であったが、タイの事例を得ることで東南アジアを舞台とした比較研究への足がかりをつかむことができたのは大きな収穫であった。

5.本事業の実施によって得られた成果
 筆者は2002年から2003年にかけて、インドネシア共和国、西スマトラ州において文化人類学調査及び民族誌映画の制作を目的としたフィールドワークを実施してきた。2年間の滞在を経て帰国して以降は、調査データの分析、それに基づいた民族誌映画の編集作業を継続して行い、現在その成果がまとまりつつある。本事業の支援を受けて実現することができた今回の海外フィールドワークでは、筆者がこれまでにまとめた、論文及び民族誌映画の研究成果の妥当性に関して、これまで調査に協力していただいてきた調査地の人々や研究者と議論し、その内容をより正確なものにするとともに、この2年間の社会変化に関する補足調査を行うことができた。
 文化人類学研究において、研究成果を調査地社会に還元することは主に二つの点においてきわめて重要な意味をもつ。
 まず、われわれ研究者の立場からすれば、研究成果の内容を調査地の人々にひとつひとつ確認していただくプロセスは、研究成果をより正確なものとするためには避けて通ることはできないものである。調査データの分析において誤りがあれば指摘を受け、分析の過程で生じるさらなる問題意識を追求することができるのは、まさにこのプロセスにおいてだからである。それにより一研究者の能力では到達しがたい、多角的な視点から研究対象をとらえた考察が可能となるのである。
 一方、調査地の人々の立場からすれば、研究成果のひとつとして、調査地の文化を主題として筆者が制作した民族誌映画を共に視聴し議論するプロセスは、彼等が自身の文化の重要性をあらためて認識する契機となる。実際、調査地社会はいま伝統文化を次世代にどのように伝承していくかという問題と直面しており、西スマトラ州では国立アンダラス大学や西スマトラ州博物館を中心として、伝統文化の伝承に映像を活用する試みが試行錯誤のなか始められている。映像を活用した文化研究に関して、筆者はこれまでに国立アンダラス大学での特別講義や西スマトラ州博物館での議論を通して助言を行ってきた。今回のフィールドワークでもこの問題に関して関係者と継続的に議論することができた。そして、筆者は博士論文と民族誌映画が完成後、国立アンダラス大学で研究発表と作品上映会を開催し、映像人類学に関する特別講義を再び継続して行うこととなった。
 文化人類学の利点は、研究対象とする社会と長期間にわたり関係を持ち、研究対象とする文化への理解を深めていくことができるという点にある。さらに、映像を活用した継続的なフィールドワークは、刻々と姿を変える文化の変容をとらえることにより実証的な比較検討を可能とし、そこから文化の実体をめぐる新たな仮説を導きだすことが可能となる。今回の海外フィールドワークでは、先に述べた活動内容を通して、調査地社会の人々との信頼関係を深め、調査対象とする文化へのさらに深い理解を得ることができた。その視点を盛り込むことで、より多角的で深みのある研究を継続していきたい。

6.本事業について
   海外フィールドワークを研究活動の基本とする文化人類学研究者にとり、本事業はきわめて意義があり、利用価値の高いものでした。次年度以降も本事業が継続されることを心より希望いたします。

 
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