国内外フィールドワーク等派遣事業 研究成果レポート





七田麻美子(日本文学研究専攻)
 
1.事業実施の目的 【c.国内フィールドワーク派遣事業】
  同一文庫内での古典中国作品と日本漢文作品の取り扱いの調査
2.実施場所
  熊本大学附属図書館
3.実施期日
  平成18年3月5日(日) から 平成18年3月7日(火)
4.事業の概要
   今回は熊本大学図書館所蔵の永青文庫寄託、北村文庫の調査を行った。
永青文庫は旧細川家所蔵の和書漢籍を現在に伝える文庫である。細川家はその祖先に古今伝授をうけるものがいるなど、戦国時代の動乱のおりにも学問の家として名を上げた一族であり、その蔵書は当然和歌関係のものなどに特筆すべきものが多い。ただし、自身の興味はそうした和書の方にはなく、その中にある漢籍、和刻本漢籍の調査を行うのが目的であった。
今回の調査では『和漢朗詠集』と『唐詩選』の調査を行い、その双方に共通の本文を比較検討するとを第一の目的とし、さらに『和漢朗詠集集注』と『和漢朗詠集』の訓点等を比較検討するということも視野に入れていた。
結果からいくと、その調査時間の大半は『和漢朗詠集集注』に費やすこととなった。『和漢朗詠集』の注釈は江注をはじめとして、平安後期には既にその需要があり、その後も多くの注釈が作られている。その内容の検討は『和漢朗詠集』の享受史としての意義のみならず、多くの日本文学の典拠として屹立する『和漢朗詠集』が、いかなる時代に、如何なる影響を与えていたのかを探る上でも大変重要なものである。こうした中、細川家伝来の「集注」の中に、奥書に中世末の年号を持つものに出会えたことは僥倖であった。
中世末期の細川家が、戦乱の世においていかなる存在であったかは、ここでいちいちあげつらう必要も無い自明のことであり、それと同時にそうした混乱の中心にあって、和歌をはじめとした芸術の家としての存在であったこともいまさら云うまでも無いだろう。中世から近世の初めに掛けての細川家の学問の研究は近年においても盛んに研究がなされている。しかし、今回の「集注」に関しては詳しい報告はなされていない。中世末の混乱期、和歌の家おける『和漢朗詠集』への取り組みを知る格好の資料との出会いを果たし、その内容を検討する機会が得られたことが、今回の最大の成果となった。

5.本事業の実施によって得られた成果

 中世末の細川家における『和漢朗詠集』への取り組みを知る上で、この『集注』の存在は大きいだろう。今回は時間の制約もあり、全体的本文の検討、内容の検討などは行えなかった。そもそも、この本がそのような意義のものであるということ自体、目録の段階では知りえなかった。また、実際に手に取り、奥書は確認したものの、奥書の真贋(などというものが細川家伝来書にあるかどうかも含めて)を調査する必要もあり、この本の調査は緒についたところである。
今後のこの本へのアプローチについて、自らの研究との関連で考えていく必要がある。細川家の家学の研究としてみていくのは大変魅力的なのであるが、近視眼的に云うならばその方法は取りえない。ただし、和歌の研究が進んでいるフィールドの上に、漢文学の影響を読み取るためのものとして考えると、またこれは格好の素材と成りうる。
まずはこの本の内容、本文についての検討を行い、他の「集注」の系統との比較の中で、本文系統を確定させ、さらにそこに施された訓点、書き込みの調査を行う。これによりこの本の位置づけができる。その上で、和文の文学についての研究を踏まえて、特に和歌と関連などが見出せるならば、和漢比較文学としての研究としてはまずまずの成果が期待できる。
ただし。今回の調査では、自身による本文の撮影は行っておらず、熊本大学、永青文庫ともに、この本の撮影、マイクロ化などがなされていないため、この検討を行えるのは、短い時間で書き写してきた部分のみに関してである。そのため、おそらく本文系統の同定などという大きな目標には及ばないであろう。とりあえずは、あるまとまりをもった部分についての写しではあるので、その書き込み等も含め、『和漢朗詠集』の古注釈書との比較を行っている。実際のところ、古注釈の集成本との比較をし、さまざまな系統の注釈史を確認するだけでも骨を折っており、この本の内容の特色を語るほどのこともできない。だが、時間はかるが、研究のきっかけとしては大きな手ごたえを感じている。また、今後の引き続きの調査を以て、全文、または特徴的な一部の本文の検討を重ねた上で、中世末の細川家をモデルケースとした『和漢朗詠集』の享受のあり方を研究することは可能であろう。そこから、日本文学史の中で看過されがちな漢詩文の文学史的意義を再確認する手がかりをつかめることを期待している。こうしたモデルケースを確定することで、更にさかのぼった時代の享受についても、ひとつの指針を見出せたらと考えている。


6.本事業について
   今回も、国内派遣に参加させていただきありがとうございます。
今回は、書名を挙げることは出来ませんが、手ごたえを感じる書物に出会えて大きな成果を得られた調査となりました。ただし、上記ありますように、まさかそのような本があるとは思っていなかったので、何の下準備もしていかなかったため、本文の撮影も行えず、当然書写するにも限りがあり、本の中の、ごく一部の情報を持ち帰るにすぎない結果となりました。先行の研究が無い上に、目録にもその情報は無いので、いたし方ないのではありますが、なにやら中途半端な気持ちでいます。今ある情報にももちろん価値はあり、その検討はしているのですが、それにしても全体があればとくやまれたなりません。予算申請の都合上、行っていきなり撮影をお願いすることが出来ないなどの問題もあります。こうした場合の対処がもう少し簡単に出来るならばと思います(ただ、今回は所蔵者も厳しい許可制を取っているところで、さらに云うと、そもそもカメラを持っていっていないので問題外ですが)。
熊本大学にはもう一度行って次回こそは全文撮影なども検討したいと思いますが、同じところに同じ目的で二度いくことは可能でしょうか。出来れば是非とも許可していただきたく存じます。
最後になりますが、今回も写真等の撮影をしていません。対象が本であるため、撮影許可がおりないというのもありますが、実は個人的にカメラを持っていないからです。そもそも一人で行くので、自分が写った写真を撮るのも難しいのですが、どうしてもとってこないといけませんでしょうか。今後も調査の性格上、本の撮影が出来ない以上は、もしカメラを持っていても観光写真のようなものぐらいしか撮れません。また、当面デジカメ購入予定はありませんので、撮っても使い捨てフィルムカメラでです。これを電子媒体で送るとなるとスキャナーで取り込んだ、妙なものになります。こういった点についてご検討いただけたらと思います。

 
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