国内外研究成果発表会等派遣事業 研究成果レポート





菅野美佐子(比較文化学専攻)
 
1.事業実施の目的 【e.国際会議等研究成果発表派遣事業】
  研究成果の発表及び情報収集
2.実施場所
  スペイン共和国 バレンシア市 バレンシア大学
3.実施期日
  平成18年11月8日(水) ~ 平成18年11月10日(金)
4.事業の概要
   申請者はInternational Gender and Language Association(国際ジェンダー・言語学会)の第4回研究大会に出席し、研究報告を行った。本研究大会の趣旨は、さまざまな社会の多様な場面(職場、学校、移民集団、HIV患者、軍隊、NGO活動、儀礼、文学、メディアなど)に立ち現れるジェンダー表象について、社会学、言語学、心理学、人類学など、複数の研究領域を超えて言語・言説分析することを通じて、言語や言説によって構築されるジェンダー観やジェンダー表象を明らかにすることであった。下記で紹介する研究報告を含め、本学会ではとくに言語学や言説研究に関心を持つ研究者が多数参加しており、ポスト構造主義において議論されてきた「性別は言語によって規定される」という立場に立脚した上で、語りや会話分析、あるいはメディアなどによって流通する言説の分析から、そこに表象されるジェンダー観やジェンダー的役割を浮き彫りにした研究報告が多数聞かれた。
研究大会は3日間にわたり4つのセッションずつ合計35の研究報告セッションが設けられ、大会初日にはポスターセッションも設けられていた。研究報告およびポスターセッションにおいて特に興味深かった報告としては、例えば、職場やある組織の管理職や重役に就いた人々の言葉の使用法やコミュニケーションの方法にみられるジェンダー的な違いについての研究報告や、教育現場において生徒たちのジェンダー観を規定する言語についての報告、あるいは移民女性が移住先の言語を話す場合と母社会の言語を話す際の言葉の用い方や表現などにみられる違いおよび外国語の取得を通じてジェンダー観が変容していく過程についての報告、さらにはホモセクシュアルやレズビアンによる「異性の言語」の使用による自己アイデンティティの構築についての方向などであった。
 なお、申請者が発表を行ったセッションでは、ほか2名が発表し、1名(Baxter氏 [英国:University of Reading])は、“It is all tough talking at the top? A post-structuralist perspective of boardroom masculinities”という題目で、職場における男性管理職者のリーダーシップと男性性とのかかわりについて、さらには部下の話をよく聞き、協調性をもち、丁寧な対応をするといういわゆる「女性的」なリーダーシップの要素と、権力や権限といった「男性的」な要素とが、当事者の自己の内部でいかにせめぎ合っているのかを、職場での会話の仕方やインタヴューなどから分析・考察し、報告を行った。また、もう1名(Foster氏[London South Bank University])は、米国および英国におけるHIVに感染した黒人女性に焦点をあて、黒人であり、女性であり、さらにHIV感染者である彼女たちをめぐる言説が、いかに彼女たちのディスエンパワーメントを引き起すのかを、インタヴューや会話分析によって明らかにした。

5.学会発表について
   発表題目:‘The Changing Process of Gender Ideology: The Case Study of Development Programs in Rural North India’
 本報告では、北インド農村社会で女性を対象に実施されている参加型開発プログラムに照射し、プログラムによって持ち込まれる「新たなジェンダー観」が、プログラム内部で会員や職員によって共有される言語や言説の反復により当事者たちに内在化していく過程について、分析および考察をおこなった。
 ジェンダー規範が非常に強いといわれている北インド社会において、近年、農村女性を対象とする参加型開発のプログラムが急激に普及しつつある。こうしたプログラムが提示するジェンダー観は、ともすると村落社会に存在する既存のジェンダー観とは大きく異なるものである。このように二つの異なるジェンダー観がいかにせめぎあい、当事者たちによって再構築され、彼女たちの自己に内在化していくのかを考察することで、開発による社会変容の一端を解明することが本報告の目的であった。
 そこで申請者は、現地で実施したフィールドワークによる参与観察や聞き取り調査などの一次資料をもとに、プログラム側が定期的に開催する集会での職員の語りや、職員と会員による対話の内容、および活動の一環として年に数回行われるデモ行進のスローガンの内容を分析し、参加者たちがプログラム側のジェンダー観を言語や言説として反復することによって、彼女たちの間でそれらが共有されていく過程を提示した。それを踏まえたうえで、これらのプログラム側が提示するジェンダー言説が、当該社会に内在する既存のジェンダー観との間で引き起こす矛盾について、会員女性のインタヴューから明らかにするとともに、こうした矛盾を会員女性たちがどのように受け止め、「新たなジェンダー観」をいかにして日常実践のなかに位置づけていくのかについて考察した。
 結論として、申請者が調査をおこなった地域においては、プログラム側の「新たなジェンダー観」は必ずしも会員女性個々人の自己に内在化されてはいないが、女性たちは日常生活におけるさまざまな局面において、時としてその言説を利用しながら、そのときの状況や他者との関係性に応じて新たなジェンダー観と既存のジェンダー観とを使い分け、両者の間の均衡を戦略的かつ巧みに保っている様相を明らかにした。
これに関する意見として、事例(職員による語りや会員との対話など)の分析があまく、また事例として提供した情報が不十分であることが指摘されたため、今後より詳細かつ十分な会話および語りの分析が必要となると思われる。

6.本事業の実施によって得られた成果
 申請者の博士論文の研究テーマは文化人類学、もしくは開発人類学に分類されるものであったが、この学会の研究大会に参加するに当たり、言語学、あるいは言語人類学の分析方法を学ぶ機会を得ることができた。
 とくに、学会に参加した多数の報告者による研究報告のヒアリングを行ない、言語学や言語人類学、言語社会学的な分析手法を多数の事例から学ぶことができたことは、申請者の研究においても大変参考になるところであり、大きな成果であったと思われる。申請者はこれまでも会員女性に対するインタヴューで聞かれた語りの内容については分析を進めていたものの、集会における言説分析や会員女性と職員との対話や語りの分析を十分におこなっていなかったため、改めてこれらの作業に取り組むよい機会を得たと考える。
  また、申請者の研究テーマについて、ジェンダー研究に取り組むさまざまな国の研究者に知らしめることができたとともに、自身の研究について充実した意見交換をおこなったことで、今後の博士論文執筆にも大いに役立てることができると考える。とくに言語学や言語人類学では、研究の対象者による会話や語りのもつ意味をいかに厳密にあつかうかが重要とされており、会話の合間にはさまれる間(ま)や表現方法などについても詳細に分析をおこなうことが求められる。このような会話や語りのあつかい方や分析方法は、申請者の博士論文執筆においても大いに参考になりうるものと考える。
  さらに、今後の研究活動についても、他の参加者との共同研究の可能性について話を進めることができた。つまり、国や地域の異なるところで複数の研究者と同一のテーマで調査・研究を実施することについての意見交換をおこなうことができ、申請者の今後の研究活動においてきわめて有効であると思われ、本研究大会では非常に有意義な研究活動を実施することができたと考える。
  今後は研究報告に関して得られた意見を参考としながら、博士論文の執筆に専念していきたい。
7.本事業について
    
 
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