国内外フィールドワーク等派遣事業 研究成果レポート





高田宗平(日本歴史研究専攻)
  
1.事業実施の目的 【h.海外フィールドワーク派遣事業】
   国立故宮博物院所蔵『論語義疏』の学術調査
2.実施場所
  台湾台北市士林区至善路二段221号
3.実施期日
  平成18年2月19日(日) ~ 平成18年2月23日(木)
4.事業の概要
   『論語義疏』は、中国六朝梁の皇侃の撰で、『論語』の注釈書であり、日本には遅くとも8世紀には伝来していた。しかし中国では南宋の晁公武撰の『郡斎読書志』、尤袤撰の『遂初堂書目』に著録するが、その後の書目に著録しないことから、佚書となったと推定される。その後清代に日本から逆輸入され清朝考証学者の間に珍重された。このようなことから、漢籍文献学上極めて重要であるばかりではなく、日本に於ける漢籍受容史上注目すべき文献といえる。
 『論語義疏』は、旧鈔本が伝存しており、これら旧鈔本を基にしたテキストは、次の二本に大別できる。報告者は、現在35本の旧鈔本を確認できている。

①『論語集解義疏』根本武夷校正寛延三年刊本
②『論語義疏坿校勘記』武内義雄校正大正十三年懐徳堂刊本

また、旧鈔本とは別の唐鈔本のテキストである敦煌本『論語疏』が伝存する。これは、残巻で、学而・為政・八 の三篇は抄録残巻、里仁篇は三章が僅かに伝存するのみである。
 『論語集解義疏』は根本武夷が足利本『論語義疏』(足利学校遺蹟図書館所蔵本)を底本として校訂刊刻したものであるが、少なからず形式の改変が認められ、これを補正せんと武内義雄氏が文明九年本『論語義疏』(龍谷大学図書館所蔵本)を底本としてその他十本の旧鈔本『論語義疏』と対校し校訂印行したのである。これが『論語義疏坿校勘記』である。
  しかし、旧鈔本が旧態を残している唐鈔本系統であるのか、それとも印刷を経ている宋刊本系統の本文であるのか、議論が分かれている。
  先にもふれたが、現存する旧鈔本『論語義疏』は、35本確認できている。そのうちの海外所在本は7本であり、その全てが台北の国立故宮博物院所蔵本である。これらの7本はいずれも日本人によって書写されたものである。従来の研究では、旧鈔本『論語義疏』の悉皆的研究は、未だ無く、国立故宮博物院所蔵本の研究も無いに等しい。このような研究状況に鑑み、原本を実見することによる厳密な文献学的研究が必要といえる。今回の調査は、旧鈔本『論語義疏』の全貌を明らかにする研究の重要な位置を占めるものと考える。今回は『令集解』所引『論語義疏』の箇所について、本文の異同を主として、以下のテキストについて原本調査をした。
①読杜艸堂本
②新井本
③和学講談所本
④九折堂本
⑤有馬氏溯源堂本
⑥盈進斎本
なお、存巻四零本は、仮綴で保存状況がよくなく、閲覧できず、未調査。

5.本事業の実施によって得られた成果

 

 台北の国立故宮博物院所蔵旧鈔本『論語義疏』の書誌については、阿部隆一氏により、調査されているが、旧鈔本『論語義疏』や日本古代中世典籍所引『論語義疏』の系統・性格の研究をおこなうには、旧鈔本そのものの原本調査が必須であると考える。
 今回の調査は、『令集解』所引『論語義疏』の性格の研究の一環としておこなった。『令集解』の『論語義疏』引用文について、①読杜艸堂本 ②新井本 ③和学講談所本 ④九折堂本 ⑤有馬氏溯源堂本 ⑥盈進斎本 の6本の旧鈔本『論語義疏』と比較調査をおこなった。調査の結果、『令集解』の『論語義疏』引用文については、6つの旧鈔本間には、大きな異同は見受けられなかった。しかし、⑥盈進斎本は、旧鈔本『論語義疏』の中で、北宋の  正義の竄入しないテキストとして、注目すべき点がある。  正義の竄入しないテキストとしては、未見ではあるが、新発田市島酒造所蔵本がある。この両本については今後、  正義の竄入の有無の観点から考察していきたい。今回の調査によると、⑥盈進斎本の特徴は、刻本との朱筆校異の書入れが眉上にあること、他の①から④のテキストに比して誤写が多いことが認められる。
 このように台北の国立故宮博物院所蔵旧鈔本『論語義疏』は、日本人によって書写された旧鈔本『論語義疏』の全体像の一部であり、今後、他の旧鈔本『論語義疏』との比較をおこなうことにより、旧鈔本『論語義疏』の系統や性格の解明に資する点が少なくないと考えられる。また、旧鈔本『論語義疏』の系統や性格が解明されることにより、『令集解』をはじめとする日本古代中世典籍所引『論語義疏』の系統を解明することが可能になる。日本古代中世典籍所引漢籍の研究は、写本の系統や性格を十分に認識しないまま進められている場合が多く、全体としては日本史分野・中国学分野ともに研究が進んでいない。今回の調査の成果から日本古代中世における学問史および漢籍受容史の一側面を実証的に研究する基盤が整備された。それを基礎とすることにより、奈良時代から室町時代の漢学史を中心とした学問史研究の未開拓の分野を切り開くことができると考える。

6.本事業について
  本事業を基に、より一層、文化科学研究科内の教員・学生間の学術交流が促進されることを望む。
 
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