国内外研究成果発表会等派遣事業 研究成果レポート





渡部鮎美(日本歴史研究専攻)
 
1.事業実施の目的 【d.国内学会等研究成果発表派遣事業】
  日本民俗学会第58回年会への参加と研究発表
2.実施場所
  山形大学小白川キャンパス(山形県山形市)
3.実施期日
  平成18年10月14日(土) ~ 平成18年10月16日(月)
4.事業の概要
   本事業では日本民俗学会第58回年会への参加と研究発表を目的として行った。日本民俗学会年会は平成18年10月14日より3日間の日程で開かれ、初日は山形大学にて公開シンポジウム「語りの文化からみた日本民俗学の今後」を聴講した。2日目は同大学内会場にて終日、研究発表、ポスターセッションが行われた。3日目は山形市内の博物館を見学し、基盤機関へ移動した。
 報告者は2日目の研究発表にて11:00~11:25までの発表時間割で20分の口頭発表を行い、5分間の質疑応答があった。発表は「農間(ノウマ)稼ぎにみる複合生業の意味―南房総市富浦町丹生地区のビワ栽培を事例に―」というテーマでパワーポイントを用いて行った。質疑応答では2名の方から質問をいただきそれに答えた。さらに発表後にも数名の方からコメントをいただいた。また、他学会員の口頭発表やポスターセッションも聴講し、1会場で質問をさせていただいた。
 なお、今回の発表ではこれまでのイニシアチブ事業、国内フィールドワーク派遣事業にて行った調査のデータを用いた。
 発表要旨は以下の通りである。
「農間稼ぎにみる複合生業の意味―南房総市富浦町丹生地区のビワ栽培を事例に―」
本発表では千葉県南房総市富浦町丹生地区を事例に1960年から現在にいたるまでの農作業暦と土地利用の変化からこの地域の複合生業について論じる。本発表でテーマとした農間(ノウマ)稼ぎとは主たる農作業のない農閑期(農間)を利用して行われる生業をいい、「稼ぎ」すなわち換金労働としての性格の強いものである。さらに、農間稼ぎは外部労働力(家族外労働力)をも複合して行われることがある。
 生業複合の意味については安室知が農家一戸の生計活動を事例に稲作・畑作・養蚕といた複合される生業の意味とそうした生業複合が家庭内での分業によって成り立っていたことを示した(安室2003)。また、卯田宗平は漁業と農業の複合を行う「両テンビン世帯」の生業形態を分析し、「潜在的な生産力を最大限に引き出す戦略」という複合の意味を明らかにした。しかし、これらの研究事例はいずれも外部労働力は関わらない事例であった(卯田 2003)。
 外部労働力の共時的な分析としては池谷和信がボツワナ・サン社会を事例に同地区内で畑作を営むカラハリという他部族の労働力の需要から賃金労働が生じ、これがサンの農業暦に組み込まれれいったことを指摘する(池谷 1996)。さらに、池谷はこの賃金労働が複合された生業形態というものがサン社会に成立しているとする(同上)。外部労働力の通時分析では中村洋一郎が家内労働力の不足から生まれた「季節労務」を事例にそれが生産拡大という産業化によって外部労働力を導入するようになったとする。そして、季節労務は近代化によって消滅し、労働者は賃金労働に流れたことを記述している。このように中村は季節労務の「素朴な人間交流の機会」という生業の意味を捉え、その消滅までを通時的な視点から提示した。
 以上の先行研究をふまえ、本発表では生業複合の変化を農業暦・労働力・土地利用の側面から分析する。労働力の分析では外部労働力も視野に入れる。そして、1960年から現在までの生業複合の変化を通時的に考察し、複合される生業の意味を探る。方法としてはライフヒストリーを中心とした聞き取り調査、労働時間・土地利用の参与観察を行い、裏付けとして空中写真・農業センサス・統計資料などを用いた。調査対象は調査地の専業農家O家の家一軒とし、O家の生業をインテンシブにみていくことでO家と周辺社会の関係から生業の意味を論じたい。

5.本事業の実施によって得られた成果
 本事業によって日本民俗学会第58回年会にてこれまでの研究成果の発表をすることができた。また、学会員の研究発表やポスターセッション、公開シンポジウムを聴講することで見識を広げることができた。シンポジウムのテーマは「語り」であったが、自身の研究と関連する生業研究のパネラーの報告が興味深かった。また、2日目に聴講した発表のうち、漁業研究での研究成果や方法は自身の研究と照らしてみて非常に影響を受けた。そして今回、自身で発表を行ったことにより、多くの人に自分の研究内容について知っていただけたのは大きな収穫であった。今回の事業後にもメールなどで研究発表についてコメントをいただき、大変参考になった。今後、発表内容をもとに論文を作成する際にいただいたコメントを生かしていきたいと考えている。
 今回、発表に当たっては空中写真の分析や農業暦を作成し、視覚的な効果にも気を配った。さらにプレゼンテーションスキルの研鑽を心がけ、入念なリハーサルを行った。こうしたこともあって、当日は視覚的に分かりやすく新鮮な発表内容であったという評価をいただいた。また、綿密な調査の甲斐があり、データの緻密さについても肯定的なコメントをいただくことができた。一方で発表内容については前半と後半の内容の違いについて説明が不十分であったことや、研究史上での自身の位置づけをもっとはっきりすべきであるとのコメントもあった。こうした点については今後気をつけ、論文作成の際にもよく考えたい。また、自身でも結論部分の説明不足を感じたので、コメントでの指摘と併せて考え直したい。加えて、質疑応答の際に、外部労働力の技術的側面についても質問があり、こうした面についても記述していく必要があると感じた。
 また、3日目の博物館見学(山形伝統こけし博物館)では自身の研究とは対照的な個人を労働単位としたこけし職人の生業のあり方についての知見を得ることができた。山形市周辺地域の生業についても管見ではあるが自身の調査地である富浦の山間地利用と共通する面、相違する面をみつけることができた。特にブドウ栽培については現在の研究対象であるビワ栽培との比較材料となると思われた。               
本事業で得られた成果をもとにこれから更に研究に励み、来年の同学会での発表でよい成果を残したいと考えている。

6.本事業について
   本事業がさらに多くの学生に有効に活用されることを望みます。派遣事業の採否についてはできるだけ早く連絡をいただけるとありがたいと思います。
 
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