国内外研究成果発表会等派遣事業 研究成果レポート





渡部鮎美(日本歴史研究専攻)
 
1.事業実施の目的 【d.国内学会等研究成果発表派遣事業】
  修士論文をもとにした発表
2.実施場所
  武蔵大学
3.実施期日
  平成18年5月14日(日)
4.事業の概要
 

 平成18年5月14日、13時より、武蔵大学において、「2005年度 民俗学関係修士論文発表会」(第822回日本民俗学会談話会)がおこなわれた。会場には民俗学研究者を中心に約100名が集い、9人の所属のことなる修士課程修了者による発表がおこなわれ、広く議論がなされた。
当日は書承、民間伝承、農業、漁業、社会関係、葬送儀礼、伝統芸能、宗教、海外事例に関する民俗学的研の発表がなされた。発表時間は30分で、各発表者から修士論文の事例を中心にした概要発表がなされた。これに対して、会場では10分の質疑応答がおこなわれ、参加者と発表者で活発な討議が展開された。
報告者は「稲作技術の選択と評価に関する民俗学的研究」という題目で発表をし、質疑に応じた。
当日の発表プログラムは以下の通りである。また、本発表の要旨は日本民俗学会の学会誌『日本民俗学』に掲載される予定である。

  • 日時: 2006年5月14日(日) 13:00~16:40
  • 場所: 武蔵大学 8号館5階(8503・8504教室)
  • 発表者とタイトル:
    【A会場=8503教室】
    1. 小川 修(慶應義塾大学大学院社会学研究科) 13:10~13:50
      「家族と祖先祭祀の変容」
    2. 村山絵美(武蔵大学大学院文学研究科) 13:50~14:30
      「戦死者の記憶」
    3. 五味久実子(成城大学大学院文学研究科) 14:30~15:10
      「村落における同族の維持と変化」
    4. 及川晃一(神奈川大学大学院歴史民俗資料学研究科) 15:20~16:00
      「利根川流域における造船習俗の民俗学的研究」
    5. 渡部鮎美(筑波大学大学院地域研究研究科) 16:00~16:40
      「稲作技術の選択と評価に関する民俗学的研究」

 【B会場=8504教室】

    1. 諏訪山玲以子(國學院大学大学院文学研究科) 13:10~13:50
      「小野篁伝承の研究」    
    2. 草山洋平(大東文化大学大学院アジア地域研究科) 13:50~14:30
      「石垣島のアンガマについての考察」 
    3. 中嶋奈津子(仏教大学大学院文学研究科) 14:30~15:10
      「早池峰神楽の近現代」   
    4. 碧海寿広(慶應義塾大学大学院社会学研究科) 15:20~16:00
      「民俗仏教論の可能性」
    5. 鈴木洋平(東京大学大学院総合文化研究科) 16:00~16:40
      「可変性を持つ鬼魂」 


5.学会発表について
 

 「稲作技術の選択と評価に関する民俗学的研究と題して、30分の発表をおこなった。発表の要旨は下記のとおりである。
 近年の生業研究では個人や特定集団を対象に、自然と人間の関係を軸として生業を論じてきた。方法論においても、分析と記述の詳細化に伴い、分析対象が社会から個人や特定集団へと狭まったことで、生業の営まれる社会への論究がされなくなったきらいがある。さらに、計量分析であきらかになた経済性や合理性に反する生業のあり方については、文化や環境、社会といったラベリングに終始し、実態は看過されてきた。
 調査地とした山梨県富士河口湖町河口地区は慢性的な耕地と農業用水の不足から、1960年まで田地は地区全体でも4.9haたらずだった。1931年にはこうした状況に対して、開田計画がもちあがり、揚水機の設置と耕地整備が並行して進められ、1960年からは、河口湖干拓工事もおこなわれた。こうして、田地は飛躍的に増えたものの、1975年に政府の余剰米対策として、干拓地全体が休耕田に指定されると、多くの耕作者が経営規模を縮小し、稲作は自給的におこなわれるようになった。機構面では干魃や冷害はほとんどなく、凶作の少ない稲作環境といれる。また、現在は兼業農家が大半を占め、専業農家においても畑作物や花卉栽培が主たる収入源となっており、稲作を販売目的におこなっている耕作者は少ない。
 上述のような稲作の変遷過程で、河口の人々はさまざまな新技術を受け入れ、あるいは拒んできた。本発表では、こうした河口に伝わった技術のひとつである空中田植について扱い、その選択と評価の実態を論じた。 
その結果、費用や収穫量、労働面では経済性・効率性に優れた空中田植が植え付け面の乱れや投げて植えるという植え付け方法が批判され、普及しなかったことが明らかになった。他方で、耕作者はこうした新技術の経済性や効率性についてもある程度の評価を与えてきた。
このような稲作技術の選択と評価の実態からは、「経験や慣行に基づき、熱心に仕事をおこなう」という河口で広く共有されてきた労働観によって、技術に対する、こうした対応がおこなわれてきたことが明らかになった。つまり、このような労働観にそぐわなかった新技術は、その経済性や効率性にもかかわらず、良い評価が与えられなかったために普及しなかったのである。
上記のような非合理的・非効率的な技術選択の一方で、耕作者は作業効率や収量を重視するといった経済性や合理性をもちあわせてもいた。しかし、新技術の導入に際しては、上述のような労働に対する考え方がこうした経済性や合理性にも勝る判断基準となってきたのは、技術の選択によって変わる耕作の仕方や田地の状態が地域住民からの評価の対象となり、その評価が人物の評価にまで結びつけられていたためであった。つまり、技術の選択が耕作者の働き方や人柄にまで関わるような問題となっていたのだ。そのために、耕作者は合理性や経済性が劣っていても地域に評価される技術を選んできたのである。 敷衍して述べれば、技術の選択に深く関わっていたこのような考えは、河口の凶作の少ない恵まれた稲作環境や、互いの農作業を評価しあう密な人間関係によって形成され、保たれてきた地域的要因に規定されるところの大きい労働観でもあった。また、広く地域社会で共有される労働の評価は労働が個人では完結せず、そこに労働を評価しあう人と人との関係があるからこそ、成立するものである。この人と人との関係のなかにこそ、合理性や経済性だけでは論じきれない農業のあり方があり、そこに民俗学の対象とすべきものがある。


5.本事業の実施によって得られた成果
    近代農政の影響についてふれられていない、空中田植の経済性、効率性を示すデータの数値の処理方法がよくないというご指摘をいただいた。空中田植と近代における国家政策などとの関係については、修士論文でもあまり扱ってこなかったので、今後の調査や論考などで明らかにしていきたい。空中田植のデータについても、もとになった計測値をもう一度見直し、もとの数値でデータを再構成することを考えている。また、今回の発表では、自身のプレゼンテーション・スキルの未熟さも痛感した。今後の発表での課題としたい。
他方で研究成果については、労働時間や収量などの計測・計量によって、空中田植の技術の経済性・効率性を数値として示したことで、論旨が明快になったという評価をいただいた。ほかに、空中田植の実施者と空中田植を辞めた大多数の人との見解の違いについても質問を受けた。修士論文作成時には、こうした違いについて詳しく分析をおこなってはいなかった。また、現在、取り組んでいる別の調査地でのナバナやビワの出荷技術についても、こうした住民たちの見解の相違がみられている。今後、現在取り組んでいる事例もあわせて、意識的に考察していきたいと考えている。くわえて、有機農業や直播栽培で、報告者が用いてきた手法が有効かどうかという質問があった。これについては、現在、おこなっている調査でも十分に応用が可能であったことを述べた。以上の点については、しっかり検討し、本年10月の同学会での発表に生かしていきたい。 さらに、発表後の他大学の学生との交流では、先行研究についての議論ができ、たいへん有意義であった。また、活発な議論からは新たな知見も得られた。今後も他大学、他研究機関の研究者と積極的に交流をはかりたい。

6.本事業について
   本事業がより広く多くの人に活用されるよう、手続きなどがより簡潔になることを望みます。