国内外研究成果発表会等派遣事業 研究成果レポート





矢嶋美香子(地域文化学専攻)
 
1.事業実施の目的 【d.国内学会等研究成果発表派遣事業】
  国内学会等研究成果発表事業
2.実施場所
  東京大学 本郷キャンパス
3.実施期日
  平成18年11月25日(土) ~ 平成18年11月26日(日)
4.事業の概要
  参加学会:第17回国際開発学会全国大会
 学会の内容:経済学、経営学、政治学、社会学、文化人類学、農学、工学、医学等、従来各学問分野で発展してきた開発問題に関する知識、経験体系を報告・検討する。本学会は、2日に渡り、27ものセッションとポスターセッション1箇所、そして1つの共通論題から構成される大規模なものであった。うち5つのセッションが院生発表であったことは、当学会が扱う研究分野の性質に拠るものでもあり、また同時に当学会の、日本における開発研究および開発協力に従事する人材の養成に貢献したいとの設立趣意にも沿った活動である。

参加したセッションに関する意見:
 今回の国際開発学会で気づいたことは、複数のセッションにおいて、現場におけるミクロな調査の必要性や、被援助側に開発の方法を委ねる、もしくは援助側は黒子に徹してサポートするという重要性を報告・提言する内容の発表が数多くあったことである。これらの発表を聞くことで、人類学の専攻者として、自身の研究にも取り入れることのできる有効な視点を得たと同時に、開発業界においても発表・提言をしていく意義を確認することができた。開発業界においても、開発現場で起こっている事象のプロセスを書き留めてゆくこと、そして現場内外の援助者・被援助者がその情報を蓄積・共有することで、将来の改善策に活かしていくことが望まれてきていることは、人類学的視点が、より良い開発事業のために貢献できる、或いは対象地域の暮らしにとって問題のある開発事業の見直しに貢献できることを意味していると思われる。
一方、別のあるセッションにおいて、「遅れた」途上国が、先進国を目標・モデルとする経済発展に追随することを、前提条件として「良」と捉えた発表もみられた。この発表とは別に、ある経済学の先生が私に、「この学会では、多くの社会科学者と経済学者が参加しているのに、それぞれが自分の専門の各セッションに分かれて、その中で議論をしている。お互いが参加して一緒に議論する場を設けるべき。」と話されていたが、全く同感である。例えばひとつのセッションを、学問分野を超えた情報交換の場として設定すれば、お互いの学問分野における、新たな気づきや知見が得られる貴重な場ともなるであろう。
  また、共通論題では、「サステナビリティをめぐる論点」として、人類学者、経済学者、環境学者の3名が、それぞれの立場から発表を行った。学問分野をまたがる共通の問題理解や解決策・歩み寄り策を探るという点で、大変興味深い良い企画ではあった。しかし、各発表者のテーマの設定範囲にばらつきがみられたことから、深い議論とはならず、せっかくの機会が充分に活かされていなかった。これは前回の同学会の共通論題セッションでもみられた問題点であり、主催者側は、司会者を含め各発表者と、テーマの絞込みや発表内容のレベル合わせのための打ち合わせを、事前にもう少し行うべきと感じた。

5.学会発表について
   本学会では、「バングラデシュの小規模手工業の再活性化について考える -銅合金製品づくりの伝統と新たな経営戦略の事例から-」というタイトルで、約20分の発表を行なった。本発表は、文化人類学的な視点と、開発実践や、開発に関わる他分野の学問研究とを橋渡しすることを目的とした。本発表では、現地調査にて撮影した画像やアニメーション効果などを用いたパワーポイントにて発表を行なうことで、飽きさせない発表となるよう留意した。

1)発表の概要
バングラデシュの一村落における、伝統的な銅合金手工業に関わる、地域内の伝統的社会関係を紹介したうえで、現在の地域の人と地域外部者の援助に関わる新たな関係及び、地域内部の人びとの間での社会関係や暮らしの変化の実態を報告・検討することを通して、外部支援者が、対象地域の内発的発展とどのように関わりうるかを問うた。そして、対象地域の歴史的経緯や、伝統的な社会関係を踏まえぬまま、現状の一面だけをみて安易に行なう援助が、地域の内発的発展をかえって損ねる可能性があることを示唆した。

2)発表に対する意見
①  発表に対しては、良好且つ前向きなご意見を戴いた。多く聞かれた意見としては、「発表内容が面白く、ワクワクするものであった」というものであった。特に、市場経済の研究をされている経済学者の先生方から、「示唆するところ、学ぶところが多かった」というご意見をいただいたことは、今回の発表の目的に適うものであった。また、経済学の文献にも似た研究があることを教えていただいた。これは視野を広げ、また自分の研究を客観視するためにも、貴重な情報である。
② 経済学者から、「市場が変化してもコケないような、地縁などの伝統的社会関係から成る生産の仕組みをつくることは可能か」というご質問を戴いた。これは、「伝統的な社会関係は、いかに変化しながらその有効性を保つことが可能か」という問題に置き換えて考えていきたい。
② 発表前には自分で、「開発学会での報告としては、あまりにミクロな事例を扱っている」と捉えられるのではないか、という懸念があったものの、そうした意見は聞かれなかった。但し、「これを論文とするには、理論面での先行研究を踏まえ、本研究の位置を示した上で新たな発見・成果を述べることが必要」とのご意見をいただいた。これは尤もな指摘であり、今後の論文執筆において心に留めておくべきことである。
③ 発表を聞いてくださった方々の中で、「安易に援助する前に、歴史的背景を踏まえた地域の詳細な実態を把握することが肝要である」という今回の主張を、「地域発展のためには賄賂を与えることが必要」という、全く異なる解釈で受け取った方がいた。他の方々からはそのような意見はいただかなかったとはいえ、こうした大きな誤解を招かぬためには、更に要点を絞込み、それについてしっかりと定義づけを行なうことで、主張をより明確にする必要がある。
6.本事業の実施によって得られた成果
 今回は、私にとって初めての学会発表であった。そこでここでは、学会において発表を行なう意義を、今回の自身の経験に沿って述べたいと思う。

1)発表準備段階においては、自身の考えを一旦整理することできた。特に、発表の要点を絞り込む作業は、自分の興味の所在が明確になると同時に、自分が無意識にかけていたバイアスや、曖昧に結論付けている点に改めて気付くことにもなる。

2) 発表の準備段階での関係者との関わりや、実際の発表を通して、発表内容について、他者からの理解や研究への興味を得ることができた。また、異なる学問分野や異なる専門の方々に、発表を聞き、見てもらうことで、新しい視点での建設的なアドヴァイスや、参考となり得る別分野の文献などの情報を得ることができた。専門の学問分野を超えた報告や意見交換を行なうことのできた今回の学会発表は、自身の視野を拡げる機会となっただけでなく、文化人類学を専門とする研究機関から、開発業界や他学問分野へ情報発信を行なう機会ともなった。こうした機会の蓄積が、他分野間の相互理解や、複数の学問分野をまたがる研究を、更に進めてゆくものと考える。

3) 学会の会場内で、研究テーマが近いなどの理由から、ご意見を伺いたい先生にお会いすることが多々あるが、自分の情報が全く相手に伝わっていない状況では躊躇してしまうこともある。しかし発表を行なうことで、発表でコメントを下さった先生方やセッション参加者を中心に、自己紹介や質問・議論を行なうなど、交流することが容易になった。そしてこうした交流は、今後の研究課題を検討してゆく良い機会となった。

4)発表時間内に、コメントや質問を何点か戴いたものの、それらについて瞬時にその意図やその場での重要度を客観的に理解すること、その上で的確な回答を述べることができなかった。自分が短時間での要点整理や、ディスカッションが苦手であることを再確認した。この点は今後の課題として、改善していきたい。

5)自分が発表の準備や実践を行うことにより反省が生まれ、他者の抄録や発表の仕方の、上手な点や工夫すべき点について、以前より注意が向くようになったことは、今後、執筆や発表を行ってゆく面でプラスとなる。

6)本発表は、自身の修士論文研究の一部を再構成したものである。この修士論文研究は、博士論文の基礎研究となるものであることから、研究計画書の作成前に、基礎研究を整理・見直しすることにも役立った。

7.本事業について
   学会への出席には、参加費・宿泊費・移動経費等の、まとまった費用が必要である。そのため本事業の経済的な支援は、学会発表を積極的に行なう動機付けとなった。学会発表に限らず、遠方への調査や共同研究の実践など、収入源の限られた学生の自主的な研究活動を効果的に支援する本事業は、今後とも是非継続していただきたい。

 
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