国内外フィールドワーク等派遣事業 研究成果レポート





米山知子(比較文化学専攻)
1.事業実施の目的 【h.海外フィールドワーク派遣事業】
  

イスタンブルのアレヴィー文化協会におけるセマーの扱われ方に関する研究のため

2.実施場所
  カラジャアフメット・スルタン文化普及・相互扶助・霊廟修復協会・シャフクル・スルタン教育機関維持・修復および活性化協会・ジェム・ヴァクフ(トルコ共和国イスタンブル)
3.実施期日
  平成19年2月10日(土)から2月22日(木)
4.事業の概要
    今回の調査は、2004年に博士論文執筆を目的に行った10ヶ月間の本調査、および2006年2月~3月に行った調査では時間の関係上実施が困難であった部分を補足するために行った。調査地はトルコ共和国イスタンブル市、調査内容は、アレヴィーと呼ばれる人々が相互扶助や文化保存を目的に運営する協会(カラジャアフメット・スルタン文化普及・相互扶助・霊廟修復協会。シャフクル・スルタン教育機関維持・修復および活性化協会、ジェム・ヴァクフ。以下それぞれカラジャアフメット文化協会、シャフクル文化協会、ジェム・ヴァクフと記す)で実施されているセマーおよびセマー教室の現状把握、協会に関わらないアレヴィーのセマーに対する認識把握、および文献収集である。調査方法は、主にインタビューである。以下に概要を記す。

まず主な調査対象であるカラジャアフメット文化協会でのセマーおよびセマー教室の現状であるが、セマー教室中心メンバーとのインタビューによって明らかになったことは、2007年2月現在、セマー教室は停止中ということである。その理由は、協会運営委員の一人の運営方針に対するセマー教室生徒(若者)の抵抗の意思表明のためであった。停止になったことをなぜ早急に調査者に伝えなかったかを問いたところ、「セマーは(毎週日曜日の)儀礼で実践されているから、教室が停止することはそれほど重要ではないと考えたから」という答えが返ってきた。生徒達は他の協会セマー教室に通うか、儀礼に参加するのみであり、教室部屋は鍵が閉められているという。
シャフクル文化協会におけるセマーおよびセマー教室は、変化はなかった。協会のセマーに対する認識もそれまでと同様に、アレヴィー文化を象徴するものであるとし、教室は重要な文化保存の手段であるとのことであった。

ジェム・ヴァクフにおけるセマー教室に変化はなかったが、協会会員へのインタビューでは、協会運営状況が変化し、それまで不定期発行ではあるが影響力のあった雑誌『ジェムCem』が休刊中であることがわかった。また、この雑誌は度々セマーについて言及していたため、研究者にとってはセマーに関する資料として大きな位置を占めていた。そのため休刊はアレヴィー研究のみならずセマー研究を遂行する上でも大きな損失である。今後どのような変化を見せるのか追跡する必要性を切に感じる結果となった。
協会に関わっていないアレヴィーおよびスンニーへのインタビューは、時間が限られていたため3人のみに行った。内二人がアレヴィー(職業音楽家30歳・35歳。ともに男性)であるが、彼らはセマーを実践していない。その理由を問うと、「セマーは心の中にあるからいいのである」という返事であり、前述のカラジャアフメット文化協会のセマー教室停止に関しても、同様な返答をした。また、現在のアレヴィーの在り方については、「協会の存在(方針)を含めそれまでの「伝統」が変化しているようであまり良い気持ちはしないが、それがアレヴィーなのかもしれない」と、客観的な意見を述べた。インタビューを行ったスンニー(音楽制作会社経営40歳代。男性)は、仕事上アレヴィーとの接触の多い人物であった。したがってアレヴィーに関する情報を多く持ち、偏見などはなかった。セマーに関してはトルコの伝統文化(つまり民俗舞踊)であると、はっきり述べていた。文献収集では、トルコ人(アレヴィー)によるアレヴィーに関する社会学的な研究、特に都市化によるアレヴィー共同体の変化(アレヴィー文化協会の設立)に関する研究が増加していることが明らかとなった。その中でセマーは、「セマー教室」として言及されることが多く、現在のアレヴィー(文化)にとってセマー教室がいかに重要な位置を占めているかが明らかとなっている。

5.本事業の実施によって得られた成果
 

 短期間ではあったが本事業(調査)を実施したことにより、調査対象であった協会の大きな変化を知ることができた。それと同時にアレヴィーにとってのセマー本来のあり方、および戦略にもなりうる現在都市のセマー(教室)の現状、という両局面が明らかとなった。また、協会運営方針が、直接現在の都市のセマーのあり方に影響することがより明確となった。都市のセマー実践の場の殆どは協会によって実施されているため当然のことではあるが、これは、博士論文の中で重要な事例資料となりうる。今回の調査では、アレヴィー文化協会やそこでのセマーを客観的に眺めることにより、これまでの調査では見えてこなかった都市全体におけるアレヴィー(セマー)の動態を把握することができたと考えている。

6.本事業について
    調査費を得ることが困難な現在の状況で、このような派遣事業は研究の幅を広げるという意味でも価値のあることであり、非常に感謝している。特に今回は、日本では知る事のできない調査対象の大きな変化を知ることができ、より内容の濃い博士論文の執筆が可能になったと考えている。郵送の期限などは、フィールドを行う国によっては間に合わないこともあるため相談させていただいたが、いろいろと便宜を図っていただけてよかった。これからも継続していって頂きたいと考える。専攻を超えた教育研究活動に関しては、総合研究大学院大学の特色である、各研究基盤の特色を生かして推進していけば、よりよい活動ができるのではないかと考える。
 
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