続いていく歴史、ひとびとの歴史‐洛中洛外図屏風歴博甲本
「床屋」の絵から

日本歴史研究専攻の大きなテーマは「歴史」をどう捉えるか、であるといえます。

歴博甲本には、3軒の床屋が描かれています。おそらくこれは、日本最古の床屋の絵です。

室町期には、男性に月代を開ける習慣が定着しました。月代を整えることはひとりでは難しく、また定期的に手入れをする必要が生じます。こうしたニーズに応じて、職業的髪結が誕生したと考えられます。

江戸時代の京都では、町用人と髪結は、町という共同体の必要によって、町に抱えられており、町会所は、町の角に建てられていました。

京都では、隣接する町との競合があるため、角の土地は奥行きが短くなり、広い町屋は建てにくくなります。家持は、奥行きを確保できる町の中央部に家を構え、財産があることから二階建てなどの家を建てるようになります。

この歴博甲本では、床屋は、角の土地に建っています。同じように、二階建ての家は、町の角の土地ではなく、町の中ほどに描かれています。これは、江戸時代の京都の町並みの特徴のひとつです。甲本は室町期のものですが、この部分からみると、その町並みには江戸時代、つまり近世へと続く形が既に現われ始めていた、ということができます。

一般的には、質実剛健で無彩色の印象である室町時代に対し、きらびやかな安土桃山時代、という歴史のイメージがあるのではないかと思います。往々にしてそれは、ヨーロッパ史でいうところの中世とルネサンスのような対比で語られがちです。

しかし、信長というひとりの英雄が天下を取った、という理由だけで、桃山文化が花開き、近世へと続いていくわけではありません。

政治史や国家史だけで見ていくと、歴史というものが「続いている」という認識を忘れがちです。○○時代、というふうに、分断された時代がつながって、歴史が形成されているわけではありません。誰が天下を取っても、どのような法律ができても、その場所に変わらず生き続けるたくさんの人々の存在があるのです。そして、これらの人々の、日々の営みの積み重ねが歴史の一部分であるのです。

政治史には現われない、人々の生活や文化のレベルで、安土桃山時代も、それに続く近世も、この屏風に描かれた室町期の段階で、既に準備されていた、ということができるでしょう。また、このような社会全体のムーヴメントに乗って、信長を始めとする人々が、天下を統一し、近世へと続く安定した社会が形成されるに至ったともいえるでしょう。

以上のことが、歴博甲本の床屋の絵から、みることができるわけです。

このように、屏風というひとつの資料から、京都という都市の特性と、中世から近世へと続く、時代の胎動をみることができました。本専攻では、この資料論の手法と、社会史の視点を用い、それぞれの立場から「歴史」のイメージ全体を考えていこうとしています。

(本専攻歴史研究系の小島道裕先生のご教示による)

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