安藤昌也(メディア社会文化専攻)
 
1.事業実施の目的 【e.国際会議等研究成果発表派遣事業】
  “HCI International 2007@北京”会議における口頭発表(4件)および学会参加
2.実施場所
  The Beijing International Convention Center (BICC)、中国、北京市
3.実施期日
  平成19年7月22日(日)~平成19年7月27日(金)
4.事業の概要
    今回参加した学会は、「12th International Conference on Human-Computer Interaction(HCII2007)」で、HCI関連の国際会議として12回目を数えます。HCIに関わる様々な問題をより学術的なアプローチで取り上げているのが特徴で、世界中から多くの発表があります。今回も250以上の発表がありました。
  今回のプログラムは、1)HCIやバーチャルリアリティ等、工学的なアプローチのもの、2)人間工学や認知科学のアプローチによるもの、3)アクセシビリティや健康に関するもの、4)ユーザビリティに関するもの、5)オンラインコミュニティに関するもの、の5つに大別できます。HCIIの会議録はこの分野の研究においては非常に多く引用されています。
  私の研究分野であるユーザビリティに関しては、実務的な内容よりもむしろ、より学術的な研究が多く発表されました。研究領域と近い発表として、User Experience(UX:ユーザ体験)の質に関する研究があります。米国を中心とする情報システム系の企業では、ユーザビリティという言葉よりもUXという表現が多く聞かれます。またHCI分野でも、ここ数年頻繁に取り上げられています。しかし、UXは概念的な枠組みはあってもコンセンサスを得た共通の定義はありません。なぜならUXは、ユーザが製品を利用する際の感情面をも対象としているものの、心理や感情をどのように扱えばよいかがはっきりしていないからです。こうした問題に、概念整理から取り組む研究もあり、博士論文の研究にも大変役に立つ知見を得られました。
5.学会発表について
  今回の発表では、1件の口頭発表と3件のポスター発表を行いました。いずれも長期的ユーザビリティの最新の研究成果です。
 口頭発表では、「Long Term Usability; A Concept and Research Approach」と題してプレゼンテーションを行いました。主な内容は、以下の通りです。長期に製品を利用しているユーザに対するデプスインタビューによるプロトコルデータを元にして、修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA:質的研究法の一つ)を用いて、長期に製品を利用するユーザが、いかに製品とかかわり製品を評価するかについてモデル化を行った研究と、そのモデルに基づいて、長期利用ユーザと未利用者の2群に対する製品評価の比較実験の結果について発表しました。
 会場からは3件の質問がありました。1件目は、モデル化を行うデプスインタビューの対象者のリクルーティングにどんな基準を設けたか、という質問です。リクルーティング条件には、特に基準を設けていませんが、取り上げる製品については基準を設けて実施した旨を報告しました。また、グランウンデッド・セオリー・アプローチで分析するため、対象者の属性よりも質的な理解を重要視したことも理由の一つとして挙げました。2件目は、評価比較実験の対象者について、“experienced use”と“inexperienced user”それぞれの基準について尋ねられました。これは、発表の際に用いた英単語が適切でなく“existing user(既存ユーザ:製品の所有者)”であることを報告しました。3件目は、製品評価にはブランドの要素が大きいのではないか、という質問でした。これは、実際に評価実験で用いた質問紙に“ブランドイメージ”として含んでいることを紹介しました。
 また、ポスター発表は、1)満足感構造に関する研究、2)自己効力感×製品関与の概念によるユーザ分類に関する研究、3)長期的な家電ロギング法に関する研究の3件を発表しました。
  このうち、2のユーザ分類に関する研究は、関心を持って質問をする人が数名いました。この研究は製品利用の特性が、ユーザ特性に影響されるのではないかという仮説に基づいて行った実験の成果です。実際に行ったユーザビリティテストの結果で分けたグループと、ユーザ特性として把握した自己効力感と製品関与の2つの尺度で分類されるユーザ群は、とてもよく合致したことを示したものです。ユーザビリティテストを実施していると、タスクが正しく達成できなくても、「とてもいいと思う」と発言する人が多々いることに気が付きます。なぜそのような発言が生まれるのか、という根源的な理由のヒントになる、という意見も頂きました。
6.本事業の実施によって得られた成果
    私の研究は、“長期的ユーザビリティ”というキーワードで研究を進めてきました。今回の発表および学会への参加を通して、いくつか根本的なところで気づきがありました。
 1つは、まだ私が取り組みたい自己効力感と製品関与に関するユーザ分類と製品評価の関係性について、十分なデータ分析が行われていないことです。口頭発表で行ったように、デプスインタビューに基づくモデル化は行ったのですが、これはあくまで製品評価のプロセスであり、その他の要素が含まれていません。たとえば、自己効力感などのユーザ特性だけでなく、製品の特性、ユーザのこれまでの利用経験、求めるニーズなどです。このような、ユーザを取り巻く環境やユーザ自身の特性を含めて検討するのが、長期的ユーザビリティの重要な特徴でした。しかし、実際の研究ではまだ不十分な点がありました。その点に気づくことができたのは、大きな発見でした。
 次に、長期的ユーザビリティというキーワードです。ユーザビリティの実務にかかわってきた経験から、長期の製品利用の実態とユーザビリティテストでわかることとのギャップを指摘したいために、このキーワードを利用してきました。しかし、実際に長期にわたる製品利用に関する研究を進めた結果、ユーザにとってユーザビリティは重要なキーワードではなく、むしろ使って楽しいことや便利さ愛着感など、より感情面を含めた満足感の評価の方が大事であることがわかりました。このように考えてくると、ユーザビリティはあくまで作り手側の努力の話であり、ユーザがどうこう考える事柄ではないことに気がつかされました。つまり、ユーザがユーザビリティ(たとえば使い勝手)を意識しないような製品づくりを行うことが、実は最もユーザビリティを考慮した製品と言えるからです。
 長期的ユーザビリティというキーワードにこだわりすぎす、自分が明らかにしたい事柄を示す、適切なキーワードやタイトルの設定が大事であると感じました。
 また、この研究の一つの活用方法についても気づきがありました。HCIの分野ではDigital Human Modelingに関する研究が進み、多くの人間行動のデータ化が進められています。これは設計段階でのデータに基づくバーチャルなシミュレーションによる製品評価に用いたりするだけでなく、人間行動のさまざまなリスクや結果の確率を検討し、よりよい製品やサービスづくりに役立てることが可能になります。  予測や一般モデルは、製品開発の特に設計段階ではとても重要な知見です。私の研究も、長期に製品を利用するユーザのモデル化を行うことにより、その知見を生かし、長期利用を支援する支援策を事前に検討できるようになれば、最も良い活用法ではないかと感じました。こうした社会への還元を目標に、今後も研究を進めていきたいと考えています。
7.本事業について
   今年も支援をいただき、本当にありがたく感謝しております。国際学会での発表は、博士課程の学生にとって、極めて重要な研究プロセスの一環です。国際的な場で、自分の考えを発表しフィードバックを得ることは、単に研究の刺激になるだけでなく、自分の研究の位置づけを客観的に見る機会でもあります。今後も引き続き支援していだけるよう、お願い申し上げます。
 
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