浅見恵理(比較文化学専攻)
スロープ付ピラミッド
調査風景
1.事業実施の目的 【h.海外フィールドワーク派遣事業】
   ピスキーヨ・チコ遺跡の測量調査および遺物の表面採集
2.実施場所
  ペルー共和国リマ県ワラル市
3.実施期日
  平成20年1月13日(日) ~ 平成20年3月9日(日)
4.事業の概要
 

 調査対象地域のチャンカイ谷は、先史アンデス社会の中でもチャンカイ文化(A.D.1000-1470)が栄えたことで著名である。しかし、現状では考古学的データが皆無に等しく、研究を進展させるのが困難な状態にある。したがって、考古学的調査を行い、実証的なデータを獲得することが必須である。
 チャンカイ文化の特徴としては、高度な技術で製作された染織品と、対照をなす地味な土器を大量に生産したことが挙げられる。このような工芸品生産を理解するために、実際に工芸品を生産していたと考えられる遺跡の発掘調査を行い、その実態を把握する必要がある。筆者はこれまでの調査において、チャンカイ谷に所在する遺跡を踏査し、工芸品生産に関わる遺物が出土している遺跡を抽出した。今回の調査目的は、それらの遺跡の中でもチャンカイ文化の中心の1つと考えられるピスキーヨ・チコ遺跡の考古学データを獲得することである。
 実施した調査内容は、主に3点である。第1に、遺跡内において工芸品を生産したと考えられる南区に限定して、そこに分布する遺構の測量調査を行い、建造物の配置を示した平面図を作成することである。最初の一週間は、建造物を観察しながらメジャーのみで遺構を測り、略図を作成した。その後約1ヶ月間、その略図を基に、測量用機材トータル・ステーションを用いて建造物の測量を行った。宿舎に帰宅後、その数値データをパソコンに移し、図面作成ソフトAutoCADを使用して図面の作成作業を行った。また、近接する他遺跡から基準点のデータを取得する作業を行い、ピスキーヨ・チコ遺跡の標高とUTM(ユニバーサル横メルカトル図法)値を獲得した。これにより、地球上における本遺跡の位置を、正確に示すことが可能となった。
 第2に、遺跡内に分布する考古遺物の表面採集を行い、大まかな建造物の時期等を把握した。まず、測量調査の過程で各建造物の建築パターンを把握した後、調査地を10区に区分した。さらに、各区内を基壇や部屋状構造物等、建造物の機能差で細区分した後、それら周辺の一定範囲に分布する考古遺物を収集した。主に、土器と石器を収集したが、織物もごくわずかに採集した。
  第3に、遺構の3D画像を作成するため、残存状態の良好な基壇と部屋状構造物を選択して、デジタルカメラを用いて写真撮影を行った。建造物の一部ではなく全体を撮影対象としたため、写真枚数が膨大な量にのぼった。そのため、現在、3D画像作成ソフトを使用して、撮影した画像データの加工処理を行っている最中である。

5.本事業の実施によって得られた成果
 

 ピスキーヨ・チコ遺跡は、1944年に撮影された航空写真を基に平面図が作成されている。しかし、画像解像度に限界があるため、平面図には不明確な線が多数見受けられる。また、航空写真の撮影以降、遺跡破壊の進行が激しく、もはや現状を正確に示しているとはいえない。そのため、広範囲に配置された多数の建造物の規模や形態を、正確に把握することが急務であった。本事業の実施により、本遺跡で初めて測量調査を行うことができ、遺跡の一部ではあるが、現状に即した平面図を作成することが可能となったことは、大きな成果である。
 また、実際に遺構の観察を行うことで、航空写真では不明な建造物の建築パターンを、具体的に把握することが可能であった。例えば、本遺跡には、スロープ付ピラミッドと称される大規模な建造物が複数存在するが、その建築様式を大まかに確認することができた。また、居住区に接して小規模な基壇が多数存在し、それらにもスロープが設置されていることが新たに判明した。今後、ペルー中央海岸に分布する他文化のスロープ付ピラミッドと比較検討することで、他地域との相関関係を考察し、建築様式の発展に関する新たな知見を得ることが期待できる。さらに、アドベと称される日干しレンガでできた壁の建築様式に多様性があることは先行研究で指摘されていたが、本調査によって、各様式が一定の範囲にまとまって分布していることが明確になった。この分布差が、建築物の機能に由来するのか、もしくは時期差を示すのかは、今後の発掘調査によって明らかにしたい。
 その他の成果として、考古遺物の表面採集を行うことで、調査対象区のおおよその編年的位置を把握することができた。採集した土器片はほぼチャンカイ後期(A.D.1200-1470)に属すると推測され、この時期は土器の形態や装飾が多様に発達したと考えられている。しかも、地表面には、バタンと称される石製粉砕具(直径約0.6~1m、高さ約0.3m)が大量に散在しており、地元住民の話によると、以前はさらに多くのバタンが存在していたという。バタンは主に食材の調理用に使用されるが、本区域では住居以外の空間にも多量に認められることから、この区域で工芸品の生産活動を行っていた可能性が考えられる。
 以上をまとめると、南区では、チャンカイ後期に工芸品生産を行っていたと推測され、建造物としてはスロープ付ピラミッド、小規模基壇(スロープ付・無)、住居が混在していることが判明した。これらの建造物の時期的変遷と、その関係性を把握することが大きな課題として挙げられる。今後は、今回獲得した基本データから、工芸品の生産活動を捉えられる遺構を推定し、発掘調査によって具体的な生産と消費の様相を明らかにしていく予定である。

6.本事業について
 

 本事業は研究活動を推進し、学生の主体的な取り組みを支援する優れた事業だと思います。今後も、本事業の継続を強く望みます。ただ、海外で人類学的調査を行うのに2週間という期間設定は短いと感じます。日本から出発して現地入りするまでに、数日間を要する調査地もあります。しかも、現地での調査はインタビューや参与観察が主ですので、短期間では十分なデータが取れない可能性もあります。
 より多くの学生が本事業を利用できるようにとの配慮で、現在の2週間という期間設定がなされていることは理解できます。希望としては、調査期間一ヶ月という長期設定があれば、さらに充実した研究調査が可能になるのではないかと思います。