石橋嘉一(メディア社会文化専攻)
 
1.事業実施の目的 【d.国内学会等研究成果発表事業】
  日本コミュニケーション学会年次大会における研究発表
2.実施場所
  西南学院大学(福岡)
3.実施期日
  平成19年6月16日(土)~6月17日(日)
4.事業の概要
 

 本事業では、2007年度日本コミュニケーション学会年次大会において研究発表を行ってきた。日本コミュニケーション学会(Communication Association of Japan)は、日本で最も大きなコミュニケーション研究を行っている歴史ある団体で、日本のコミュニケーション研究の中心を担っている学会である。今回は、2007年6月16日から6月17日にかけて、福岡県の西南学院大学にて年次大会が行われ、当該大会に参加してきたことをレポートする。
 今回の年次大会のテーマは、「文化人類学とコミュニケーション学」というもので、シンポジウムと基調講演では、コミュニケーション研究者と文化人類学者が「思想としての文化のパターン」を中心に語り合った。他にも各セッションの研究発表では、コミュニケーション教育、メディア・コミュニケーション、異文化コミュニケーション、医療コミュニケーション、ディベート教育など現代社会を取り巻くコミュニケーション研究とコミュニケーション教育の現状や諸問題ついて発表が行われ、各セッションにおいて深い議論が繰り広げられた。
 私の研究発表は、「Common European Framework of References of Languages (CEF)におけるコミュニケーション能力観」というタイトルのもと、最近のCouncil of Europe (ヨーロッパ評議会) における言語教育のガイドラン、CEFがどのようなコミュニケーション能力観に基づき構成されたものかを考察し、発表を行った。セッションは、「政治制度と歴史」というカテゴリーの中で行われ、6月17日の9:00から9:30にかけて本研究発表を行ってきた。
  研究内容は、CEFのコミュニケーション教育への理論的背景についてまとめたものを発表した。近年日本においては、英語教育研究者を中心にCEFを基軸としたカリキュラムやシラバスが開発されているが、果たしてヨーロッパから輸入した指標をそのまま日本の教育に導入できるのであろうかという疑問を投げかけた。本論ではCEFの行動中心主義から捉えられたコミュニケーション観と目的達成志向によるコミュニケーション能力の評価システムを中心に論じ、会場の参加者とその妥当性、可能性について有意義なディスカッションを行うことができた。

5.学会発表について

 本発表は、Common European Framework of References for Languages: Learning, Teaching, Assessment(CEF)というCouncil of Europe (ヨーロッパ評議会)により制作された言語教育のためのガイドラインにおいて、(1)コミュニケーション能力がどのように定義され、(2)どのような指標のもとに評価されているか、を考察したものである。CEFはEU圏内における言語教育のシラバスや教授法、評価の共通基盤を構築する試みであり、外国語の運用能力を高め、国を越えてのコミュニケーションを可能にし、人や経済の動きを活発化させようとするプロジェクトでもある。現在CEFは多くの言語に翻訳され、各国の言語教育の指標となりシラバス、カリキュラム、評価等に渡り幅広くに導入され始めている。近年日本においても英語教育関係者を中心とするプロジェクトが次々と立ち上がり、CEFを基軸とした言語教育のグランド・デザインが開発されている。しかしながら、ヨーロッパから輸入された枠組みをそのまま日本の教育に導入できるのであろうか。本論ではCEFの行動中心主義から捉えられたコミュニケーション観と目的達成志向によるコミュニケーション能力の評価システムを中心に論じる。まずCEFが開発された政治的背景について触れ、次にCEFの行動中心、目的達成中心のコミュニケーション能力観を明らかにしていく。具体的にはCEF におけるコミュニケーション能力の定義と構成要素を考察し、社会生活上のあらゆるコミュニケーション場面を想定した枠組みとそれに連動したCommon Reference Levelという6段階の評価システムに焦点を当てる。積極的な導入が各国で試みられているCEFであるが、最近の先行研究ではCEFの評価システムに関する問題を指摘しているものあり、行動中心、目的達成中心に展開されるコミュニケーション論の妥当性を含め、CEF導入にあたっては慎重な姿勢を取る必要性を指摘した。質疑応答では、聴衆から多くの示唆に富む質問とコメントをもらうことができ、今後の博士論文執筆に参考になる貴重な機会であった。

6.本事業の実施によって得られた成果
 

 本事業において得られた知見は以下のとおりである。ヨーロッパにおいては、複数の言語を習得していかなくてはならない社会的環境からCEFの導入がされていた。その理論的背景には、(1) 行動中心主義(Action Oriented Approach)に基づく人が社会的に必要とされる課題を遂行できるコミュニケーション能力の育成を目的とされている、(2) 社会的に要求される課題をどの程度「できる」のかという指標(can do statement)によってコミュニケーション能力の到達度が示されている、(3)コミュニケーション能力は、部分的な能力により構成されている、という考え方を持っていた。一方、日本の事例を見ると、CEFの行動中心主義、異文化コミュニケーション教育としての枠組みを今後探っていくものと思われる。その理由は、CEFが学習目標、学習過程、コミュニケーション活動等とは何かという言語教育においての重要確認事項を明記し、同時にELPという学習者が学習過程を記録できる教育ツールが併設されており、理論と実践が教育的にうまくデザインされていることが挙げられる。
CEFは、外国語教育のグランド・デザインとしての資質を備える一方、記述の曖昧性や実用面からの問題点が指摘されている一面もある。今後のCEFに関する重要な研究課題としては、(1) 行動中心主義のコミュニケーション教育としての妥当性、(2) 教育的なアプローチとしての理論的な枠組みの位置づけ、(3)ヨーロッパから輸入した指標をそのまま日本の教育に導入できるのであろうか、という3点が挙げられるであろう。特にCEFの日本への応用の議論は、未だ十分な理論的考察や実証研究が行われていない研究段階なので、注意深く検討していく必要性があることが窺えた。
  会場からのコメントからは、ACTFLとの相違点について多く意見が出されていたので、次回の研究発表では、その点においても研究をまとめておく必要があるとわかった。

7.本事業について
 

 本事業は、学生の国内での研究発表を支援、促進するものであり、今後博士論文をまとめていくに過程においてこのような機会を活用し研究の進捗状況を発表できるという点は、とても意義があるものと思われます。

 
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