石田七奈子(日本歴史研究専攻)
奥山荘江上館
新潟市歴史博物館 体験コーナー
新潟市歴史博物館 展示室見学
村上城下の地場産業
1.事業実施の目的 【c.国内フィールドワーク派遣事業】
   新潟県北部をフィールドに、広義の歴史学的な現地調査方法を、具体的な素材をもとに考察する。
2.実施場所
  新潟県 新潟市歴史博物館、奥山荘歴史館(胎内市)、奥山荘関連遺跡
3.実施期日
  平成19年8月29日(水)~8月31日(金)
4.事業の概要
 

 一日目の新潟市歴史博物館では、まず、高橋一樹先生が、中世期までの新潟県北部について、「北越後における地域研究の視点と方法―古代・中世を中心に―」を講義していただいた。現在、北陸新幹線と上越新幹線がそれぞれ通るルートが陸地の交流路であり、文献資料に現われる「米山から奥」、阿賀川以北という地域で、早くから進められてきた、文献史学、考古学、民俗学による学際的研究の展開と問題点について解説していただいた。その上で、潟湖や河川のつくりだす「内海世界」が、近世以降、干拓などを通じて潟湖が人為的に消滅し、それと分断・整備された河川と一面の美田地帯に変貌するという、今回の集中講義に共通する研究視点を提示された。
 続けて、久留島浩先生から、近世期の新潟県北部「近世紫雲寺潟の干拓と地域社会」の講義があり、近世、周辺地域の生業に利用されていた紫雲寺潟が、氾濫問題の解決のため行われた干拓事業がどう展開したか、また、干拓が地域社会をどう変容させたか、その歴史的展開を「紫雲寺潟絵図」という非文献史料も用いた研究成果と課題を教えていただいた。
 その上で、新潟市歴史博物館の常設展示、及び、企画展「西暦674年にいがた」とバックヤードの見学をおこなった。展示は、研究成果を地域に、解りやすく還元することに重点が置かれていた。渟足柵以降の新潟沿岸の歴史展開を、考古的研究に加え、地形の形成、変化と併せて、デジタル画像なども使用しながら、見やすい展示が行われていた。地域の現在の生活との接点を示す展示も心がけられており、民俗展示などでは、数十年前の生活の再現なども行われていた。また、教育プログラムも充実しており、常設の体験コーナーや「Q-Ticket」というインタラクティブな質問サービスも常設展示室に数カ所設けられていた。
 企画展でも、自分の考えた渟足柵などいくつかのテーマで、自分の考え(または、調査した報告)なども展示出口付近で展示しており、周辺地域の人々と作ることを意識した展示を見学できた。
  二日目はバスで移動しながら、新潟北部で残存している(干拓の失敗した)潟、福島潟の現状を見学した。そして、近郊の新発田藩を通るルートから、近世期の干拓により、生活が一変した旧紫雲寺潟故地へ向かい、潟沿岸部と干拓された田園地帯の高低差など地形の確認をした。近世期は潟に浮かんでいた島が、干拓によって小山として残存している白山権現社の見学では、偶然、白山権現社を管理する神主の方にお会いし、先生が簡単な聞き取りを行い、フィールドにおける簡易の聞き取り調査の手法も知ることが出来た。また、紫雲寺地区公民館の屋上から紫雲寺潟の景観を観察し、植生状況なども含め、絵図に描かれた地形が、現在も確認できることを知った。
 午後に訪れた、奥山荘歴史館では、地域で調査、研究を続けている水澤幸一先生に「荘園・城館遺跡とその保存整備」状況を、奥山荘歴史館、及び、国指定史跡江上館、中世の奥山荘関連遺跡を見学しながら、講義していただいた。中世以降、新潟北部で展開した館の遺構が、しっかり残存している事が多く、発見された遺構がどう保存、整備され、地域に公開されているかを見学した。奥山荘地域に遺構が点在しており、考古学からのアプローチで、中世期の奥山荘を明らかにしていく、地域研究における考古学と研究公開について学んだ。
 それから、国指定史跡平林城跡へ移動し、小野正敏先生から「中世の城館と地域社会」というテーマで、平林城跡を実際に歩きながら講義していただいた。文献資料や絵図などに残る平林城が、どのような城であったか、その周辺地域に今も残る河川などの地形も含め、史跡を文献資料と併せて読み解く手法を体験した。城跡はもちろん、その周辺の河川が公益や移動に使用されていたことが、地形の変わっていない周辺のフィールドからも知ることが出来た。また、建物の構造や出土した呪い道具と、文献資料から、当時の年始の祭礼状況や、来訪する人々との関係なども考察していく研究法も知ることが出来た。
 三日目は小池淳一先生の「村上の歴史民俗的研究」を講義していただいた。文献史学、考古学など、学際的研究が進んでいる新潟北部で、民俗的、歴史的な史資料をどうとらえ、研究してゆくか、村上に伝わる「雲上公」伝説の研究史を、地域信仰や生業も含めて考察することで、どう検討できるかを講義していただいた。学際的に地域の研究を行っていく上で、注意していくべき史料の利用について考えさせられた。
  その後、村上市サーモンパークや村上城および城下町の地場産業(鮭・酒造など)を見学した。近世・村上藩の鮭の養殖や資源の保護が、現在でも生業として受け継がれていることや、干拓により美田地帯となり、米の生産高が上昇してきたことによる酒造の発展状況、また、新潟での地震など、災害の影響と地場産業の改変についても知ることができた。

5.本事業の実施によって得られた成果
 

 今回、フィールドワーク事業で参加した集中講義では、新潟北部を題材として、潟湖や河川など地形的な特徴から形作られた「内海世界」が人為的な活動でどう変容してきたか、文献史学、考古学、民俗学など、学際的なアプローチをもって研究されて、明らかにされてきた現状をから、どう研究を展開してゆくか、その視点を共通テーマとして、地域社会における研究手法を学んだ。
  一日目は、文献や絵図資料などから、地域社会の変容を追う歴史研究と、研究成果の還元をどう行っていくか、講義を受けた。また、新潟市歴史博物館での取り組みを、展示見学、博物館の現状の解説などから、地域研究の成果をどう還元してゆくか検討材料を得た。
 講義では、文献資料に現れる地域が、現在に至るまでどのように変容していったか、その過程を学際的な研究してきた研究業績の問題点をあげ、継承点、批判点をうけてどう研究展開していくかを学んだ。
また、地形的な特徴が人々に恩恵を与えると同時に起こる、潟の氾濫などの脅威を克服するために、近世、行われた干拓事業が、地域社会の構成や生業を大きく展開させた、紫雲寺潟の研究事例について講義を受けた。近世の文献による研究手法に、「紫雲寺潟絵図」という非文献史料も用いたこと、また、現地に残る景観から文献や絵図の理解が深まり、さらに研究を飛躍させたことも知った。
 新潟市歴史博物館の常設展示、及び、企画展「西暦674年にいがた」とバックヤードの見学では、特に、教育プログラムも充実がとても勉強になった。新潟市歴史博物館では、民具などに自由に触れることが出来る、常設の体験コーナーが設置されていた。また、「Q-Ticket」というインタラクティブな質問サービスも常設展示室に数カ所設けられており、展示で生じた疑問点を回答して貰えるシステムは、歴史展示を考えてゆく上でも、とても参考になった。
 企画展でも、自分の考えた渟足柵などいくつかのテーマで、自分の考え(または、調査した報告)なども展示出口付近で展示しており、周辺地域の人々と作る展示を意識しており、研究成果の報告を、地域社会と作っていく方法を知ることが出来た。その地域に現在暮らしている人たちへ研究の成果を還元する際、自分たちの住む地域への興味を引き出し、自らの歴史意識を考えることが出来るようにしている。展示を作ったうえで、それを生かしてゆく企画の重要性を再認識できた。地域参加による研究展示は、研究成果の還元だけでなく、そこからあらたな研究が発展してゆく、環状の研究のつながりを生んでおり、地域密着型の歴史展示の参考になった。
  二日目は、潟や河川などの地形を実際に見学した、新発田藩を通るルートから紫雲寺潟に向かい、地域的なつながりを体感した。一日目の講義で学んだ近世の紫雲寺潟の変容が、現在残る、旧潟の岸部と干拓された田園地帯の高低差などから地形を確認できた。また、紫雲寺潟で近世から信仰されていたことが絵図からも判明している白山権現社の見学では、自分が研究している神仏分離に関わる問題も見ることが出来た。白山権現社の由緒が書かれた板から、近代変革期の神仏分離の影響を受けていたことが確認できたと同時に、現地では今も「権現」という神仏習合時代の名称が残っており、この地域で、どう分離が受容/抵抗されたのか、研究したいと思った。この見学の際、偶然、白山権現社を管理する神主の方にお会いし、先生が簡単な聞き取りを行い、フィールドにおける簡易の聞き取り調査の手法も知ることが出来たことは、寺社を研究対象とする自分にとって、とても有意義なことだった。
 午後には、地域で調査、研究を続けている水澤幸一先生に、奥山荘歴史館、及び、国指定史跡江上館、中世の奥山荘関連遺跡を見学しながら、講義していただいた。発見された遺構の保存や整備、地域への公開、考古学から、中世期の奥山荘を明らかにしていく、地域研究における考古学と研究公開について学んだ。
 国指定史跡平林城跡では、平林城跡を実際に歩きながら講義をうけた。現在に残る地形から、地域の歴史的展開を追う手法を学び、地域社会というカテゴリで研究してゆく際、実際に現地を見ることは、現在との歴史的つながりを知る機会となることを知った。また、文献資料だけでは知ることが出来ない、その時代、その時代の地域社会の有り様を、残された遺物や現在の地形から考察することが可能になる。現在の地域の様相は、現在までにどう変化してきたのか、その様相を微小に残る面影や遺跡、遺物から知ることが出来る。
 文献史学と考古学の関連を知ることが出来た。
 自分の研究対象である江戸地域でも、近世期の考古研究がすすんでいるが、今まで、文献や絵図からしか研究してきておらず、どのように考古研究の成果を利用出来るのかが、分からず、利用できないで居たが、今回の遺構をめぐりながら、現地で講義を受けることで、ただ、遺構の成果を読むだけでなく、遺構とその周辺とのかかわり、文献との突合せによって研究を進めていく手法を体験的に知ることができたので、今後は、自分の研究を多角的に見てゆくため、考古研究の視点を取り入れてことも検討したい。
 三日目は、講義を通して、民俗学と歴史学の文献資料の検討方法の違いから、学際的に地域の研究を行っていく上で、注意していくべき史料の利用について考えさせられた。地域信仰や生業を含め、伝説という歴史研究では利用の難しい資料をどう利用してゆくか、調査の中で発見される、扱いの難しい資料と向き合う上での注意点や利用法について、多角的に検討する必要を感じた。
 また、村上城および城下町の地場産業(鮭・酒造など)を見学し、近世の鮭の養殖や資源の保護、干拓により米の生産高が上昇したことによる酒造の発展、また、新潟での地震など、災害の影響と地場産業の改変について現状から知ることが出来た。歴史研究を行っていく上で、現在まで幅広く歴史展開を追っていくことが、地域研究において重要だと感じた。
 自分の研究で、研究の歴史的位置付けが曖昧な部分があり、どう改善してゆくかが今の課題となっており、二日目の白山権現社見学の際の分離の影響が残っている点からも、長いスパンで歴史展開を見てゆくことで位置づけられるものも含めて、検討していこうと考えている。
 三日間の集中講義を通して、地域研究が文献史学・考古学・民俗学と多様な側面から、当該地域の歴史的展開と人間生活の変化を現在まで追ってゆくことで、その地域が明らかになっていく課程を知ることが出来た。また、研究の中での注意点や問題点、研究成果や課題が地域に表象されている現状を知り、歴史展示を行う事に関しても新たな知識と課題を持つことが出来た。こうした研究手法、課題を自分の研究に生かしていきたいと思う。

6.本事業について
 

 今回、イニシアティブ派遣事業の援助を受けて参加した、日本歴史研究専攻の集中講義Bでは、地域研究の手法ということで、研究を行われる地域で、実情を見学しながら講義を受けることができる上に、文献史学、考古学、民俗学など、多角的なアプローチで歴史的展開を追う研究手法を学ぶことができ、とても有意義な授業でした。また、他専攻、他研究科へも開かれた授業であるため、同じ講義を受けて考えを話す機会を持つことができ、他専攻の考えに触れ、視野を広げることができました。参加にあたり、現地へ行く費用の負担の重さを軽減して、参加を容易にして下さる本事業の援助は、学習、研究の機会を増やし、博士論文を書く上でも視野を広げることが出来る事業だと思います。
  また、事業報告などを通して、他専攻との交流を行うことで、視野が広がるので、自分の研究を進めることも大切にしながら、こうした機会を利用して、博士論文を良いものにしたいと思います。