石原朗子(メディア社会文化専攻)
   
1.事業実施の目的 【c.国内フィールドワーク派遣事業】
   分野における校数が少ない専門職大学院の特徴の観察
2.実施場所
  神戸情報大学院大学情報技術研究科(専門職大学院)
3.実施期日
  平成19年8月7日(火)
4.事業の概要
 

1.神戸情報大学院大学の専門職大学院の捉え方
 本大学院の捉える専門職大学院の特色とは、実務教育を行うことにあり、社会の求める高度で専門性の高い人材を養成することが専門職大学院の使命と考える。具体的に言えば、一般大学院が特定の技術(特に1つの技術)を深く追求することに対して、専門職大学院は特定の職業に必要な要素技術をまんべんなく組み合わせて教育していくイメージであると説明していた。図で示すと、以下の◎が特に一般大学院で中心になる例で、もう少し広く見れば、横の要素技術Aについて追求するのが一般大学院であるのに対して、専門職大学院は、例えばxx職に該当する技術全般を教育している。


要素技術

xx職

yy職

zz職

A(プログラミング)

v

v

B(ネットワーキング)

v

 

v

v

v

 

 

v

v

2.神戸情報大学院大学の教育
 上記の考え方に基づき、本学は経済産業省が2002年に発表したITスキル標準(ITSS)に基づく教育を行っている。これは職種ごと、レベルごと(初級・中級・上級)にマトリクス状にIT技術者に必要な技術を示したものである。各マトリクスについては詳細項目が定められており、このITSSに基づいた教育が本学の教育である。
 このことからもわかるように、神戸情報大学院大学はIT技術者としての確立と出口での就職の手堅さを専門職大学院としての目標と定めている。このように技術にターゲットを絞っていることは、マネジメント力を重視する他の専門職大学院との違いである。これは大学院レベルでの高度な技術、即戦力性という強みと同時に、専門学校との差異化の難しさという弱みも抱えている。 
 しかし、今後、情報系専門職大学院が増える中で、教育のゴールを特定の職業(ITアーキテクト、プロジェクトマネージャー、ITスペシャリスト、ソフトウェアディベロッパー)に絞り、応用可能な技術力に特化したOSS(open source software)を活用した教育は、専門職大学院の中での特化の一つの在り方でもある。

3.教育上の工夫
 本学にはカリキュラム構成とフォローアップ体制に特徴がある。本学には文系のキャリアチェンジ志望者が多く、IT初心者も多い。彼らに対しては、入学前教育やeラーニングを通じた補習教育により、大学院の中心となるレベルの教育についていけるようになる体制を持っている。また、学生に対する教員数が多く、メンター的な役割を担う助教らの役割も大きい。6割を占める実務家教員の高度な教育に学生が応えられるのは、こうしたフォローアップ体制があることの影響力が大きい。
 また、カリキュラムを1年6期に分け、講義→演習→実験を1クールとして、1つ1つの内容を実務レベルまで引き上げてから次の内容に入る工夫がなされている。
本学のカリキュラムの特徴としては、

  1. 積み上げ型:知識の完全習得、企業研修に近いカリキュラム
  2. OSSが教材:技術の根幹部分の修得、ハイレベルな技術者養成
  3. 実務家による実践的指導(実務家6割):即戦力となる知識やノウハウの修得
  4. ITの応用技術とmanagement & solutionの2方面の教育の実現:修了後に広がるキャリアパス

という点が挙げられる。
 また、モチベーションの高い学生を入学させるために、IT基礎科目や英語、数学などの学科試験を取り入れている。

4.神戸情報大学院大学が目指す人材像とその理由
  本学はITSSのレベル7段階のうち、中級であるレベル3を到達目標と設定している。これは、レベル3からが人材の需要供給にギャップがあるからである。むろん、レベル4以上にはさらなる人材不足があるが、こうしたレベルは大きなプロジェクトの経験など高度な実務経験が欠かせない。そこで、神戸情報大学院大学では、インターンシップや学内で可能な小規模プロジェクトで育成可能なレベル3に焦点を当てている。つまり、学校教育のみで可能な最高レベルの技術者養成という人材輩出機能を専門職大学院のミッションと考えているのである。

5.本事業の実施によって得られた成果
 

1.得られた成果
 いわゆる専門学校や構造特区における株式会社立の専門職大学院は、新しく参入してきたことから「新規参入型」専門職大学院と呼ばれる。これには以下の特徴があるという。①マネジメントを学ぶこと、②市場の確保が発展途上で修了生の就職支援に熱心であること、③資格取得などのゴールを設定している大学院もあること、④専門学校や資格取得予備校との差異化が求められていることなどである(吉田文,2007)。
 また、筆者は比較的少数の学生に対する教育の工夫、各学校の売りと棲み分けもこうした大学院の特徴と考えている。
 このような傾向において分析すると、神戸情報大学院大学は、「新規参入型」専門職大学院の中での共通特性を持つ一方で、独自の傾向も持っていると分析できる。
 ます、共通性としては、様々な教育上の工夫や熱心な就職指導(出口支援)が挙げられる。前者の例では、本学は、入学前教育などの集中講義やeラーニングを通じた補習教育に力を入れている。これは学力の問題とも捉えられるが、一方で、異なった分野の学生を積極的に受け入れ、社会人・新卒(特に文系)に新しい専門性(情報技術能力)を付与し、キャリアチェンジを可能にし、結果として二重の専門性を与えることも可能している。
 後者の出口支援の点では、教員が一丸となってマンツーマンの就職支援体制が特徴となっている。
 このように教育や就職支援の点で、この大学院は「新規参入型」専門職大学院の一類型と言える。
 他方、相違点もある。その第一は、マネジメント力重視よりも出口保障の観点でのIT技術力の重視である。IT系出身の社会人や、理工系大学院出身者も学生が入学し、特色あるカリキュラムによって社会に出ていく状況を見ると、この大学院は学校教育の範囲内で、今できるなるべく高い水準に学生を持っていこうとする現実的な大学院と見ることもできる。他のマネジメント力を重視し、将来の幹部候補、リーダーを育てることを志向している「新規参入型」専門職大学院とは一線を画し、系系能力や応用運用力は修了後に身につけることを意図する、この専門職大学院が、今後、情報系大学院の増加の中でどのような位置づけを担っていけるかにより、日本のIT人材の養成指針にもある程度の影響があると考えられる。
 しかし、専門職に「根拠となる学問の成立」という条件を与えるとき、この大学院は「専門職」を育成する大学院ではなく、「専門性の高い人材を輩出する」大学院である。「専門職」を育てる大学院以外に、「専門性を高める」ことに首尾一貫した目的意識をもった大学院が存在することを、資料や談話から抽出できたのは、1つの知見であったと言える。

2.今後の研究の展開可能性
 本研究は「分野における校数の少ない専門職大学院」に関する研究の調査の一部である。よって、こうした希少性の高い大学院について、今回の調査を含めた知見をまとめている。本研究の成果は「『分野内希少型』専門職大学院の特徴-教育・福祉・医療・芸術・情報の専門職大学院の比較から-」として、大学教育学会誌第29巻第2号に掲載予定である(2007年9月12日決定)。
  また、情報系という新しい専門職(ITプロフェッショナル)についての教育についても考えていくことで、博士論文への展開可能性もあると考えている。

6.本事業について
   今回、初めてのイニシアティブの応募であった。学内を含めた研究助成に応募したのは実質初めての経験であり、今回の派遣事業の決定の過程で、応募書類の書き方、通過後の計画の実施などで様々に学習させられたこともあり、非常に有意義な経験であったと思う。