石原朗子(メディア社会文化専攻)
   
1.事業実施の目的 【c.国内フィールドワーク派遣事業】
   分野における校数が少ない専門職大学院の特徴の観察
2.実施場所
  九州大学医学系医学府医療経営・管理学専攻(専門職大学院)
3.実施期日
  平成19年8月9日(木)
4.事業の概要
 

1.九州大学(医療経営管理学専攻)の専門職大学院の特徴
 本専攻は、専門職大学院の前段階である専門大学院が発足した2001年に開学した。そのため、当初から高度専門職業人の育成を強く意識した教育内容・制度設計である。その特徴としては、医療経営管理学という他では学べない分野であることから、医師・薬剤師・看護師らの医療従事者、病院の事務担当者、コンサルタントなど幅広い医療人材が集まっていることである。
 このように専攻に関連する多くの分野から人材が集まっているのが、本専攻の特徴であり、こうした特徴は2001年の開学当初から変わらない傾向で、専門職大学院になって変わったことは少ないという。
2.九州大学(医療経営管理学専攻)の教育
 本学の教育にはいくつかの特徴がある。
 第1は、コース制をとりながらも、関連するコースの履修がかなり自由であるため、医療経営管理学を医療政策、医療行政、医療制度、医療コミュニケーションなどの多彩な観点で見ることができることである。
 第2に、一定のコース分けがあることから、多彩な人材が、自分の目的・問題意識に合わせた学修計画を立てることができることである。
 第3に、科目数としては講義科目が非常に多いが、現場での即戦力として小さくても何かを変えられるようになるために、論理的文章作成能力向上の狙いもあり、成果物(修士論文に相当)を課していることである。これが最大の特徴で、話を伺った教員らのすべてが、ゼミなどで個々人が成果物を作っていく過程を通じて力をつけていき、必要な諸能力を身につけていくと語っていた。
3.教育上の工夫
 教育上の工夫は2点ある。第1点が、先に述べた成果報告で、この作成を通じて、問題発見能力、問題解決能力、論理的思考力が培われるという。なぜならば、専門職大学院には、現場経験の豊富な人材は多いが、研究の経験のない学生も多いため、人にわかる説得力のある文章を書く能力の教育がなされてきていない人が多いことによるという。これは本学のみでなく、全国の高等教育機関における問題である、との指摘もあった。
 成果報告の方法としては、自分で決めたテーマ(時には授業中に与えられたテーマ)について、専門的な文章を作成し、それに添削を重ねることを行い、結果として説得力のある設計プランやマニュアルを書けることを目指すという。最終目標は、現場に出た際の問題解決のための処方箋が書けることである(ただし、専攻によりゴールは多少異なる)。
 第2点が入試改革であるという。九州大学は日本で有数の大学院であり、かつ医療経営管理学を学べる唯一の大学院であるため、忙しくても入学し、その結果、十分な時間が取れず、成果が上がらえない例もあったという。そこで、GMATなどに倣った入試改革を行い、一般教養(国語力、数学力を見る試験)を加えたという。この改革は、倍率の低下や手間の増加なども招いたが、結果として、学ぶ意志の強い、かつ学ぶことに謙虚な人が増えた点で、教育上の効果があったとのことであった。この改革は基礎学力よりも、学ぶ意志を見るための入試改革である。
4.九州大学(医療経営管理学専攻)の求める人材像
 本学は、医療系という専門性の確立した分野であり、かつ医療経営管理学という学問として成立している希少な分野を学べる大学院であるため、就職などの苦労は少ないという。そうした中で、学生に求めることは「医療を儲けのために使うな、スタッフの満足度を上げる努力をせよ」ということであった。そして、求める人材は、現場の小さなことでもいいので、問題を発見・解決する能力を持ち、設計し、評価し、現状を変えられるような人であるという。中でも、現場のリーダーや、設計技術者、問題への処方箋が書ける人材の不足から、大局的な見方のできる人材を特に育てたいとのことであった。

5.本事業の実施によって得られた成果
 

1.得られた成果
 本学の特徴は、専門大学院という高度専門職業人育成の制度化がスタートした年に作られた大学院であることである。そのため、高度専門職業人教育の歴史とともに歩んできた大学院と言ってよい。
 この観点で、まず1つ目の知見として挙げられることは、既存の修士課程が専門職大学院になる際には、大きな改組を伴い、教員の入れ替えやカリキュラムの改革が進められたのに対して、初めから高度専門職業人養成に特化し、実務家教員も入れていた本学のような大学院は、ソフトランディングで大きな障壁もなく専門職大学院になったということである。そのため、専門職大学院となったことによる大きな違いがないと捉えることができる。
 一方で、この障壁がなかったことには、医療系であり、日本や外国にそのモデルとなる大学院が一定存在していたため、初めから制度設計がしっかりしていたと見ることや、学問の成立という専門職の要件が整っていたという点から、専門職大学院になっても大きな違いがでなかったと見ることもできる。
 しかし、専門職大学院になったことで、新卒の割合が増えてきたという。これにはやはり、専門大学院に比べ、専門職大学院は大きな改革点であったために、知名度が専門家以外にも広がったと見ることができる。これが2つ目の知見である。
 また、3つ目の知見として、いかなる大学院においても、大学院拡充の影響も伴い、大学院が入りやすくなった結果、必ずしも望ましくない影響を及ぼすような学生が入りかねない危険性を持っているということも示唆された。こうした問題は既存の一般大学院にはあるが、職業に直結するような専門職大学院にはない問題と考えていたので、意外な発見であった。今後、大学院が様々な方面で拡大していく中で、どの程度、入口で規制し、中身を保証し、出口を保証するかはさらに大きな問題になっていくと考えられる。
2.今後の研究の展開可能性
 本研究は「分野における校数の少ない専門職大学院」に関する研究の調査の一部である。よって、こうした希少性の高い大学院について、今回の調査を含めた知見をまとめている。本研究の成果は「『分野内希少型』専門職大学院の特徴-教育・福祉・医療・芸術・情報の専門職大学院の比較から-」として、大学教育学会誌第29巻第2号に掲載予定である(2007年9月12日決定)。
 また、公衆衛生大学院は日本では発展途上にあるものの、現在3校あり、それぞれが違う背景で開設され、互いに違う教育目標を掲げて教育を行っている。こうした日本の公衆衛生大学院(専門職大学院)についての比較検討もテーマ設定として可能であると考えている。

6.本事業について
   総合研究大学院大学の強みは、その多様性にある。そのため、本事業のような専攻を超えた教育研究活動の推進は、学際的な研究、より広い視野の研究を推進することになると考えられ、今後も継続されてほしいと考えている。