石原朗子(メディア社会文化専攻)
   
1.事業実施の目的 【c.国内フィールドワーク派遣事業】
   分野における校数が少ない専門職大学院の特徴の観察
2.実施場所
  宝塚造形芸術大学大学院デザイン経営研究科(専門職大学院)
3.実施期日
  平成19年8月16日(木)
4.事業の概要
 

1.宝塚造形芸術大学の専門職大学院としての特徴
 宝塚造形芸術大学は2002年度にサテライトキャンパスに社会人大学院を発足させた。これは既存の修士課程で、内容としては研究者養成と職業人養成の折衷であった。
 これ追い風として2003年の専門職大学院制度の発足があり、2004年からサテライトキャンパスに新たに専門職大学院を設置した。
 ここで、既存の修士課程と専門職学位課程には目的の違いがある。第1は、修士課程は研究者養成との折衷であるのに対して、専門職学位課程は完全に高度専門職業人養成に特化していること、第2に、育成する人材像が、修士課程ではプロデューサー(クリエーター)と現場のチーフであるのに対し、専門職学位課程ではデザインのわかるマネージャーという点で企業全体のリーダーの養成を目指していることである。そのため学位名称もMBA in designとしている。
 このようにビジネススキルを持ったデザイン人材の育成、デザインとビジネスという二重の専門性をもった新しい専門職の育成を行うことが本学の特徴である。
2.宝塚造形芸術大学の教育とその工夫
 上記の観点から、教育においてはMBA科目中心のカリキュラムである。新卒が増えたことなどからデザイン系の科目が当初よりは増えているものの、半分以上がビジネス系の科目であることが、デザイン系の大学の中で際立った特徴である。
 入学してくる学生には新卒やアジア留学生も多いという。そのため、個々で社会経験に差があり、ビジネス科目への抵抗の多い学生も少なくない。そこで、本学では、初めからビジネス知識の授与をすることをやめ、1年前期に「リテールマネージメント」という科目を通じて、起業の疑似体験をすることで、必要なビジネススキルが何かを身をもって体験するようにしたという。その結果、学生も必要なスキル・技術・知識がわかり、ビジネス系科目への導入がスムーズになったという。このように、ビジネスとは異色のデザイン系の学生に対して、いかに自然にビジネスの要素を身につけさせるかという点で開学から様々な工夫が行われている。
 本学の教育は1年前期が「トライ」、1年後期が基礎理論、2年が応用理論であるというように、基礎と応用の2階建てカリキュラムであることにも特徴がある。その一方で、柔軟なカリキュラム改革や個々人に合わせた履修が可能になるように、多くの科目では配当年次を1・2年としている。このような学内運用のしやすさに配慮した設計も行われている。
3.今後の展望
 デザインにおけるMBAは、まだ世界的にも新しい分野である。そこで、本学は世界的な、特にアジアに特化した展開を考えている。
 本学は1学年の規模が20名程度と大きくないため、個別の対応を十分に行うことができ、ノウハウの蓄積をすることができる。そのノウハウの一例として、オリジナルテキスト作りがある。オリジナルテキストは国際性を勘案して英語を載せているほか、中国語を載せることも検討中であるという。実際、本学はアジアとの提携を進めている最中であり、アジアの中でのデザインビジネスのリーダーとなることを目指している。
4.宝塚造形芸術大学の求める人材像
 上記のように、国際的な展開を目指していることから、究極の目標は、デザインビジネスにおける国内外(国外は特にアジア)でのリーダー養成を目指している。具体的には、ビジネスの分野のCEO、ICTの分野のCIOのように、デザインの分野でのCDO(Chief Design Officer)やCCO(Chief Creative Officer)という地位の確立を狙っている。
  また、修士がディレクター(クリエーター)の育成を目指すのに対して、専門職学位課程はデザインとビジネスの二重の専門性をもったプロデューサー・マネージャーの育成を目指すというように、修士と専門職では差異化も図られている。

5.本事業の実施によって得られた成果
 

1.得られた成果の分析
 本学は大学が作った専門職大学院であるために、情報系の大学院のように「新規参入型」専門職大学院ではない。しかし、芸術という他に類を見ない分野の大学院という観点では、非常に新しいタイプの専門職大学院である。そこで、「新規参入型」専門職大学院と類似した特徴があると予想される。
 「新規参入型」専門職大学院には、以下の特徴があるという。①マネジメントを学ぶこと、②市場の確保が発展途上で修了生の就職支援に熱心であること、③資格取得などのゴールを設定している大学院もあること、④専門学校や資格取得予備校との差異化が求められていることなどである(吉田文,2007)。
 この4つの特徴に関連して、本ケースを分析してみたい。
 まず、第1に「マネジメントを学ぶこと」、これはまさに当てはまる特徴である。「新規参入型」専門職大学院のように、自身の分野に加え、ビジネスの観点を導入して、二重の専門性を持たせることで専門職としての確立を目指すことが、本ケースにも当てはまる。
 第2に、市場の確保が発展途上である点も共通である。特に、デザインマネジメントとは、世界で見ても新しい分野であり、デザイナーが個々でものつくりを行う段階から、企業の中でものつくりを行う段階に来ているという時代の先を見た分野であるために、市場はまさに開拓途上である。その中で、新しい分野であるからこそ、国内市場に捉われず、アジア全体を見据えた戦略は、専門職大学院の中でも国際色の豊かな戦略であると言える。この結果が、功を奏すかは5年後、10年後の段階になるであろうというのが、大学院側の見方でもあった。そのため、本研究の本当の意味での知見が確かめられるのもその頃になるのかもしれない。
 また、第2に関して、本学も非常に熱心な就職支援活動を行っており、特に数多くいる実務家が、個々のニーズに合わせて、市場開拓や就職斡旋も行っている状況である。これは小回りの利く規模だからこそ可能なことで、今後、発展していった場合には、組織改編もありうるとのことであった。
 第3については、まだデザインの資格というのは制度化されていない。
 第4については、専門学校などとの差異化は不要であるが、既存の芸術家養成とは一線を画し、差異化を図っている。つまり、修士課程までではデザイン部門のチーフを育成することに対して、専門職はあくまでビジネスの観点での人材育成を行っている。このように、本学は、芸術単体がいわゆる専門職(長期的な教育・学問の確立・資格の確立に関するもの)とは異なると考えており、専門職としては芸術のわかるビジネスマンの養成を考えていることが示唆される。
2.今後の研究の展開可能性
 本研究は「分野における校数の少ない専門職大学院」に関する研究の調査の一部である。よって、こうした希少性の高い大学院について、今回の調査を含めた知見をまとめている。本研究の成果は「『分野内希少型』専門職大学院の特徴-教育・福祉・医療・芸術・情報の専門職大学院の比較から-」として、大学教育学会誌第29巻第2号に掲載予定である(2007年9月12日決定)。

6.本事業について
   本事業に参加することによって、計画としての確実性が認められ、つながりのなかった専門職大学院にも調査に協力していただくことができ、非常に感謝しています。