石原朗子(メディア社会文化専攻)
   
1.事業実施の目的 【c.国内フィールドワーク派遣事業】
   分野における校数が少ない専門職大学院の特徴の観察
2.実施場所
  京都大学大学院医学研究科社会健康医学専攻(専門職大学院)
3.実施期日
  平成19年8月24日(金)
4.事業の概要
 

1.京都大学(社会健康医学専攻)の専門職大学院の特徴
 京都大学大学院(社会健康医学専攻)は2000年に、医学研究科の中に発足した。これは専門大学院制度発足の1年前で、そのため、本専攻は、修士課程→専門大学院(修士課程)→専門職学位課程という過程を経てきた。そのため、専門職大学院としての特徴が薄く、教員の中にも自らが専門職大学院の一員であるという意識を持っているケースが多くはない。
 もちろん、本専攻には高度専門職業人養成という意図はあるが、それは実務教育中心というよりも、研究を行いながら実務能力を身につけさせるという方針を取っている教室も少なからず存在した。
 こうした専門職大学院としての意識の希薄さは、本専攻が独立した専門職大学院として存在しているのではなく、修士課程・博士課程を持つ、そちらが主流の医学研究科というところにあることも一因である。また、後継者養成のために、専門職学位課程でありながら博士課程を設けているところも特徴的である。
2.京都大学(社会医学専攻)の教育とその工夫
 本専攻にはwet系(実験系)とdry系(非実験系)のコースがあり、また遺伝カウンセラー養成という将来の専門資格に関連したコースや臨床医師向けの研究能力育成のMCRコース、知財管理のコースという3つの特徴あるコースがある。いずれのコースも1年目はコースワークを主体とし、講義を行う。2年目(場合により1年目から)は課題研究を行う。課題研究の修士論文との違いは、内容が実務的でよいこと(学術的でもよい)、完全な完結した形でなくともよい(例:作成したプロトコルの提案など)ことなどがあるが、研究成果を求める点では、社会人大学院の修士課程の教育に近い。
 また、コースも明確に研究室に分かれており、調査研究の中で実務能力を高める点で、典型的な専門職大学院というよりも、修士課程寄りの専門職大学院と言える。
 教育の工夫においては、各教員ごとに様々な工夫を凝らしている。例えば、統計学では、講義のレベルをわかりやすいものにする代わりに同一日に実習を行い、それを通じて実践力を高める工夫を行っていた。また、疫学系では治験の過程を広く鳥瞰し、複数の専門家の講義を受けながら、自らも知見の疑似体験をすることで、最先端の現実を知り、流れをつかめるような工夫を行っていた。
3.公衆衛生専門職大学院同士の差異化
 現在、SPH(School of Public Health)の専門職大学院は日本に3つあり、できた順に京大、九大、東大である。このうち、九大と東大がある特定領域に特化しているのに対して、京大は実験系・非実験系、特殊な専門コースと非常に多彩なコースを設けている。これは京大が広くPH(Public Health)の専門職養成を担おうという姿勢の表れと見てとれるが、学内でもそうした多様性を重視する方向と、特定領域の強みを持とうという方向はあるという。
4.京都大学(社会医学専攻)の求める人材像
 コースが多様であることから、求める人材像も多様であるが、共通する点は以下の4点である。
 ①問題発見能力を持つ人材、
 ②問題解決能力を持つ人材、
 ③論理的思考力を持つ人材、
 ④人に説得力をもって説明できるプレゼン力のある人材
なかでも、医療現場で活躍する観点から④の能力を重視する声が大きかった。

5.本事業の実施によって得られた成果
 

1.得られた知見
 本学の特徴は、専門職大学院の前進である専門大学院の制度発足以前にできた修士課程がスタートにあること、そしてその修士課程が独立専攻ではなく、医学研究科という既存の枠組みの中にあることである。そのため、1年遅れてスタートした九州大学とは大きく特徴が異なる。
 その第1点は、本学が、自身が専門職大学院であることをあまり意識していないことである。教員にあっては、研究学府の中にあるのだから、修士課程として研究を重視した教育を当然と考える方もいらっしゃった。こうしたことから、組織ができた年度と新制度発足の年度のちょっとしたズレや、組織体系の在り方が自身の専門職大学院像を決定する大きな要因となっているという知見が得られる。
 また第2点は、九州大学や東京大学が一定の分野に特化していることに対して、京都大学は日本のSPH(School of Public Health)としては異色で、公衆衛生学、衛生学、特別コースを含み非常に多彩なコースを配していることである。これは京都大学がトップのSPHとして多様な人材育成を使命と捉えていると見ることができる。一方で、非常に広い専門職像を想定している点で、一般の専門職大学院とは異なると見ることもできる。この多様性と大学院の組織形態の在り方が専門職大学院の特性を決めている。これがもう1つの知見である。
 第3点は、本学は専門職大学院でありながら関連性の深い博士課程を持っていることである。これは日本では珍しいケースだが、専門職大学院を担う人材育成のためには、その上のコースが必要であるという考え方は世界的には珍しくない。
 しかし、専門職大学院らしさが薄いとは言っても、専門職大学院としての特性、実務家養成の傾向は否定されない。修士課程に近い専門職育成は、あくまで実験系があることなどの特殊性から来ていると捉えることもできる。実際、博士課程に進む人材が増えたことで、博士課程の実務傾向も増加しているという。
 本学は日本の専門職大学院というよりも、世界のSPHの一員としての意識が強い。このように世界的な視点の専門職大学院も、日本の専門職の質の向上には必要な存在であると考えられる。
2.今後の研究の展開可能性
 本研究は「分野における校数の少ない専門職大学院」に関する研究の調査の一部である。よって、こうした希少性の高い大学院について、今回の調査を含めた知見をまとめている。本研究の成果は「『分野内希少型』専門職大学院の特徴-教育・福祉・医療・芸術・情報の専門職大学院の比較から-」として、大学教育学会誌第29巻第2号に掲載予定である(2007年9月12日決定)。
 また、公衆衛生大学院は日本では発展途上にあるものの、現在3校あり、それぞれが違う背景で開設され、互いに違う教育目標を掲げて教育を行っている。こうした日本の公衆衛生大学院(専門職大学院)についての比較検討もテーマ設定として可能であると考えている。

6.本事業について
   今回、フィールドワークの対象が広範囲であったために、全体像としてつかめたことは大きかったが、個々の事例への言及が弱かった。今後、また、こうした派遣事業を活かして、遠方の調査対象についても詳細に調べてみたいと思っている。