久保田純美(メディア社会文化専攻)
 
1.事業実施の目的 【d.国内学会等研究成果発表事業】
  2007年度日本建築学会大会(九州)学術講演会にて学会発表を行うため
2.実施場所
  福岡大学
3.実施期日
  平成19年8月29日(水)~8月31日(金)
4.事業の概要
 

 日本建築学会大会は、年に一度、日本建築学会の会員が一堂に会し、最新の学術・技術情報を交換することを目的としている。そこでは、会員の研究発表の場である学術講演会と、専門分野ごとの研究協議会・パネルディスカッション、講演会、建築展などが3日間にわたって開催される。
 今年度の日本建築学会大会は、福岡大学を主会場とし、「ひと・まち・いのち-建築」をテーマに開催された。建築は「もの」としての側面が強く意識される傾向があり、「もの」の内と外に「ひと」と「まち」があることが忘れられる傾向にある。昨今、構造計算書偽装事件や公共工事における談合問題など建築にかかわる「ひと」の倫理観が問われる事件も相次ぎ、各地で頻発する震災やシックハウスなどによる健康被害は「いのち」を脅かしている。安全で安心でき、地球にもやさしく住みやすい「まち」をつくるために、我々は何をすべきなのだろうか。そこで、特に今年度は、「ひと・まち・いのち」と建築のかかわりあい、そして日本建築学会の役割について語り合い、建築にかかわる学術・技術・芸術の力をもって社会への貢献を目指した大会となっていた。
 本大会では、会員による学術講演会や研究協議会・研究懇談会・パネルディスカッションなどが行われるのはもちろんのこと、市民の方々にも、安全で安心な建築・まちづくりや建築文化についての理解と認識を深めてもらうため、講演会やシンポジウム・見学会なども開催された。
  また、研究発表を行った「景観シミュレーション(2)」というセッションでは、3DCGやVRを用いて研究を行っている者が集まり、各研究の発表および意見交換などを行った。その他、複数の関連したセッションに参加し、研究発表を聴講した。

5.学会発表について

 本大会において、「都市空間認知における視覚と聴覚の複合効果について-街の空間構成と環境認知に関する研究 その8」という題目で発表を行った。
1.発表内容
 
都市空間とは、建物、緑や水などの自然、空、建築物とそのファサードの雰囲気、色、看板やサイン、電柱や電線、街灯、自動販売機、人、動物、車などの乗り物といった視覚で得られる要素だけでなく、音や匂いなど、視覚以外の感覚で得られる要素のすべてを統合したものである。これらの要素の一つ一つがメディアとなり、人々の街のイメージというものを作り上げているのである。
しかし、各要素を複合的に扱った研究は少なく、十分な知見が得られているとは言えないのが現状である。
 そこで本研究では、都市空間を対象に、視覚的要素と聴覚的要素の両方に着目し、視覚的要素と聴覚的要素が街のイメージにどのような影響を与えているのか、2つの要素間にはどのような関係があるのかを明らかにするため、調査・分析を行った。
その結果、緑や街路の開放感はやすらぎに関する印象を高め、広告物や人ごみはやすらぎに関する印象を下げることが分かった。
 さらに、これらの調査結果を踏まえ、各要素を操作することにより意図した印象を与えることができるのか、3DCGで制作した都市空間上でシミュレーション実験を行った。その結果、視覚的要素と聴覚的要素を変えることで、その街の印象を大きく変えることができ、街の印象を意図したものに変えることができることが明らかとなった。
また、色は街の印象に対して大きな影響力を持っており、特に暖色系は、にぎやかさに関する印象に影響を与えていることが分かった。環境音は、街の印象に対して大きな影響力はないが、視覚的要素との組み合わせで効果を発揮することが明らかとなり、共鳴現象や視覚の印象が優位に働く複合効果を確認することができた。
2.発表において聞かれた意見
 
本発表に関して、上記の研究結果を踏まえ、例えばやすらぎに関する印象を高めるために各要素を操作していくと、どこも同じような印象の街になり、その街らしさは失われてしまうのではないかという意見が聞かれた。
  今回発表した研究においては、その街がもともと持っているイメージによる影響をできるだけ排除し、各要素が持つ印象への純粋な影響力を捉えることを目的としているため、地区差やその街らしさを踏まえた分析は行っていない。しかし、今後、実際の街づくりなどに研究成果を役立てるには、その街らしさなども考慮して研究を行っていく必要があるだろう。

6.本事業の実施によって得られた成果
 

 本大会にて研究発表を行ったことで、学会発表の実績を積むとともに、同じような研究を行う研究者の方々と意見や情報の交換を行うことができ、自分の研究に関する新たな視点の発見につながった。
 特に、本発表においてご意見を下さった他大学の先生とは、街の印象に対する環境音の影響をどう捉えるかについて議論を行うことができた。環境音は、すでに様々な音が混ざっており、それらを録音後に分けることはできない。そのため、本研究においては、音の種類による印象への影響の違いなどを捉えることを目的とし、全体音と分けて、指向性マイクにより車の音や人の声などの個別音の収録を行った。そして、個別に収録した音を全体音に加えてアンケート調査を行うことで、その印象の変化からそれぞれの音の影響を分析した。しかし、今回発表した研究においては、実験に使用した個別音の種類も少なく、音に関しては大まかな傾向を捉えるに止まっている。街における物理的な情報を扱うのは、環境の雰囲気を捉える上で興味深い問題であるが、技術的には難しいところであるため、そこをどう工夫していくかが今後の課題である。また、鳥の声と言っても鳥の種類によって鳴き声は異なるし、その鳴き声が聞こえることで心地良いと感じる時間帯や状況もあれば、うっとうしいと感じる時間帯や状況もある。音は、その種類や時間帯によっても大きく左右されると考えられるため、そういうものを今後どう捉えていくのか、どう分析していくのかも課題となるだろう。
 また、他の研究者の方との議論においては、もともと街には子供から大人まで様々な属性の人々が活動している上に、印象については個人差が存在する。そこで、年齢、性別、国籍、職業、街への訪問回数や知識など、実験参加者の持つ属性による評価の違いを明らかにするため、実験参加者の属性による評価の違いの検証も視野に入れて考えるべきであることを再認識した。
 また、他の発表や講演を聴講することで、関連研究の動向把握を行うことができ、今後の研究の進むべき方向性を考える上で有益な情報を得ることができた。特に、視覚的要素による分析において、本研究では、空間構成要素の物理量を画像上の面積割合としたが、割合だけでは視覚的要素を十分に捉えられたとは言えない。視覚的要素には、色や材質など、質的な側面もあるので、様々な側面からのアプローチが必要になると考えられる。
  これらの活動により、関連研究の中での自分の研究の位置づけを再確認することができ、博士論文の研究を進めていく上で、大いに役立った。

7.本事業について
 

 この度、本プログラムのお陰で本事業に参加し、研究発表を行うことができた。発表を行うことで、同じ目標を持つ仲間や先生方からたくさんの意見をもらうことができ、今後の研究においても有意義なものとなった。
 本大会での研究発表は、関連した研究を行うもの同士が集まり、情報や意見の交換を行うものであったが、今後は、自分の研究分野だけに留まらず、広い視野と知識を持って研究を行うことが求められる。そのため、研究において目的も内容も手法も異なるもの同士が、専攻を超えて研究交流を行うことは、特に、学生の研究が多岐にわたる文化科学研究科においては必要なことであると考えられる。
  これからも、本プログラムによって各学生の研究が発展し、他専攻の学生や先生方との研究交流が促進されることを願うと同時に、私たち学生としても、専攻を超えた学際的な交流を深めるべく努力していきたい。

 
 戻る