紅林健志(日本文学研究専攻)
 
1.事業実施の目的 【c.国内フィールドワーク派遣事業、d.国内学会等研究成果発表事業】
  日本文学協会第27回研究発表大会における研究発表及び、文献調査
2.実施場所
  中京大学、蓬左文庫
3.実施期日
  平成19年7月15日(日)~7月16日(月)
4.事業の概要
 

 平成19年7月15日(日)、中京大学において開催された日本文学協会第27回研究発表大会の中で、「『本朝水滸伝』の典拠と方法」と題して研究発表を行った。
日本文学協会研究発表大会は、古代、中世、近世、国語教育の五部門にわかれ、部門ごとの発表が隣接する五つの会場で同時進行する。多くの会員が、それぞれの専攻分野に応じた新しい課題を追求し、議論を深めてゆくことを目指すものである。また五会場は隣接しているため、専攻領域以外の発表を聴き、議論に参加することも可能。したがって発表者が、自己の専攻領域を超えた問題提起をすることもできるという。(以上、「研究発表の公募について」より)
紅林の参加した近世部門では以下の7つの発表が行われた。

牧藍子   其角の「洒落風」
石上阿希  西沢一風の春本と浮世草子の関連性――『好色極秘伝』について――
神谷勝広  秋成『諸道聴耳世間猿』とモデル
紅林健志  『本朝水滸伝』の典拠と方法
天野聡一  「鵺」の物語――芍薬亭長根『国字鵺物語』――
康 志賢  〈膝栗毛もの〉絵双六群を読む
合山林太郎 漢文の歴史人物批評――幕末明治期の「論」について――

 当日、紅林は東京から直接中京大学(名古屋市八事)に向かう予定であった。6時50分品川駅発ののぞみ101号に乗車したが、折りからの台風4号の接近によって、静岡地方で、雨量が300ミリを越え、富士川が増水、水位が危険域に達したため、新富士駅手前で停車。足止めを余儀なくされた。その後、天候も回復し、富士川の水位も下がったため、再び発車。5時間50分の遅れを生じ、14時10分ごろ名古屋駅に到着。
 予定では、13時20分から発表の予定であったが、電車遅延の旨を日本文学協会事務局に説明し、発表の時間を差し替えていただき、なんとか、中京大学に到着の後の、15時20分から発表を行うことができた。
 上記のような状況であったため、他の研究発表はほとんど聴くことができなかった。また、今大会が初の参加であるゆえ、学会の様子についてはほとんど述べるべきことがらがない。ただ、幸いに聴くことができた一つの発表からは、先鋭化された専門的な知識のやりとりがされる学会というよりは、各研究者がそれぞれの立場から積極的に発言して議論が形成されてゆく、という学会であるとの印象をうけた。ただ、あくまで近世部門にしか参加していないので、他の部門はまた違った性格をもつかもしれない。 また、翌16日(月)名古屋市蓬左文庫(名古屋市東区徳川町1001番地)において文献調査を行った。『前々太平記』および『日本王代一覧』の二点の文献の書誌について調査し、発表内容を論文にまとめるにあたってのいくつかの知見を得た。

5.学会発表について

 発表の概略については以下の通りである。

 『本朝水滸伝』(建部綾足著、安永2年刊)の典拠として従来いわれてきた『前々太平記』ではなく、『日本王代一覧』の方が適切である旨を細かな文辞の比較、および、作品の性格にもとづいて述べた。また同時に、『日本王代一覧』が持っている出自を重んじて歴史を語ってゆく、というスタイルが、『本朝水滸伝』の登場人物を考える上で重要な理念とぴったり一致するということを私見として提示した。

 質疑の中で、『本朝水滸伝』作品研究に関わる以下の諸氏にそれぞれ次のような指摘をうけた。
長島弘明氏(東大教授)は、発表者の主張する作品論的な部分が、先行する、高田衛「亡命、そして蜂起へ向かう物語――『本朝水滸伝』を読む――」や長島弘明「『本朝水滸伝』の構想」といった作品論に対して、どのような独自の立場、意義をもつのかという内容であった。
 発表者としては、これまでの「反乱」といった『本朝水滸伝』の読みは、登場人物の立場としては、また、別のニュアンスをもつのではないかというように考えている、と回答した。
 木越治氏(金沢大教授)は、登場人物、弓削道鏡を〈成り上がり者〉ととらえようとする根拠として発表者が掲げた『源氏物語』の影響等のことがらについての論理的な不備を指摘された。
 高田衛氏(都立大名誉教授)は「『本朝水滸伝』の典拠と方法」という題での発表であったが、所与の歴史に対して自由な立場で創作するのが〈小説〉というものであり、発表者の歴史への態度の分析だけでは、作者の方法を指摘したことにはならない、という旨の指摘をいただく、発表者としては、今、高田氏の発言に対して回答する準備はない、とのみ発言するにとどめた。
 他、奥野美友紀氏(富山大学非常勤講師)から、『本朝水滸伝』の後編と前編では性格が少々異なっているように考えているが、発表者が読みの根拠として提示した資料は前編のものが多く、後編については、どのような読みの方向性というものを抱いているかとの質問をいただいた。これについては、今回提示した読みは後編にも適用できるものと考えているが、後編の読みについて考える上での資料の不足は否めない。今後の課題としたいという旨を回答した。
 また、発表者の主張する『王代一覧』の典拠としての重要性については、長島弘明氏、高田衛氏から評価をいただいた。
 また、フロアでの質疑の後で、木越治氏から、『本朝水滸伝』で描かれているものは単純な反乱ではないとする発表者の立場に対して一定の評価をいただく。
 湯浅佳子氏(東京学芸大学助教授)から、発表者の論理展開の恣意性について、懸念を表明された。 また、構想論という方向へ持っていった方がいいのではないかとの意見もいただく。

  以上、諸氏から貴重なご意見をいただいた。
6.本事業の実施によって得られた成果
 

 近世中期の言葉と文学をめぐる諸問題を、近世の中後期に和学者等の間で流行した擬古文、いわゆる〈和文〉という観点から考察することが発表者の研究課題である。そのための視座として賀茂真淵の門下としていち早く和文創作に手をつけた建部綾足の文学活動に注目し、博士論文研究を行っている。本発表は『本朝水滸伝』という綾足晩年に書かれた和文体小説のもつ、性格のうち従来あまり顧みられることのなかった側面について述べた、いわば、作品の〈読み〉に関わるものである。そういう意味では、いち作品論に過ぎないともいえるが、これは建部綾足の文学活動の総合的な把握にあたって必須の作業であり、発表者の綾足文学に関する理解の根幹をなす部分と密接に関わっている。その点、博士論文研究に資する部分は決して小さくはないものである。

 また、本発表の内容は、論文としてまとめ、日本文学協会の機関誌『日本文学』(発行冊数 2500冊)誌上へ投稿する予定である。その前段階の作業として、口頭発表を行うことで、明確になった問題点や方向性等も多々あり(前項に詳述)、この点についても一定の成果はあったと考える。

 蓬左文庫の調査では、『前々太平記』と『日本王代一覧』の二点の古典籍を閲覧した。どちらも初版の刊記を有している。内容的には後印本から得た知見の確認にとどまるものであったが、諸本の調査は、研究にとって必要な作業であり、懸案の事項を確認できたことを素直に成果として掲げたい。

 以上、規定の字数には満たないが、発表者の博士論文研究についての基礎的な知識の披瀝や、〈研究発表〉という行為そのものに内在する諸意義について縷々述べる必要はないと考える。本事業の成果について、他の項の記述と併せればすでに委曲は尽くしているので、以下省略に従うのが適当と判断した。
7.本事業について
   特になし。
 
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