李 昌 熙(日本歴史研究専攻)
 
1.事業実施の目的 【c.国内フィールドワーク派遣事業】
   シンポジウム参加
2.実施場所
  福岡大学(東アジア古代史考古学文流会)
3.実施期日
  平成19年12月15日(土)~12月17日(月)
4.事業の概要
 

 今回の事業の目的は福岡大学で開催される第19回東アジア古代史・考古学研究交流会のシンポジウムに参加して、最近日本の考古学者が考えている韓国の青銅器時代と原三国時代の年代観に対する考え方を把握することである。シンポジウムは‘無文土器・原三国時代の暦年代’というテーマで開かれ、4件の研究発表と総合討論おこなわれた。発表表題と発表者は下のとおりである。

  1. 庄田慎也(東京大学) 「韓国青銅器時代の編年と年代」
  2. 宮里 修(早稲田大学)「細形銅剣文化の暦年代」
  3. 岡村秀典(京都大学) 「中国鏡からみた原三国時代の暦年代」
  4. 鄭 仁盛(嶺南大学) 「原三国時代の土器と暦年代」
 1・2は韓国での留学経験があるもっとも若い研究者による発表である。私と年令が近い若い日本人研究者がどのような考えを持っているのか前から深い関心を持っていた。1の発表は現在までの韓国の青銅器時代の編年研究を整理して文化類型と併行関係を設定したが、大差はなく、総合整理した結果で考えられる。絶対年代は紀年銘青銅器を基準にしている。また一つの特徴は‘無文土器時代’を使わなくて前期と後期に分け、‘青銅器時代’とする考えに同調している点である。韓国の粘土帯土器段階は青銅器時代から除外された。サマリーの後半には炭素14年代に対する批判的な見解があった。2の発表は細形銅剣を集成して緻密に分類して編年したことで、まもなく宮里氏が提出する博士論文の一部を要約したことである。3の発表は日本の鏡の第一人者である岡村秀典氏の発表であったが、新資料の紹介とともに韓国の青銅器時代・原三国時代の銅鏡を整理して言及した。4の発表は韓国の瓦質土器は、楽浪土器よりも戦国土器との関連性が高いという新しい発表であった。これまで知られている楽浪土器とされてきたものも本来の楽浪地域の土器とは大差を見せるということが重要である。
5.本事業の実施によって得られた成果
 

 今回のシンポジウムを通じて日本人研究者たちの青銅器時代・原三国時代の年代観について一部わかるようになった。既存の編年観全般を整理・総合した発表した場合が大部分だったので、今後青銅器時代~原三国時代までの広い時期にわたる編年を整理するのに役立った。
 1・2の発表を通じて青銅器時代の全般的な編年的流れと細形銅剣に対する詳細が分かるようになった。一方、1の発表から土器に付着した炭化物にも試料としての問題があることがわかったが、批判の根拠は歴博の研究成果で、しかも誤った引用の仕方をしている点が残念である。国立歴史民俗博物館で炭素14年代法に対して基礎的な研究をしている私としては興味ある内容なので、今後検討してみようと思う。
  3の発表は鏡に対して専門的な知識がなかった私としては多い勉強になった。やっぱり原三国時代の漢鏡は製作年代、副葬年代、伝世期間との関係をどう考えるのかによって日本と韓国の年代観が行き違う大きい原因となることをまた確認することができた。
 4の発表者は新しい見解を発表したが、日本と韓国で出土した楽浪土器を詳らかに観察した結果楽浪地域の土器とは差が多いあるということである。むしろ戦国土器と関連性の方が高いと指摘した。したがってこれまで楽浪土器の影響を受けて出現したといわれてきた韓国の瓦質土器の上限は楽浪設置年代であるB.C. 2世紀末より古くさかのぼることが不能になったというのが、発表者の主張である。しかし、これは再考の余地が多いと考えられる。その間の青銅器と土器によって設定された日韓併行関係と大きく違ってくるだけではなく、土器自体には発表者が指摘した相違点だけでなく似ている点もたくさんある。文化の系譜を論ずる時、遺物の詳細な差を根拠に該当の文化とは関係がないということはむずかしいと考えられる。関係が非常に高い技術的な部分をどう説明すればいいのか、検討してみる必要がある。  

6.本事業について