村山絵美(日本歴史研究専攻)
 
1.事業実施の目的 【d.国内学会等研究成果発表事業】
   日韓宗教研究フォーラム第四回国際学術大会でパネリストとして発表
2.実施場所
  岡山県浅口市金光公民館
3.実施期日
  平成19年8月19日(日)~8月23日(木)
4.事業の概要
 

 日韓宗教フォーラムとは、日本と韓国の研究者が参加し、「宗教」をテーマに研究発表を行う国際学術大会である。従来はフォーラムという形をとっていたが、来年から新たに「東アジア宗教学会」という学会を立ち上げるため、今回は学会発足の準備フォーラムとなった。従来は日本と韓国の研究者が中心となっていたが、学会に改変するにあたり東アジアの研究者にも積極的に呼びかけていくということで、今回は日本と韓国だけでなく中国の研究者が集うフォーラムとなった。
 大会は3日間に渡り、基調講演や学会発足準備会が開かれたほか、3つのセクションに分かれて発表・討議が行われた。各セクションのテーマは、Aセクション「民俗社会と宗教」、Bセクション「ポストコロニアリズムと宗教」、Cセクション「現代と宗教」である。
 報告者はその中のBセクション(テーマ:「ポストコロニアリズムと宗教」)で発表をおこなった。参加したBセクションでは、ポストコロニアリズムが宗教とどのように関わっているのかを問う発表が行われた。コーディネーターは、佐藤壮広氏・川瀬貴也氏・柳聖旻氏・朴奎泰氏の四名である。パネリストは、李進龜氏(湖南神学大)、河廷鉉氏(水踰研究所)、朴奎泰氏(漢陽大)、佐々充昭氏(立命館大)、斎藤泰氏(大本教学研鑽所)の5名である。
 報告者は、「沖縄戦の記憶をめぐる民俗学的考察-戦後沖縄の戦死者遺骨と亡霊譚」というタイトルで発表を行った。報告者以外の発表は、一色 哲氏(甲子園大)「軍事占領下沖縄における“救い”と“癒し”の陥穽─キリスト教、国家、地域社会─」、木村勝彦氏(長崎国際大)「原爆死とキリスト教の聖地 -ポストコロニアリズムの視点から-」、趙顕範氏(韓国宗教文化研究所)「韓国社会の類似宗教概念についての系譜学的探索」、宋賢珠氏(順天郷大)「韓国仏教における未完の脱植民化のプロジェクト」が挙げられる。
  日本、韓国、中国の研究者が発表する場となり、同時通訳を介することで、日本という枠を越えた知の交流が行われる機会となった。Bセクションの参加人数は40名程度であり、活発な議論が行われた。

5.学会発表について
 

【発表内容】
タイトル:「沖縄戦の記憶をめぐる民俗学的考察-戦後沖縄の戦死者遺骨と亡霊譚」
 本発表では、沖縄戦の「激戦地」に戦後建設された娯楽施設で語られる戦死者の亡霊譚をもとに、それらの譚が語られる背景について考察を行った。娯楽施設は、「激戦地」である他に、戦前から「聖地」とされていた場所でもあり、戦後においてもその「聖性」について注目されてきた場所でもある。それらの土地が娯楽施設として開発されることで、さまざまな怪奇譚が語られるようになった。これらの開発をめぐる一連の譚を読み解くことで、戦争の記憶の変遷を追うことを目的とした。
 いくつかの事例をもとに考察を行った結果、譚の背景には、土地に対する人々の認識が深く関係している事が分かる。娯楽施設の関係者は、一連の開発を「遺骨を掘り起こし供養を行うことで、土地を清める意味もあった」と解釈している。亡霊譚が語られる背景には、沖縄戦の記憶だけでなく、「聖地」「激戦地」「観光地」という三つの要素を孕んだ土地の性質が深く関係している。多重な土地の意味づけの中から戦死者の亡霊譚が語られており、戦死者の存在を現前させることは、過去の記憶が想起され土地に対する認識を再構築する機会ともいえる。
 また、戦死者の亡霊譚は、死者供養などの信仰や戦後の土地利用が絡み合って発生しており、過去と現在の間に横たわる重層的な記憶を表象している。つまり、戦死者の亡霊譚は、沖縄戦の記憶という過去の事象のみを原因として発生するのではなく、現在の状況が影響して語られる譚ともいえる。未だに現れ続ける兵隊の亡霊は、『戦後』という時間が戦争の継続である沖縄の現状を表していると結論づけた。
【会場からのコメント】
 会場には韓国や中国の研究者がいる他、各宗教団体の宗教者の方々も参加されており、それぞれの立場や視点から質問があった。韓国の研究者からは、韓国の戦争の記憶と日本の戦争の記憶の違いについて言及しながら、いくつかのコメントがでた。特に、韓国では戦争の痕跡を亡霊譚というかたちではあまり語られないとのことで、なぜ日本ではそのような譚が多いのかなどの質問があった。また、宗教者の方からの質問では、戦後の戦死者供養の方法に言及されるなど、供養と亡霊譚との関わりについてのコメントがあった。

6.本事業の実施によって得られた成果
 

 日韓宗教フォーラムは、日本だけでなく韓国及びアジア諸国の研究者が参加する国際学術大会である。本大会で研究を発表し、諸外国の研究者と意見を交換することは、自身の研究の視野を広げ、新たな問題意識を獲得するための重要な機会となった。特に、戦争の記憶をテーマとしていることから、韓国を始めアジア諸外国の研究者との情報交換は大変重要である。今回発表を行うことで、日本だけでなく、中国や韓国などアジア諸国の戦争の記憶に関する情報が得られ、研究状況を知ることができた。将来的に戦争の記憶をもとに諸外国との比較を行う上で、非常に重要な研究をいくつか発見することができ、自身の研究を発展させていく上で、貴重な機会となった。
 また、多くの宗教者の方が参加されており、彼らのコメントは戦後の戦死者供養や、慰霊行為を考える上で、大変重要なものとなった。発表以外でも、宗教者の方が民俗宗教をどのように捉えているのかをうかがう機会があり、自身の研究テーマだけではなく、その周辺にある問題にも触れる議論を行うことができた。
 さらに、国際シンポジウムでパネリストとして参加するのは初めての経験であり、プレゼンテーション能力を問われる場ともなった。発表を時間内に収めることはもちろん、文化や歴史的背景の異なる人々に、より分かりやすく自身の研究を伝えるという点で、非常に苦労した発表でもあった。その結果、いかに分かりやすく、問題を明確にして伝えるのかということを考えた為、今までの発表方法を振り返る機会ともなった。
 懇親会や見学会では、多くの研究者や宗教者の方と交流することができ、それぞれの研究テーマを聞くことで、研究方法や視点を学ぶ良い機会となった。また、自身の研究テーマについて説明することで、有益なアドバイスや情報を得ることができた。今後博士論文を執筆し、研究を発展させてく上で、重要な学際的交流の基盤を形成することができた。
 今回の発表原稿は、「東アジア宗教文化学会」の学術誌(創刊準備号)に掲載される予定である。活字にすることで、シンポジウムの参加者以外にも自身の研究を発表する機会となる。多くの方に目を通してもらうことで、議論のきっかけとし、より研究を発展させ博士論文につなげていきたい。

7.本事業について
   現地調査や遠方での学会発表を必要とする学生にとって、本事業は大変有効なものである。本事業によって、研究をより発展させることが可能となった。今後も事業を継続して頂けることを希望します。