中村真里絵(比較文化学専攻)
 
1.事業実施の目的 【h.海外フィールドワーク派遣事業】
   博士論文執筆のための文献資料収集と補足調査
2.実施場所
  タイ国:バンコクおよびナコンラーチャシーマー県
3.実施期日
  平成19年12月27日(水)~平成20年1月11日(金)
4.事業の概要
 

 本事業は、報告者が現在、研究を進めているタイ東北部の土器生産地ダーン・クウィアンの社会変容に関して、文献資料および現地調査によるデータの補充を目的に、実施した。それぞれ、タイ国の首都における文献資料収集および、東北タイナコンラーチャシーマー県ダーン・クウィアン地区における聞き取り調査をおこなった。
 
バンコクにおける文献資料収集の実施
 今回の派遣事業の間、特に文献資料収集により多くの時間を費やした。タイにおける文献資料の収集は、時間がかかるため、今回のようにまとまった時間を、文献収集にあてたことは効率がよかったといえる。
 報告者は、本調査でタイに滞在した際にも、文献資料収集をおこなっていた。今回は、帰国後日本にて研究を進めた結果をふまえ、新たに文献を補充した。具体的には、タイ国立図書館およびタイ国立公文書館、チュラーロンコーン大学付属図書館、タマサート大学付属図書館、シラパコーン大学付属図書館、そしてタイで最も歴史の古いパトゥムワン高等職業訓練学校をおとずれて、文献資料収集につとめた。
 また、バンコクにある主要出版社の書籍を購入するため、書店をまわった。これにより、以前タイで調査をしていた際に、手に入らなかった本を補充することができた。

バンコクにおけるタイ人研究者との面談の実施
 海外で研究をする者にとって、現地の大学の研究者や教員のサポートは不可欠なものである。彼らは調査時のサポートのみならず、現地の情報や、研究の動向などを提供してくれる、非常にありがたい存在である。
 今回の派遣期間中、バンコクにて、以前から交流のあるタイの大学教員とお会いすることができた。その際、報告者の日本での研究の途中経過を報告し、それについて助言をいただくことができた。特に、タマサート大学の民族考古学専門の先生には、報告者と同じ調査地で研究していたアメリカの文化人類学者を紹介してもらうことができた。これらの人的交流は、今後の研究に活かすようにしたい。

ナコンラーチャシーマー県、ダーン・クウィアン地区における補足調査の実施
 今回は現地調査に当てられた時間は、限られていたために、キーパーソンとなる特定人物にインタビューをおこなった。その中の1人は、筆者の調査地である土器生産地で使われる機械を全て作っている、機械の修理工である。報告者は、彼の作業場に赴き、インタビュー調査をした。本調査の期間中もインタビュー調査をしたことがあったが、当時、報告者は機械に関する知識も乏しかったために、インタビューの内容に対する理解が不足していたと感じていたからである。今回は、それらを含めてインタビュー調査をおこなった。
  また帰国から1年の間に、調査地付近の様相がどのように変わったのか、全体を把握した。以前、報告者が滞在していたときには、まだ整備が終了していなかったラチャパット大学付属博物館を見学する機会があった。地元の小学生たち大勢が見学に訪れており、タイ政府が推し進める地域文化の育成が、着実に展開していることを肌で感じることになった。

5.本事業の実施によって得られた成果
 

バンコクにおける文献資料の収集によって得られた成果
 報告者は調査対象地として、有名な土器生産地を選定し、研究を重ねてきている。こうした有名な場所を調査地に選んだ場合、そこに関わる文献を網羅しているかどうかによって、研究の質が関わってくる。調査地の土器生産地について書かれていた論文は、以前の調査時に網羅したと思っていたのにかかわらず、今回の調査で新たに補充することができたことは、大きな収穫だったといえる。
 それら新しく手にいれた文献は、最近出版されたものだけではなかった。前回の調査時に収集できなかった理由は、タイの図書館の資料整理の現状に関わっていると考えられる。これからも、安心せずに、タイに行く機会があるごとに、文献収集をやる意義があることを痛感した。
 今回、収集できた文献資料は、博士論文執筆の際に引用文献として使う予定である。

ナコンラーチャシーマー県における補足調査で得られた成果
 変化の著しい調査対象地を訪れることは、どのように変化をしたのかを把握するという点においても、また新たな研究の視角を与えてくれる点においても、大きな意味があるといえる。
 特に、報告者が調査対象地としているのは、東北タイ随一ともいえる土器生産地である。室内外の装飾品が製作されており、土器の種類は流行によって左右されるため、土器づくりの様相の変化が激しい。村落調査といえども、外部からの人の流入や流出もしばしばある場所であった。また、近年ではタイ政府が資金援助をし、村落内の道路や景観の整備も進んでいる。このように変化にとんだ調査地を再訪し、その過程の一端を把握できたことは、最も大きな収穫だったといえる。それは、論文執筆の際、調査地の概況を描出する際に、欠かすことができない資料となると考えている。
 2週間という短期の派遣期間で、今回は、文献資料の収集を中心とした調査としていたので、調査地における補足調査は、特定のインフォーマント数人に対するライフ・ストーリーのインタビューをおこなうにとどまった。幅広く調査をしたいという気持ちもあったが、今回は期間の都合から、調査をしたために、結果的にはそれが、充実した話を聞くことができたと考えている。特に、機械の修理工のインタビューからは、彼がどのように土器生産地で使用する機械を製作するのにいたったのか、また、どのように試行錯誤して機械を作り上げたのかという点が明らかになった。そして彼の存在が土器生産地の発展を支えているひとつの要素であるといえる。こうしたことからも、土器生産地の発展が、地域を越えた人的交流や知識の交流の上になりたっているということを再認識した。
  今回の事業を通して新たに得られた成果は、博士論文および国内外の学会や学術誌において、公表していく予定である。

6.本事業について
 

 文化人類学を学ぶ者にとって、継続して調査地を訪問することは非常に重要です。ラポールを築いた現地の人々との交流を含め、調査地とのつきあいは一生続くものだといえます。
しかしながら、学生が補足調査を目的に、個人で資金を獲得する機会は非常に少ないため、本事業のようなものは学生にとって非常にありがたと思います。私自身、2004年から2006年まで、2年間にわたる長期の現地調査をおこなっていましたが、それ以降はタイを訪れる機会を持つことはなかなかありませんでした。
  今回、本事業に採択され、タイを訪れることで、一定の時間を経た今だからこそ、改めて調査地に赴く意義を考えさせられました。関係者の方にはこの場を借りてお礼を言いたいです。ありがとうございました。今後、このような事業が継続されること、そしてより多くの学生がこのような機会に恵まれることを願ってやみません。