大場千景(地域文化学専攻)
ヤギと女の子
市場
村の人々
木の下で
1.事業実施の目的 【e.国際会議等研究成果発表派遣事業 h.海外フィールドワーク派遣事業】
   国際学会での発表および現地調査
2.実施場所
  ノルウェイ及びエチオピア
3.実施期日
  平成19年6月26日(火)~平成20年1月15日(火)
4.事業の概要
 

●国際会議等研究成果発表派遣事業の一環として、エチオピア研究の国際学会(International conference of Ethiopian studies )に参加した。この学会は、文化人類学、歴史、政治経済、言語など、エチオピアにかかわるあらゆる研究分野について全世界から研究者が研究発表を行う場である。私は、人類学部門で発表を行った。エチオピア研究は日本において盛んであり、人類学部門では多くの日本人が発表していた。日本の人類学は、生態人類学をお家芸として、世界の人類学の中で異彩を放っている。日本の人類学は、非常に詳細なデーター、とくに数値的データーを収集し、論考を展開するその方法論の緻密さには定評があるが、一体何をそうしたデーターをもとに日本の人類学者たちが主張したのか、いまいち理解されていなかった。日本人は英語も下手であるということも無理解の拍車をかけている。しかし、理解可能な英語を話し、テーマーの意義をきちんと主張し、緻密なデーターを駆使しつつも、しっかりと方向性を明らかにしながら展開された地道かつ想像力に富む発表は非常に評価されていた。
●海外フィールドワーク派遣事業の一環として、南エチオピアのサバンナ地帯において、口頭伝承の収集を行った。調査対象となるBoranaというエスニック・グループは、エチオピア南部(人口およそ20万人)およびケニア北部に居住している。エチオピア全土からケニアにかけて広く分布するオロモ語を話す集団の一分派であり、牛、ヤギ、羊、ラクダから得られる畜産物を生存の基盤とする牧畜を生業としている人々である。エチオピア南部のBoranaの居住区は、現在Yabelo、Areero、Dirro県に分布し、この分布範囲は、政治上の自治区でもある。今回の調査地は、Dirro県全域にまたがって、口頭伝承の中で予言者に関する伝承を中心に収集した。予言者は、人々のまわりで起こる問題や事件、天災や出来事に対して、超常者として解釈を与え、あるいは、人々に物事を解釈する強いインスピレーションを与えてきた人々である。現地調査を続けていくうちに、20世紀に入り、予言者たちは消え、1950年代から新たな世界の解釈者として精霊憑依者たちが出現したことが明らかになってきた。この転換はなぜ起こったのか?このボラナの精神世界上の大転換の謎を解明する必要性を感じたので、2007年8月から12月までの約4ヶ月の間、3ヶ月は、予言者に関する人々の語りを中心に聞き取り調査を行い、1ヶ月は、精霊憑依者の村に住みこみ、参与観察ならびに聞き取り調査をおこなった。

5.学会発表について
 

 ボラナは、南エチオピアのサバンナ地帯で、雨季・乾期の気候の変動に応じて、キャンプとホームステッドの移動を繰り返しながら、牛、ヤギ、羊を管理する牧畜生活を営んできた。牧畜民にとって、移動することは、水の乏しいサバンナで人や家畜の生存を維持するための必要不可欠の行為である。しかしながら、今日、移動をやめて定住化するボラナが全体の2割を占め、牧畜社会とは異質な社会を形成している。集落の形成は、1940年代からはじまり、1991年以降資本主義政権の誕生とともにその数を増し、ボラナランドに張り巡らされた舗装、非舗装道路上に形成され続けている。定住型社会と牧畜社会の二極化の時代が到来しつつあり、定住型集落は、ボラナの社会や文化の変化を考える上で無視できない存在となってきている。発表では、定住型集落の形成とそこで生きるボラナに焦点をあてた。定住型集落がいかにして形成され、また、牧畜社会から分岐し、彼らがどのように定住者としての存在を確立していったのか、について報告をおこない、村落社会と町場社会へと二極化する社会が文化の形成にどのような影響をもたらすかについて考察した。
  会場の反応は、正直いってよく分からなかった。というのも、一つのセッションで4人の発表者が発表後に同時にコメントや質疑応答を行うという形式であったのであるが、私以外の3人の発表者が発表時間を破り、質疑応答の時間が大幅に少なくなっていた上、アメリカ人の老研究者が突然ディスカッションに闖入し、演説をはじめたため、私の発表に対するコメントおよび質問は一切受けることができなかった。しかしセッションが終わった後、私の発表はクリアで、良かったという意見を何人かから受け取った。

6.本事業によって得られた成果
 

●国際学会に参加したことで、学会に提出した論文がウェブ上に掲載され、その論文が町場の形成に関する論文であったため、ドイツで行われているエンサイクロペディア・エチオピアプロジェクトからエチオピアに関する百科事典の中でのボラナ地区の首都に関する記載の依頼を受けた。
●現地調査における成果として6名の卓越した語り手を中心にして以下の7つの次元で多くの語りを収集することができた。
1)17世紀から19世紀までの間においてBoranaにおきた歴史的出来事。口頭伝承史。
2)歴史的出来事を解釈し、人々に問題を助言する予言者たちの物語や予言者たちの伝記。
3)予言者たちの予言と語り手たちのそれぞれの解釈
4)予言者の社会的役割や土着の宗教との関係を示唆する語り。
5)精霊憑依者の登場に関するオーラルヒストリー
7)実際の精霊憑依者と人々との対話。
6)文化変容に関するボラナ自身の語り。
●博士論文を進めていく上で非常に有益な調査であった。今後の方向性として以下のような構想がうかんだ。現在、人々の間で言説化している予言者の言葉は、もともと歴史的な出来事といったコンテキストの中に埋め込まれていたと考えられる。まずは、過去の存在してきた予言者とその存在年代をできるだけ明確にする必要がある。そして、コンテキストを伴って、発話されてきた言葉が、どのように人々の間で再構築されているかに関して、様々な世代の人々との対話をとおして明らかにしていきたい。予言者の語りは、現在においても世代を問わず、多くのボラナが関心をもって語り合うテクストであり、それは、現代というコンテキストの中で揺れ動きながら、再意味化され、語りの慣習の中にとどまり続けている。一方で、1950年代から広がった精霊憑依という現象は、予言者の予言に代わる世界解釈として、現在のボラナ社会の中で定着している。今後、人々の間で語られる予言者たちの言説を追及するとともに、精霊憑依者と人々の対話の観察も続けていく。19世紀までの予言者たちの世界と20世紀の精霊憑依者たちの世界を比較しながら、その転換の謎と、この2つの世界の文化的連続性と断絶性について博士論文において考察していきたいと考えている。なお、この調査で得られた成果は、日本ナイル・エチオピア学会、日本アフリカ学会、日本人類が学会において発表した。また、論考を学術雑誌に投稿する予定である。本年度の12月においても国際学会での発表を予定している。

7.本事業について
 

 文化科学研究科海外学生派遣関連事業が行われることによって、国際学会参加やフィールドワークに関して多大な経済的支援をえることができ、非常に感謝している。きちんと業績を残していくので、今後も続けていただきたい。