澤井真代(日本歴史研究専攻)
川平湾
1.事業実施の目的 【d.国内学会等研究成果発表事業】
  奄美沖縄民間文芸学会 平成19年度八重山大会における研究発表
2.実施場所
  石垣市文化会館、石垣市立図書館
3.実施期日
 

平成19年8月10日(金)~8月14日(火)

4.事業の概要
 

 奄美沖縄民間文芸学会大会は、昨年の奄美大島宇検村大会に続き、本年は八重山諸島石垣島で開催された。1日目(11日)に講演会、2日目(12日)に研究発表とシンポジウムが行なわれた。
講演は、八重山文化研究会会長の石垣繁氏による「八重山地方の稲作儀礼」、立正大学教授の藤井貞和氏による「神話とうたと歴史」の2本であった。
 石垣氏は長年、教員として勤めながら八重山の稲作儀礼研究を重ねてきたが、教員を退職した現在は、稲作に従事しながら研究を続けているとのことである。今回の講演では、特に播種儀礼「種取り」について、白保村において「種取り」儀礼に際し歌われる歌謡「稲が種子アヨー」を読み解くことにより、当儀礼の目的や性格が考察された。従来「種取り」は播種儀礼としてのみ捉えられてきたが、「稲が種子アヨー」からは、種を播くことだけではなく、播く種を選ぶことへの重視もうかがわれ、このことから、もともとは播種儀礼とは別に種子取り儀礼があったのではないか、ということが主張された。また、氏が八重山各地で重ねてきた調査、及び現在従事している稲作での体験に基づいて、稲作儀礼に関する多くの興味深い事柄が話された。特に、八重山一円で行なわれている十干十二支による儀礼の日取りについて、どの干支がどの儀礼にふさわしいかということへの解釈が各地で独特であるという報告の具体的内容が興味深く、私の調査地である川平集落においても、干支の解釈について今後再確認する必要を感じた。
 次に藤井氏の講演では、歴史と、神話・歌謡との関係が考察された。まずアイヌの神謡が紹介され、これは神話なのか歴史なのかと問題提起された。これは八重山の歌謡を含め様々な口承にあてはまる問題であることが確認されたうえで、神話と歴史の関係について主に3つの類型が挙げられた。「a.ある神話の説話内容がなんらかの史実の反映であるかどうか b.ある神話の成立や在り方じたいが歴史的な所産であるかどうか c.ある神話が歴史を生み出したり現実を動かしたりしないかどうか」。続いて『古事記』の歌謡や、八重山及び宮古の歌謡が検討される中で、先のc.の見解について特に説明が加えられた。一般に、人間の歴史上で最初に神話の叙述があり、やがて歴史の叙述が行なわれるようになるという見方がなされているが、こうした見方のみでは神話や歴史について考察しきれないのではないか、時には神話や歴史自体がたとえば戦争という現実をもたらすことがあるのではないか、という主張がされた。以上をふまえて宮古や八重山の歌謡を見ると、それらの「起源をかたる」という性質があらためて特質として着目されると結ばれた。
 2日目午前中の研究発表は、飯田泰彦氏「竹富島の狂言について」、岡村隆博氏「奄美方言の仮名表記の手立てについて」に私の発表を加え3本であった。飯田氏はNPO法人「たきどぅん」の研究員として竹富島に住みながら、同島の芸能について研究を進めている。今回は「タナドゥイ(種子取り祭)」の儀礼過程と、タナドゥイを含め年間の儀礼で演じられる「キョンギン(狂言)」について報告された。竹富島の狂言は、様式はあるが融通性の中で個性が発揮されるものであること、台本があり、男性による「狂言部」により主に伝承されているが、女性を含め多くの人が身につけており、若手はこうした多くの伝承者の多様な解釈の中で自分なりの狂言を学んでいくことなど、伝承の実態が明らかにされた。質疑応答の中で酒井正子氏が、他地域では狂言ではないものが、竹富に入ると狂言になっているが、これをどう考えるか、また竹富の狂言は祭祀儀礼との関係を重視しての神聖な演劇である一方で、流行をすぐに取り入れる傾向があるが、これをどう考えるかと質問した。この問いにより、竹富の狂言の奥行きがさらに明らかになった。飯田氏による今後の調査研究が俟たれる。
 天城町文化協会長の岡村氏は、五十音では表記し得ない発音を多く有する奄美方言について、言語学の観点から新たな仮名表記法を考案する試みを発表された。中舌母音に「ヰ」、声門閉鎖音に「’」を用いる表記法による奄美方言の音節表を見ながら、岡村氏の指導のもと実際に聴講者が発音を行なった。最後に司会の西岡敏氏が、奄美方言ではエ段が中舌母音になり、八重山方言ではイ段が中舌母音になるという違いが、岡村氏の表記方法と、八重山出身の言語学者で『八重山語彙』の著者である宮良当壮による表記方法の違いに反映されていることを指摘した。
  午後はシンポジウム「南島の節・折目をめぐって」が行なわれた。まず石垣市史編集委員の石垣博孝氏が基調講演「八重山の節儀礼」を行ない、続いて琉球各地の年のかわりめとその儀礼について、平良勝保氏から宮古諸島の報告、畠山篤氏から沖縄諸島の報告、久万田普氏から奄美諸島の報告がなされた。以上の講演と報告からは、琉球諸島の節・折目のあり方が地域ごとにきわめて多様であることがあらためて明らかになった。そのうえで司会の波照間永吉氏は、南島の節・折目にあえて共通性を見出そうとすれば、①豊穣を招き寄せるものであること、②魂の更新が行なわれること、③村の清め祓えが行なわれること、④宗教的性格を残した「アソビ」を村人全員で行なうこと、以上の4つが挙げられるのではないかと結んだ。

大会案内(PDF)

 

5.学会発表について

 発表では、2000年より調査を続けている石垣島川平集落の年中儀礼における歌・唱え言・発話のうち、女性神役「ツカサ(司)」による唱え言「カンフツ(神口)」について検討した。まず川平の年中儀礼と神役組織について概観した。次にツカサのカンフツの性質として、儀礼の場でも伝承過程においてもツカサ以外の人には聞かれないように唱えられ、カンフツについてのあらゆる知識も他言されず、その知識と実践がツカサに集中していること、定まった内容と形式があり、これを4人のツカサが確認しながら共有していることを報告した。続いて、川平において同じく「カンフツ」と呼ばれ、来訪神儀礼で男性神役によって唱えられる唱え言が川平においてゆるやかに共有されているのに対し、ツカサのカンフツはツカサのみに保持されていることを指摘した。次に、琉球諸島の他地域における女性神役の儀礼における歌と、川平のツカサによるカンフツとを比較検討した。沖縄本島東村の女性神役による神歌が、神役以外の一般の人にも聞かせるものであるのに対し、石垣島川平のツカサによる唱え言カンフツは、他者には聞かせないものであること、宮古島狩俣の女性神役による神歌が、儀礼の場で周囲にいる人に聞かれる場合があるのに対し、石垣島川平のツカサによるカンフツは他の女性神役にも聞かれる場合が少ないこと、狩俣の神歌が伝承過程において意味を教えられないのに対し、川平のカンフツは文言と意味の両方を同時に教わることを、対比させながら各地域の特徴として挙げた。以上をふまえ最後に、川平のカンフツの特質として、ツカサのみにその知識と実践が限られること、形式よりも意味が重視されること、ツカサ1人ひとりと神との間でのみ交わされることばであることを挙げて結びとした。
  今回は比較検討のうえで川平以外の地域については、人がことばを担う実際が記述された限られた文献を資料としたため、結果的に歌と唱え言という異なるジャンル同士を比較することとなった。これについては会場において肯定的な意見と否定的な意見の両方があったが、本研究の目的やその結果明らかになると考えられる成果については基本的に意義を認められた。たとえば「聞こえる」と「聞かせる」といった差異への着目は有意義であり、こうした観点をさらに練ったうえで、今後多くの事例を対象に研究を進めるべきだとの意見をいただくことができた。また、琉球各地における、あることばがある場面では秘儀的扱いを受け、他の場面では公に発せられる、といったことばと人の関係性についての複数の事例を教えていただくことができた。さらに、歌や唱え言といった枠を越えて、秘儀性の諸相に着目して事例を比較することも可能ではないか、とのご指摘もいただいた。琉球諸島の各地に「秘儀的」であると言われる、あるいは秘されていることすら人に認識されずにひっそりと行なわれる儀礼や歌・唱え言があるが、それらにおいて何がどのように秘されているのか、何かを秘することにより社会的に何が起こっているのか、その諸相を調査・考察する意義は大きいと考えられ、今後の課題としたい。

6.本事業の実施によって得られた成果
 

 今回の研究発表では、川平の儀礼におけることばの中核に位置すると言いうる女性神役ツカサ(司)のカンフツ(神口)について考察を深めることができた。川平のツカサによるカンフツは、儀礼の場においても習得過程においても、ツカサ以外の人に見えにくく聞こえにくい、接近し難いことばであるため、先行研究もほとんど無く、私も考察方法を長らくつかめずにいたが、知識と実践がツカサにのみ保持されているというあり方自体を問題としたうえで、いくつかの手がかりからその実態を検討することにより、川平の儀礼におけることばをめぐる問題のなかでも重要な事柄を明確化することができた。さらに、ツカサのカンフツの特質が明らかになったことにより、他事例との比較が可能となった。
 今回はツカサのカンフツとマユンガナシのカンフツという川平における2つのことばの対照性にふれ、さらに女性神役のことばという観点から、ツカサのカンフツと他地域の事例との比較を試みたが、この作業を通して、同じ「カンフツ」であっても、また同じ「女性神役のことば」であっても、担い手の人々がどのように発し、どのように聞いているか、あるいは聞いていないか、聞こえないかという実際が事例ごとに多様であることが分かった。そうした多様性のなかであらためて、川平のツカサのカンフツについて、ツカサと神との間のみで形式よりもことばの意味を伝えることを重視して唱えるという性質の特異性が確認できた。今後は、川平における2つのカンフツの対照性に中心的に取り組む研究発表を行ない、川平の儀礼におけることばの全体像を記述することに向けた一歩としたい。また、地域を越えた比較に関しては発表会場でいただいた意見を参考に方法等を改善したうえで、ツカサのカンフツの特質についての報告とともに論文にまとめ、奄美沖縄民間文芸学会の学会誌に投稿しようと考えている。
 今回は調査地である八重山石垣島においての学会大会開催であったため、八重山に住んで調査を続けてきた先生方から直にお話を聞くことができ、貴重な資料を頂くこともできて、大変勉強になった。また例年と同じく、琉球諸島の各地で調査を続けて本学会に参集される先生方から、私の発表に関連する琉球各地の事例について教えていただくことができ、今後研究を進めるうえでとても参考になった。
  今回の発表を通し、川平以外の地域についても調査を進める必要をあらためて認識したが、他地域との本格的な比較研究を念頭に置きつつ、まずは川平の儀礼やことばにおける様々な多様性をおさえることを第一の目的として、今後の調査に臨みたい。

7.本事業について
   今回の研究発表は「ヤマト」のお盆の時期にあたり、移動手段の確保に困難があったことのほか、遂行過程でいくつかの問題に出合ったが、本事業に参加していることが一つの支えとなり、発表を無事行なうことができ、結果的に大変勉強になり、有り難く思っている。
 
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