澤井真代(日本歴史研究専攻)
川平猪垣
 
1.事業実施の目的 【c.国内フィールドワーク派遣事業】
   石垣島川平の年中儀礼・祭祀組織・儀礼空間の調査
2.実施場所
  沖縄県石垣市字川平
3.実施期日
  平成19年10月10日(水)~11月8日(木)
4.事業の概要
 

 今回の事業では、川平の年中儀礼の内容のうえで1年のしめくくりにあたる収穫感謝祭「結願祭」から、新しい儀礼(農事)暦に入るにあたっての「節祭」までの4週間、川平において儀礼の準備、執行の状況を調査しつつ、祭祀組織や神観念、儀礼に参加する人々に必要とされる様々な知識や技術の習得過程などについて聞き取り調査を行なった。2000年以来、川平の節祭は幾度も調査しているが、結願祭の調査は今回が初めてであった。結願祭は年間の儀礼の中で最も、集落の人々を動員して行なう儀礼で、各人がそれぞれの役割をもって様々な場所で準備や執行にあたっており、今回1回のみでは調査しきれない部分もあった。川平の一部の人ではなく、多くの人々の多様な儀礼観や信仰について探ろうとする私にとり、多くの人々が関わる結願祭は重要な儀礼であることがあらためて確認でき、来年以降も調査を行ないたいと考えるが、ここでは今年の調査から結願祭の概要を報告する。
 結願祭では、集落の拝所の中で最も位が高いとされる「群星御嶽」において、棒舞、太鼓、獅子舞、舞踊、狂言が奉納される。これらの芸能の練習は公民館で1週間前から始まり、結願祭の前々日には内輪の通し稽古「内スクン」、前日には公開通し稽古「スクン」が行なわれる。スクンの終了後は、年輩の経験者からの指摘や助言を交えた反省会が開かれ、当日に神前で失敗が無いように綿密に打ち合わせが行なわれる。
 芸能の練習が結願祭に向けて連日、公民館で夜遅くまで行なわれる一方で、集落の4つの拝所「御嶽」では、結願祭の前々日から当日の朝まで、女性神役のツカサ、ティナラビ、各御嶽に帰属する「イビニンジュ」のうち60歳以上の女性数名が夜ごもりを行なう。御嶽の神は、普段は御嶽の奥の「イビ」と呼ばれる場所にいると観念されるが、夜ごもりにあたっては、このときに女性達が過ごす「拝殿」という小屋の神棚に、ツカサの祈願によって招かれる。拝殿で、神と共に女性達が2泊3日間過ごすのであるが、ツカサはこの間ずっと、神棚の香の火が消えないように注意する。またツカサは、こもり始めから終わりまでに4回の祈願を行ない、その合間に集落の人々がお祝いのお金を持って「神見舞い」に来る度にも祈願を行なう。2日目の昼頃には各御嶽から2人の女性が公民館へ行き、餅を作り、御嶽に持ち帰る。3日目の早朝3時の祈願をもって夜ごもりは終了し、女性達は帰宅するが、ツカサは間もなく7時から、今度は60歳以上の男性達と共に4つの御嶽を巡って祈願を行なう「朝参り」に入る。
 今回の結願祭の朝参りでは、23人の男性とツカサ4人が集まった。一行は午前7時より群星御嶽から順に御嶽を4箇所歩いて巡り、それぞれで祈願を行なった。男性の中で1人、少し遅れて来た人がいたが、前夜から群星御嶽で牛をさばいていたためという。毎年、結願祭に牛の汁を作ることとなっており、その人員として8人の男性が公民館から選ばれるが、この男性はその1人として深夜、女性達の夜ごもりの横で牛をさばいた後、公民館で牛汁を作っていたという。この牛汁は、午前11時頃に朝参りを終えた男性達とツカサ達に、まずふるまわれる。
 午後から、結願祭が始まる。12時過ぎに公民館の横から、ツカサ2人、男性神役の総代2人、公民館副館長、笛・太鼓・銅鑼を歩きながら演奏する男性4人による行列が出発して群星御嶽まで歩いて向かう。ツカサ達はあらかじめ、群星御嶽以外の3つの御嶽の神に対し、この行列の音楽を合図に群星御嶽にお集まり下さいと祈願しており、行列が途中で御嶽の前を通る時には一同深く礼をする。群星御嶽では、ツカサ2人、総代2人、公民館長が待っており、神を伴ってきた行列を丁寧に迎える。
 結願祭には石垣市長をはじめ川平以外からも人が招かれており、受付が設置されている。前半の部では、人々が御嶽の庭の周りを取り囲むように座った中の空間で、棒、太鼓、獅子舞が行なわれる。後半の部では、庭の一角に設置された舞台上で、舞踊や狂言が行なわれる。群星御嶽のツカサはたびたびイビの中に入り、神に芸能の経過を報告する。御嶽での催しは午後5時頃に終了し、その後公民館で演技者の反省と慰労の会がもたれる。
 結願祭にあたっては、御嶽に帰属していない近年の移住者も公民館から依頼を受けて車で人々の送迎を手伝うなど、多くの人が様々な形で儀礼執行にたずさわる。このように大勢の人が集まる賑やかな儀礼ではあるが、あくまで神行事として行なわれており、特に芸能の演じ手を中心に、神への感謝や祈願が意識されている。また、年中儀礼の多くは一部の神役のみで執行されるのに対し、結願祭は神衣装を着けて祈願を行なうツカサの姿を多くの人が目にする機会にもなっている。
 結願祭が終わると、連日夜遅くまで音楽が鳴り明かりがともっていた公民館もまた静かになるが、日常が戻って束の間の結願祭4日後に、各御嶽にティナラビやイビニンジュの女性達とツカサ、男性神役のスーダイ、カンマンガーが集まる健康祈願儀礼「九月九日」が行なわれる。参加者は大きな重箱に魚介や野菜の揚げ物や、紅白のかまぼこなどを詰めて持参し、その一部をツカサの祈願によって神に捧げた後、皆で食べる。他の儀礼で行なうのと同じように、この儀礼でも参加者同士が敬語を多用する川平方言で丁寧に挨拶を交わすが、結願祭の前に共に夜ごもりをした人同士や、盛大な結願祭を共に挙行した人同士がお辞儀しながら挨拶を述べ合う光景を見て、どんなに親しい人同士であっても馴れ合いにならずに神前では敬語で挨拶を交わす事実にあらためて驚きをおぼえた。
  この2日後には来期の豊作を願う儀礼「世願い」が行なわれた。世願いは結願祭の午前中と同じく、男性達とツカサ4人で御嶽をめぐる朝参りの形式で行なわれる。世願いの朝参りは年間の儀礼で4回ある朝参りの最後にあたり、1人の男性神役は、これが終わるとほっとすると言っていた。しかし、さらにこの10日後には5日間にわたる「節祭」があり、世願い後は節祭の準備も始まる。5日間の節祭が無事終わると、神役達はさらに安堵した様子だった。儀礼の意味上では1年のかわりめは節祭の2日目と3日目の間にあると考えられるが、儀礼を執行する人々には、結願祭の終了、節祭の終了、また新暦の12月や3月の儀礼の終了などに、神役としての仕事の節目が実感されているようである。

5.本事業の実施によって得られた成果
 

 儀礼の前後数日間の滞在により行なっていたこれまでの調査に対し、今回は4つの儀礼が続く4週間の間川平に滞在することができたため、人々や集落の日常を含め、儀礼に関して人々がもつ多層性や多面性を知ることとなった。
 川平の儀礼では、川平の御嶽に常駐する神や、定まった時期に川平にとどまるとされる神々、すなわち川平の神々に対し祈願が行なわれる。儀礼当日前後の短期間にあわせて行なってきたこれまでの調査では、川平の神をまつる人々の姿を見るのみであった。しかし今回の調査で、川平の神のほかに、個人的に自分や先祖の移住元の神をまつっている人が少なからずいることが分かった。そうした人の多くは、体調の異変など、何らかの「神からの知らせ」を受けて、香炉をつくる。自分や先祖の故郷の神に対しては、「川平の神さまと一緒になって守って下さい」と祈願するという。近年、本土からの移住者が増加しているが、これ以前にも、川平を含む八重山地域への、宮古や沖縄本島からの何段階もの移民の歴史がある。今回の調査では、川平に住み、川平の儀礼に参加している人々が内包する出身地域の多様性とそれゆえの信仰の多層性を知ることとなった。
 日常の姿を含めて見たときの1人の人の多面性とは、たとえば1人の女性神役は日常の場では妻、母、娘であるということについては言うまでもないが、夫婦同士や親子同士であっても、互いの神役としての側面の詳細をあまりよく知らないことが多く、家族であっても互いに未知の側面をもつ存在となっている点が興味深かった。しかし一方で、神役としての母、妻、夫を支える家族の姿や、妻や娘の神役就任を家族が受け入れる過程についても知り、川平で神役をつとめることの重みについて、その家族の視点からも多面的に捉えることができた。
 生活の近代化や農業従事者の減少、集落の内外への移住者の増加などにより、「昔の通りに」行なうことが努められる川平の儀礼にも、そうはできない部分が増えている。結願祭のような大規模な儀礼を見ると、川平全体で神行事が問題なく継承されているかのように思われるが、他のより小規模な儀礼に携わる人の数は、私が知る範囲でも年々減少している。儀礼に携わる人々の高齢化や後継者不足の問題は、人が集まる場での話題としてしばしば聞かれる。しかしそうした中で、今回は若い神役後継者達の活動や儀礼存続への意識などにふれることができた。周囲の人々からのその若者達への期待は大きかったが、私も私の立場から見守っていきたい。
 調査期間中何度も、ツカサによる儀礼における祈願の様子を見、その前後にツカサの方たちとお話しする過程で、ツカサが抱く神観念について新しく分かったことがあった。これまでは、神が川平を守って下さるようにと祈願する、神が守って下さったことに対し感謝する、といった言い方から、神から人への加護が観念されており、この加護を導くため、また加護に感謝するためにツカサは祈るということ、すなわち「人々を守る神」という観念を伺い知っていた。しかし今回、ツカサ一人一人が神を守り、神の世話をし、面倒を見るかのように考えていることが分かった。人間とは異なる存在としての、ものを言わない、また丁寧に「神さまのことばで」伝えないと何も分からない神に対し、ツカサが細々と世話をし、気を配る。この点については今後さらに調査を進め、川平の神観念の問題としてまとめたい。
  今回の調査を通じ、川平の方たちからも、がんばって論文を書くようにと励ましていただいた。今回の調査で分かった上記の事柄をふまえて、今後も研究発表を重ね、川平についての博士論文をまとめることをあらためて強く決意した次第である。

6.本事業について
   本年は、本事業からの支援を頂いたおかげで、青森や石垣島での研究発表、及び川平での4週間の調査を実行することができ、大変有意義な1年となった。ありがとうございました。