玉山ともよ(比較文化学専攻)
New Mexico
Washington DC
1.事業実施の目的 【h.海外フィールドワーク派遣事業】
   環境NGOを通じて行うラグナ・プエブロ、アコマ・プエブロそしてナヴァホ保留地におけるウラン鉱山の被曝に関するオーラルヒストリー調査
2.実施場所
  アメリカ合衆国
3.実施期日
  平成19年9月27日(木) ~ 平成19年11月3日(土)
平成19年11月12日(月)~平成19年12月6日(木)
4.事業の概要
 

 (はじめに、当初の予定では9月27日~12月5日までの一連の調査日程であったが、渡米後11月5日に東京にてフルブライト奨学金の面接試験に出席するために自費にて一時帰国し、よって実施期日が2回に分割されている。)
 行程として、9月27日~11月3日および、11月12日~11月21日はニューメキシコ州アルバカーキ市に滞在した。現地の原子力問題を主に扱っている環境NGOであるSouthwest Research and Information Center (SRIC)を通じて、主にラグナ・プエブロおよびアコマ・プエブロ先住民でウラン鉱山問題に詳しい人物を紹介していただきインタビュー調査を行った。またナヴァホ先住民保留地にて、特にチャーチロックおよびクラウンポイント地区の先住民の、過去のウラン鉱山の被曝に関する健康調査を行っているSRICの研究員であるChris Shuey氏に様々な資料やデータを提供していただき、常時SRICオフィスにて研究を行った。
 10月29日にはCibola行政区のGrants市にて行われた新たなウラン鉱山開発の公聴会に参加し、開発推進ならびに反対それぞれの立場からの発言を聴いた。加えてウラン鉱山問題とは直接関係がないが、ナヴァホネーションのフォーコーナーズ地域で開発が予定されている「Desert Rock」石炭発電開発問題についての、コミュニティーテレビ番組へ取材に行き、南西部先住民居住地域で起こっているもう一つの開発問題に対して見聞を深めた。
 滞在中はSRIC以外に、Citizen Actionという、アルバカーキ市内にある国立の核開発研究機関であるSandia National Laboratoriesが敷地内に放射能廃棄物を不法投棄している問題を訴追しているNGOと、Albuquerque Center for Peace and Justiceという平和問題に深く関わっているNGO、そして同じくそこに間借りしているCitizens for Alternatives to Radioactive Dumping (CARD)というNGOと交流を深め、とりわけCARDよりは、ウラン鉱山開発問題に関する先住民をインタビューした映像記録を資料提供していただいた。ウラン鉱山問題に関する実際のオーラルヒストリー調査はニューメキシコ州のみにて行い、それ以外の州・地域では関連の付随調査として別の目的により行った。以下報告する。
 二つ目の訪問都市としてワシントンDCには11月21日から25日まで滞在し、その間主にスミソニアン博物館グループの中のNational Museum of American Indianを訪れ、最新のアメリカ先住民研究について動向調査を行った。滞在中は世界銀行勤務の友人宅に滞在し、世界銀行が行っている先住民開発プログラムについての話も聞く事ができた。
 三つ目の訪問都市としてコロラド州デンバーを11月25日から26日という短い期間で訪れ、 元「Native American Rights Fund」職員の方に、先住民自治と先住民法に関して話を聴いた。
 四つ目の訪問都市としてユタ州ローガンへは11月26日から12月1日まで滞在し、Utah State University のナヴァホフォークロア研究を行っているBarre Toelken教授に、ナヴァホ保留地で行われている開発問題についてインタビュー調査を行った。当初、同大学社会学部のSuzan Dawson教授に会い、彼女の行っているナヴァホ保留地における地下ウラン鉱山労働者とウラン精製所労働者の補償問題について話を伺う予定であったが、教授の都合によりキャンセルとなった。
 五つ目の訪問都市として12月1日から12月5日までオレゴン州アシュランド市に滞在しながら、カリフォルニア州北部のArcataにある「Seventh Generation Fund for Indian Development, Inc」という先住民NGOを訪れ、代表のChris Peters氏にインタビュー調査を行う予定であったが、連日の悪天候(激しい風雨)のため訪問を中止した。帰国時も、サンフランシスコ行きの便が天候不良のためキャンセルになり、当初12月4日まで米国に滞在して5日に日本へ帰国する予定だったが、1日延期を余儀なくされた。
  以上、私の2007年度海外派遣事業の前半部はニューメキシコ州にて滞在し、ウラン鉱山開発問題に対してのオーラルヒストリー調査を行い、後半部は各都市を周り短期間にアメリカ先住民研究について資料収集およびインタビューを行った 。

5.本事業の実施によって得られた成果
 

 今回アルバカーキに本拠を置く環境NGO「SRIC」を通じて調査できたことは、私の博士論文研究において今後も非常に強力なサポートとなると考えている。SRICの理事でありナヴァホ語法廷通訳者のEster Yazzy氏が共著の、ナヴァホネーション内のウラン鉱山産業の被曝に関するオーラルヒストリーをまとめた本を直接いただき、その本作成の背景となる話をうかがうことができた。これはラグナおよびアコマ・プエブロ保留地でのウラン鉱山インパクト研究にも応用することができ有用である。同じくSRICの他の研究員の方々の調査へのサポートがあり、これまでに行われた過去約30年にわたる主にニューメキシコ州内の被曝に関する研究の成果について資料等を参照させていただいたことは大変有益であった。
 アメリカ南西部地域の1940年代以降、これまでに開発されたウラン鉱山および精製所のうち未だ1000近くが、放射能を閉じ込める後処理(土地の回復・再生処置)がなされておらず、にもかかわらず新たな鉱山開発が進められており、被曝した鉱山労働者への補償問題も未だ十分でないまま開発が続行されている。合衆国におけるウラン鉱山開発は、現在放射能の飛散を最小限に抑えるとして、In-Situ Reachingという方法がこれまでの採掘方法に代わって主流となりつつあるとされている。この方法は近隣の地下水を大量に使用・汚染し、羊の放牧など家畜へ用いられる水を汚染するばかりでなく人が飲用として利用する井戸へも影響がある。しかしウランの価格は80年代に暴落したときと比べると3倍以上の値上がりを見せており、経済的商業的に価値があるとして、混迷が続く地元経済を立て直す切り札として大いに期待され、グランツ市をはじめとして再びウラン鉱山開山ラッシュに沸く地域が南西部に複数ある。その一つであるグランツ市を含むCibola行政区内での公聴会に参加できたことによって、開発会社・州政府・行政区政府・グランツ市政府・ウラン鉱山近くの土地所有者を含む鉱山開発推進側の主張と、真っ向から反対する市民やラグナおよびアコマ先住民政府の両主張の激しい議論の展開を傍聴することができた。
 特にこの地域の日本の伊藤忠商事も資本参加するテーラー山での開発は、近隣先住民(ナヴァホ・ラグナおよびアコマ・プエブロ、ズニ・プエブロ等)が同山を聖山として文化的伝統を保持、重視している。これに対して、地元への経済波及効果を、地球温暖化の危機を煽る言説の中の原子力発電が二酸化炭素を排出しない「クリーン」なエネルギーであるとして、その原料となるウランの需要の高まりを強調するあまり、採掘に莫大な被曝労働が伴い環境汚染が存在することを過小評価しようとして、開発推進勢力がメディアを操作し、この問題についてはあまり報道が行われないという状況をあらためて確認することができた。
 今後フィールド調査を行うにあたって、先住民の祭礼や伝承の中での文化的資源としてのテーラー山の価値が、実際の開発に際してどれほど重視され或いは軽視され、州政府が開発許可を下ろす際にどのような影響が有りうるのかを戦略的に研究する必要があると思っている。
 またナヴァホネーションが進めている石炭による発電所建設プロジェクトであるDesert Rockについて、ウランと同じ地下資源開発でありながら、一方で保留地内での開発ストップ(ウランの場合)、一方で開発推進(石炭)と分かれていることに対して、ウラン鉱山開発のインパクトを研究する一つの対比として事例研究を進めていく予定である。
 フィールドワーク後半部のニューメキシコ州を離れて回ったワシントンDCでは、アメリカ先住民文化研究の最先端の部分をスミソニアン博物館にて見学し、デンバー、ユタ、オレゴンではほとんど成果と呼べるものは得ることはできなかったが、今後の課題として、これからも南西部以外でも必要があれば様々なアプローチを通してフィールドワークを行い研究を進めてゆきたいと考えている。  

6.本事業について
   航空運賃と滞在費等を含め20万円の予算でこのようなフィールドワークを行うことは、結局多くの個人負担が伴うことになるのであるが、しかしこのような経済的サポートが全くない場合ではフィールドワークの実現自体が大変困難になる。地域文化学専攻ならびに比較文化学専攻の学生が調査を行うにあたってフィールドワークは必須と言えるものであり、しかし学生が助成金を得られる機会は減ってきているのが現状である。よって今後とも継続的に事業が行われることを強く希望し、とりわけ資金的要求度が高い海外学生派遣事業の中でも、海外フィールドワーク派遣事業へ申し込む者が既に圧倒的に多いことから、そのカテゴリーへ重点的に予算がより配分されることを要望する。