山本睦(比較文化学専攻)
1.事業実施の目的 【h.海外フィールドワーク派遣事業】
   インガタンボ遺跡発掘資料の分析
2.実施場所
  ペルー共和国カハマルカ県ハエン郡ポマワカ地区
3.実施期日
  平成20年1月23日(水)~3月13日(木)
4.事業の概要
 

 事業実施者は、博士論文執筆に際して、初期国家の成立以前にあたるアンデス文明の形成期(B.C.2500-50)における権力の生成過程を動態的に捉え、これを理論化したモデルの構築を目指している。地域間交流と権力の生成メカニズムの関連、つまりは社会変化の過程や要因をめぐる諸問題は先史学や人類学の主要トピックである。しかしながら、文字無き先史アンデス社会の場合、社会変化は物質文化の形で累積しており、これを調査・研究するためにはデータの性質上、考古学的手法が最も有効であると考えられる。
 本研究において対象となるのは、社会的統合の中心であり、イデオロギーの普及装置として考えられている祭祀建造物である。社会関係の集積した場であると考えられる祭祀建造物は、文字なき社会における情報の管理と維持、蓄積の媒体として重要な意味を持つ分析対象である。なぜならば、祭祀建造物の建設活動からは労働投下、及び管理の問題が考察可能であり、同時に、イデオロギーが物質化された建築配置や考古遺物(特に遠距離から獲得されたもの)からは、当該社会、特に権力者の戦略が考察可能となるからである。これらの目的に基づいて、2006年と2007年にわたってペルー北部地域の祭祀遺跡、インガタンボ遺跡の発掘調査を実施した。
  過去2シーズン、約6ケ月に及ぶ発掘調査では、計5時期に及ぶ建設活動を確認し、また、土器、石器、人骨、生物依存体(獣骨・貝など)、金属製品など多岐に及ぶ考古資料を獲得した。これらのデータを博士論文に有効に活用するには、まず、それぞれの考古資料に関して、分析、整理作業を行うことが必須である。よって、今回の調査では、実施者に加え、ペルー人考古学者1名とペルー人考古学専攻学生3名の計5名で、発掘した考古資料の分析・整理作業、および図面作成と写真撮影を実施した。中でも、土器と石器に関しては、近隣地域、およびペルー各地の形成期に関する先行研究を踏まえたうえで、タイポロジーを行った。このタイポロジーは、今後、検証の必要があるが、本研究を進めていく上で、基礎となる重要なものである。また、生物依存体に関しては、一通りの分類を終えたのち、ペルー国立トルヒーヨ大学の生物考古学研究室へサンプルを送り、専門家に資料の同定を依頼した。さらに、人骨に関しては、予備的な分析を済ませ、性別、年代などを可能な限り同定し、金属製品に関しては、図面作成と写真撮影を行った。

 
5.本事業の実施によって得られた成果
 

 本事業の実施より得られた成果としてあげられるのは、第一に、発掘によって獲得した考古資料の分析作業の大きな進展である。上述したように、今回の調査では、各考古資料について一通りの分析・整理作業を行い、および図面作成と写真撮影を実施した。これらの分析・整理作業は、本研究の基礎をなすものであり、この作業なしに本研究の遂行は不可能である。
 それぞれの分析については、専門家の知識を借りながら、今後さらに詳細な検討が必要であるが、従来、重要地域とされながらも学術的な考古学調査が存在しなかった本研究対象地域における詳細なデータは、先史アンデス研究において非常に大きな意義を持つものである。
 具体的には、土器に関しては、まず、当該地域の考古学編年をうちたてることを目的として、土器のタイポロジーを行い、同時に報告書の作成に向けて図面作成と写真撮影を行った。今後は、この分析の精緻化に加え、土器の胎土分析から製作地を明らかにし、遺跡の年代や物資の流通ルートなど、先史アンデス形成期に関する具体的なデータの獲得を目指す。
 石器に関しても、同様にタイポロジー、図面作成及び写真撮影を行った。今後は、分析結果を発掘調査によって確認した建設活動との対応の中で検討し、時期ごとの変化を考察する予定である。また、石器表面に付着する残存物の分析も進めたいと考えている。さらに、ペルー人地質学者とともに、石材の鑑定を行う予定である。
 生物依存体に関しては、現地にて予備的な分析、および整理作業を行った後、考古資料のサンプルを専門家の研究室へ送り、詳細な分析を依頼した。この分析は、高度な専門技術を必要とするため、専門家の助力が不可欠である。興味深いことに、現在までの分析で、海岸から離れた熱帯地域近くに位置する研究対象地域において貝を使った製品が多く出土していることがわかっており、専門的な分析を加えることによって、形成期における当該地域と海岸地域との結びつきの強さが指摘できよう。また、エクアドルなどで見られる暖流産の貝製品も出土していることから、他地域との地域間関係を考察する資料の充実が期待できる。
 今後は、この分析結果を先行調査のデータと総合し、地域の全体像、及び諸遺跡間の関係性を明らかにするつもりである。また、この結果を他地域の先行研究と比較検討し、地域間の関係性とその動態を究明する。そして、上記の分析を進め、祭祀建築と地域間交流を示す考古遺物との関係を明らかにすることを通じ、権力の生成メカニズムを解明する。
 本事業によって実施する分析は、インガタンボ遺跡の年代決定、及び当該社会における物資の流通に関する具体的なデータの獲得に関わるものであり、本研究の基礎となる重要なものである。また、分析を進めることで、祭祀建造物と地域間交流を示す考古資料との関係を明らかにすることを通じ、権力の生成メカニズムの解明に大きく前進することが期待される。
 本研究を通じた詳細で厚みのある資料の収集と分析は、先史アンデス研究のみでなく、人類文化史研究全体に新たな洞察を加え、人類学、物質文化研究に学問的貢献が期待できる。なお、将来的には本研究によって喚起される課題や問題点をふまえ、権力の生成、及び社会変化に関する研究をさらに深めていくつもりである。
 なお、今回の研究成果については、これまで蓄積した研究成果、および今後の分析を加味しながら学会や学術雑誌等に随時発表していくつもりである。なお、当面の発表予定としては、2008年9月に開催されるペルーでのシンポジウムが挙げられる。

6.本事業について
 

 海外においてフィールド調査を行うものにとって、航空費、および滞在費を負担する本事業は、非常に有益である。今後も、本事業が継続されることを切望している。