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海外学生派遣関連事業 研究成果レポート

SAUCEDO SEGAMI Daniel Dante(比較文化学)

1.事業実施の目的

リサーチ・プロポサルのためフィールド情報を収集する。

2.実施場所

ペルー共和国ランバイェケ県フェレニラフェ市
ペルーカトリック大学考古学専攻の25週記念学会

3.実施期日

平成20年06月29日(日)から平成20年08月26日(火)

4、成果報告

●事業の概要

ペルーの北海岸では、長年にわたって遺跡の盗掘が行われてきた。個人的なコレクションが主な目的であり、金製品、銀製品、装飾土器などがこの地域から大量に盗掘された。また、耕作地を拡大するために多くの遺跡が破壊されてきた。これらの要因として、地域住民が政府から十分な援助を受けられないこと、そして彼らの遺跡への関心の低さが考えられる。ところが、1989年、ペルー北海岸ランバイェケ県シパン市に位置するシパン王墓(紀元後100-300年)の発見によって、それまでの考古学に対する姿勢が一変した。シパン王墓は盗掘によって発見されたが、盗掘者が持ち出した遺物の重要性から緊急に考古学調査が行われ、著しい成果を挙げたのである。この発見が契機となり、メディアや一般の人々の考古学や文化財保存への関心が高まった。その後、2001年にはシパン王墓からの出土品を保管し、その一部を展示するために立派な博物館が建設された。

同じ頃、ランバイェケ県フェレニャフェ市にはシカン国立博物館が建設され、同地域で実施されているシカン考古学プロジェクトの成果が展示されている。ここでは、シカン文化(紀元後1000-1200年)に属するエリートの墓からの出土品が主要な展示であり、これを利用してムチック・アイデンティティ(同地域に元来の言語と民族集団)の復興が目指されている。この国立博物館は、現地コミュニティーが自身の伝統を提示できる教育機関としての役割も含めた考古学研究所として建設された。そのため、地域振興に関する会議が行われたり、地域の伝統音楽や踊り、祭などが開催されたりしている。さらに小・中学校の教員と連携して、歴史的な教育プログラムの開発と実践が行われている。

シパン王墓という歴史的な大発見と、遺跡に密着した博物館の建設により、北海岸では文化遺産保存への意識と、過去の社会に関する教育が進展している。その現状を把握するために、今回のフィールドワークでは考古学者側の認識を明らかにすることを目的として、シカン国立博物館に所属する研究者にインタビューを行った。上記のとおり、この博物館はフェレニャフェ市の歴史に関する教育を行い、研究成果を社会へ還元する中心的な役割を担っている。

今回のインタビューでは、一般の人々への教育方法と歴史に関する社会的認識について各研究者の立場の差異を把握した。ある研究者は、過去の情報を地域アイデンティティーの創出と観光開発のために用いるべきと考えている。一方、過去の情報を地域アイデンティティーとは無関係に扱うべきであり、地域コミュニティーは考古学者からの知識を取り入れずに自ら活用方法を選択すべきであると考える研究者もいる。

フェレニャフェ市には博物館の他にポマ森林歴史保護区域があり、考古学者だけではなく森林技術者等も加わって、文化遺産保存と遺跡の活用、森林保護が推進されている。これらの専門家たちの多くは文化遺産や一般の人々への歴史教育について、考古学者とは異なる視点を持っている。

一般の人々、とくに地域コミュニティーは文化遺産を潜在的な資源とみなし、考古遺跡を魅力的な観光産業のために利用できると考えている。彼らの中には政治家、地域コミュニティーのリーダー、歴史愛好家、学校の教師、観光ガイド、シャーマンなど様々な人が含まれる。各個人は、考古遺跡の捉え方、文化財の活用、歴史教育などに対して独自の観点を持っていると考えられる。次回のフィールドワークでは、この一般の人々の視点について観察する予定である。

●学会発表について

さらに今回は、フィールドワークの他に学会発表も行った。

今年はペルー・カトリカ大学文学部考古学専攻の創設25周年記念にあたり、2008年8月21日から23日まで同大学で学会が開催された。様々なセッションに分かれて、在学生と卒業生が現在取り組んでいる研究や興味あるテーマについて発表が行われた。私は「教育と国民意識」のセッションで、私自身がその運営に携わっている「アルケオス」考古学電子マガジンのプロジェクトについて発表を行った。この発表で、考古学者と一般の人々が交流を深めるために電子メディアを活用する利点を提示した。

本発表のテーマは二つある。第一に、プロジェクトの企画段階から実際の運営にいたるまでの経緯に焦点を当てた。電子マガジンを立ち上げた理由は単純な発想からである。紙製の雑誌や書籍は非常に高額であるため、ペルーのような発展途上国では購入して読める人は少ない。ところが、近年ではペルーでもインターネット・カフェが普及し、誰でも容易にインターネットへのアクセスが可能である。この状態を有効利用するため、カトリカ大学考古学専攻の在学生と卒業生が共同して、2006年に「アルケオス」電子マガジンプロジェクトを立ち上げた。この電子マガジンはインターネットを利用することで、世界中から無料で読むことができる。「アルケオス」の評判は良好で、毎月約4000人のアクセス件数がある。また、本サイトはカトリカ大学の技術者が管理しているため、経済的に低コストで維持できている。つまり、本プロジェクトは考古学者が情報収集を行い、技術者と連携してインターネット上で情報を公開するという新しい方法を発達させた学際的なプロジェクトといえる。

第二に、研究者同士のみならず一般の人々との交流を深めるために、電子メディアの利点と可能性に焦点を当てた。電子メディアを活用することで、インターネット上で新たな考古学的発見、最新の学会情報、文化遺産保存の情報などが即座に公開できるのである。言うまでも無くアクセスするためにはインターネットに接続したパソコンが必要ではあるが、基本的には誰でもどこでも最新情報を獲得できるのである。もう一つの利点は、他分野の研究者や一般の人々との交流ネットワークが構築できる点である。また、電子マガジンに論文を発表した研究者との直接的な交流を通して、一般の人々も議論に参加することが可能となる。

●本事業の実施によって得られた成果

今回のフィールドワークの目的は、考古学者の歴史認識とその活用を把握することであったが、シカン国立博物館の考古学者だけではなく、伝統文化の研究や普及活動をしている在野の研究者や他分野の研究者へもインタビューを行うことができた。その結果、文化遺産の活用と教育活動について、各研究者による立場の違いを把握できたことが多大な成果である。一般的に、考古学者は文化遺産保存について一般の人々の関心と理解を得る必要性を唱える傾向にあると考えられるが、実情はそうではなく、考古学者によって様々な意見を持つことが明らかとなった。そのため、考古学者が一般の人々と交流を深めようとする意図や、両者の間にみられる様々な関係性を理解することができた。また、考古学者間の交流の様子も観察することができた。

さらに、インタビュー対象者を地域住民にも広げることができ、考古学者以外の歴史認識を把握したのと同時に、次回以降に実施する調査のインフォーマントのネットワークを構築したことが、今回得られた大きな成果である。地域住民へのインタビューと実際に遺跡で行われた儀礼への参加を通して、遺跡に対する彼らの認識を明らかにすることができた。通常、発掘調査に先立ち、無事故で調査が終了するよう考古学者を含めた調査参加者全員の前で、シャーマンが遺跡の「霊魂」を鎮める儀礼を執り行うのである。また、歴史愛好家が抱く文化遺産への解釈が考古学者のそれと異なることも明らかになった。その結果、地域が抱える文化遺産をめぐる問題が浮き彫りとなり、その問題に関わるグループを把握することができた。

このような歴史への様々な視点の差異を理解するために、今後のフィールドワークでは、考古学者側の視点だけではなく、一般の人々を対象にインタビューを実施する予定である。

●本事業について

フィールドワークを実施するにあたり本事業から助成を受けることができ、文化科学研究科に心から感謝いたします。リサーチプロポーザルを作成するための必要なデータを得ることができ、より充実した内容でまとめることが期待できます。

本事業への提案としましては、申請書やレポートの英語での提出が可能となれば、留学生の負担を軽減できるのではないかと考えます。