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国内学生派遣関連事業 研究成果レポート

村山 絵美(日本歴史研究専攻)

1.事業実施の目的

博士論文執筆のための追加調査

2.実施場所

沖縄県本島南部地域(主に糸満市・那覇市)

3.実施期日

平成20年6月15日(日)から平成20年6月30日(月)

4.成果報告

●事業の概要

沖縄県は6月23日を沖縄戦「慰霊の日」に指定しており、沖縄戦で家族を亡くした県内外の遺族達が、墓や慰霊碑を訪れ戦死者の慰霊を行う。そのため、6月は沖縄戦に関するイベントや報道が県内で活発に行われ、一年のうち最も沖縄戦に関する言説が多い期間となる。本事業では、以下3点を中心に調査を行った。

  • ①平和週間(6月17日~23日)に開催される戦争関連の事業の参与観察。
  • ②戦争体験者による戦死者の慰霊実践に関する調査。
  • ③沖縄県立図書館、沖縄県公文書館、琉球大学図書館での文献調査。

まず、平和週間では、那覇市内の小学校で行われた戦争体験者の講演会に参加し、平和学習における現在の取り組みについて調査を行った。具体的には、講演者や、学校長、聴講した学生を対象に、戦争体験を語ることや聞くことについて、インタビューを行い、平和学習において戦争の語りが、どのように捉えられているのかを考察した。

また、遺骨収集ボランティアが主催した戦死者の遺骨収集事業について参与観察を行った。この事業は、実際の遺骨収集作業を通して、戦争や戦死者について、考えてもらおうという目的のもと、慰霊の日前日の6月22日に開催された。当日は、約100人近くの市民が参加し、テレビや新聞などのメディアに大きく取り上げられた。調査者は、当日の参与観察に加え、本事業を企画した、遺骨収集ボランティアや那覇市の関係者、遺骨収集が実施された地元の人びと、遺骨収集の参加者にインタビューを行った。本調査を通して、現在の遺骨収集の状況を確認すると共に、戦死者の遺骨がどのように捉えられているのかについて、検討を行った。

6月23日の慰霊の日では、沖縄戦時に編成されたA部隊の戦友会が主催する慰霊祭に参加し、参与観察を行った。慰霊祭では、戦争体験者や遺族など、参列者にインタビューを行い、関係者にとって、慰霊祭や慰霊の日がどのような意味をもつのかについて考察した。

午後からは、糸満市摩文仁の平和祈念公園内に建立されている平和の礎で、参拝者に対してインタビューを行った。平和の礎は、沖縄戦で亡くなった戦死者と、アジア太平洋戦争で亡くなった県内の戦死者の名前が刻まれている碑である。1995年に建設されてから、この碑を前に、戦死者の慰霊を行う人びとが増えている。戦争体験者が、戦死者の名前を前に、子や孫に、自らの体験を語っている姿を、頻繁に見かけることから、戦争の伝承の場としても機能しているといえる。本調査では、戦死者の慰霊と伝承との関係について、検討した。

また、県内の図書館では、戦死者の遺骨収集や慰霊祭に関する文献を中心に、複写を行い、博士論文執筆のための貴重な資料を収集した。


6月23日の魂魄の塔 慰霊の様子

6月23日の平和の礎 慰霊の様子

●本事業の実施によって得られた成果

本事業の実施により、これまでの調査で不足していた、現在における戦死者の遺骨収集や慰霊祭に関するデータを取得することができた。特に、遺骨収集ボランティア主催の、市民の手による遺骨収集事業に参加できた、意義は大きい。戦死者の遺骨が、市民の手によって収骨されるという事業は、今回が初めての試みである。これまでに、沖縄県主催の遺骨収集は、何度か実施されてきたが、収骨を目的としており、遺骨作業を通して、戦争や戦後について考えるということは、視野に入れられていなかった。博士論文では、沖縄戦が、どのように伝承されてきたのか、ということをテーマにしているため、遺骨収集作業における戦争の伝承について、調査を行うことで、事例に則して検証することを可能にした。

また、6月23日の慰霊祭では、A部隊の生存者であるF氏を中心に、インタビューや参与観察を行った。F氏には、これまでに何回か、自宅で聴き取りを行っていたが、慰霊の現場でインタビューを行うのは、初めてであった。慰霊祭が行われた付近は、沖縄戦中にF氏が逃げ回った場所でもあった。そのため、普段の自宅では語られない、F氏の戦争体験を、実際に現場を辿って聞くことができた。さらに、F氏の表情や沈黙などから、言葉では表現できない感情の機微が、伝わってきて、戦争体験を語ることの原義を再検討する機会ともなった。多くの戦争体験は、語られない、語れないことの方が多い。その沈黙をどのように考えていくのか、という点は、博士論文の核となる部分でもある。本調査を通して、戦争体験者の沈黙について、再度考える機会となり、今回の体験は、大きな成果といえる。

さらに、資料調査では、沖縄県の公文書館で、行政による遺骨収集や慰霊祭に関する詳細な資料を閲覧することができた。行政が、戦死者の慰霊に関して、どのような取り組みを行ってきたのかを確認する機会となった。また、戦争体験者S氏にインタビューを行う中で、出版されていないS氏の自分史を、譲り受けることができた。自分史は、S氏が戦争体験をどのように受け止め、記録してきたのかが読み取れる資料となっており、博士論文を執筆する上で、大変貴重な資料となるものである。

今回の調査で得た成果は、何本かの論文としてまとめる予定である。また、その一部を、来年の日本口承文芸学会、民俗学会で、研究成果として発表していきたい。

●本事業について

現地調査や遠方での学会発表を必要とする学生にとって、本事業は大変有効なものである。本事業によって、研究をより発展させることが可能となった。今後も事業を継続して頂けることを希望します。