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国内学生派遣関連事業 研究成果レポート

新免 歳靖(日本歴史研究)

1.事業実施の目的

北海道におけるアイヌ民族に用いられたガラス玉の流通に関する考古学および自然科学
研究に伴う資料調査と借用、および文献資料調査

2.実施場所

伊達市噴火湾文化研究所・恵庭市郷土資料館・北海道立図書館・北海道大学付属図書館

3.実施期日

平成20年8月26日(火)から平成20年8月29日(金)

4.成果報告

●事業の概要

研究の概要と目的

近年、中近世の環日本海交易の交易品としてガラスが注目されている。アイヌ民族が北方民族や和人との交易によってガラス玉を入手し、「シトキ」「タマサイ」などのアイヌ民族の女性用首飾りとして所持され、儀式に際して身に着けていたことはよく知られている。また、女性が代々受け継いだとも言われており、ガラス玉製首飾りはアイヌ民族にとっては重要な宝であったと考えられる。このような宝器としての首飾りが、どのような過程を経て誕生したのかは今のところ不明確である。

ところで、北海道内の中世および近世アイヌ墓や集落遺跡から多数のガラス玉が出土している。特に、中世から近世初頭のガラス玉の中には、墓の副葬品として複数のガラス玉が一括して出土する事例が報告されており、首飾りと考えられている。これらは現在、アイヌ民族資料として伝世しているシトキやタマサイとの系譜関係を示すとともに、ガラス玉自体がアイヌ民族の成立と存在を示す文化的な要素の一つとして捉えられている。

しかし、出土したガラス玉については、おおまかな概要が明らかとなっているに過ぎず、個々の型式的な特徴や変遷は検討されていない。また、現在、各地の博物館に所蔵されているシトキやマサイについても、入手された時期や場所・経緯が不明なものが多く、実証的な研究はなされていない。これらのガラス玉は、近世期(一部、明治か?)に製造された日本製・中国製、さらには西欧・朝鮮製のガラス玉が混在している可能性が高く、その中にはアイヌ民族の交易の様相が、具体的に反映されている可能性が大きいのである。

そこで本研究では、中近世の北海道から出土したガラス玉の整理を行い、時間軸に沿った上での、ガラス玉の変遷(形状・色彩・製作技法、首飾りとしての一括性、他の装飾品との共伴関係、出土遺構など)を検討する。自然科学分析(蛍光X線分析・鉛同位体分析)によるガラス玉の材質や生産地に関する情報を加味することで、アイヌ民族のガラス玉使用と流通の実態を明らかにしたいと考えている。特に、中国産・日本産・西欧産などの産地を明確にすることで北方圏におけるガラス玉流通の解明への足がかりになるとともに、実態が不明瞭な日本産ガラスの流通についても重要な知見が得られると期待している。

実施活動 

伊達市噴火湾文化研究所では、有珠4遺跡から出土したアイヌ文化期のガラス玉の資料調査・分析資料の借用を行った。有珠4遺跡のGP001・GP008の2基のアイヌ民族の墓から、50点ほどのガラス玉が出土している。いずれも女性が埋葬されており、出土したガラス玉は首飾り(タマサイ)を形づくっていたと考えられる。火山灰層から遺構年代を1640~1663年の間に絞ることができるため、北海道におけるガラス玉の流通・使用を考える上で、年代的な基準資料となる。本調査では、GP001墓から出土したガラス玉の写真撮影および、資料観察を行った。GP008墓の資料は借用することができたため、写真撮影と資料観察は、後日、国立歴史民俗博物館において自然科学分析と併せて実施する予定である。

恵庭市郷土資料館では、カリンバⅡ遺跡から出土したガラス玉の写真撮影と資料観察を行った。カリンバⅡ遺跡第Ⅳ地点のAP-5(土坑)から270点のガラス玉が出土している。共伴した白磁の年代によって15世紀後半から16世紀前半の年代観が与えられている。資料の依存状態が比較的良好であったため、ガラス玉の色調や形態を明確に分類することが可能であり、今回調査した有珠4遺跡に先行する一括資料として、重要な資料と位置づけられる。

8月28日は北海道立図書館、8月29日は北海道大学付属図書館においてアイヌ文化期のガラス玉に関する文献資料の調査を行った。自費出版されたアイヌ玉に関する書籍や雑誌の論文、発掘調査報告書を中心に収集した。

●本事業の実施によって得られた成果

本事業によって行なった活動は資料調査や文献調査など、研究活動における基礎的事前調査である。研究の根幹をなす考古学分析および自然科学分析は、現在実施中であるため、現段階ではその成果に関する報告はできない。また、有珠4遺跡の資料については、伊達市噴火湾文化研究所において発掘調査報告書が編集中であり、正式報告がまだ行われていないため、その詳細報告はここでは行わない。分析データ等の発表にあたっても、資料の帰属は伊達市噴火湾文化研究所にあるため、先方機関との協議の上で公表されるべき種類のものであることにご理解をいただきたい。したがって、現在実施中の自然科学分析の報告と大まかな概要報告にとどめたい。

 現在、借用した有珠4遺跡GP008墓出土ガラス玉については、蛍光X線分析(資料にX線を照射し、資料の材質(構成元素)を明らかにする分析方法)によって、ガラス材質の確認を行った。その結果、ほぼ大半のガラス玉の材質が鉛ガラスであり、資料間の類似性が高いことが明らかとなった。数点の資料については、定量分析(材質に含まれる元素の割合を明らかにする分析)を行い、元素組成から推定原料の調合割合を求める予定である。

あわせて、鉛同位体比測定に向け、極微量だが、試料採取を行っている。基本的に破壊分析であり、試料採取が必要であるが、1mg以下と極微量で良い。また、ガラス玉の表面が風化し、剥離している資料が多いことから、そのような劣化部分からの採取を行っている。本分析によって原料として鉛の産出地を明らかにできることから、ガラスの生産地についても推定することが可能である。しかし、原料鉛が移動する場合や、ガラスカレットが移動する場合があり、注意を要する。

このように有珠4遺跡から出土したガラス玉を用い、自然科学分析で明らかにした材質や鉛同位体比と、年代・寸法・形状・色などの考古学的な情報との相関関係を整理する。さらに恵庭市カリンバⅡ遺跡や余市町大川遺跡など道内の遺跡から出土している資料と比較を行い、ガラス玉の流通や使用・伝世などについて時期差、地域差を考察する予定である。

●本事業について

研究室における実験が研究の主となる筆者は、現地調査も行うが、分析資料の借用・返却といった活動が多くなる。借用資料が出土資料の場合、資料の材質によっては郵送も可能であるが、対象としているガラスは、脆弱で壊れる可能性もあり、ほぼ現地にいって借用・返却するように心懸けている。そのため、旅費としてこのような研究経費があることは、非常に有益であり、助かっている。今後も、継続して実施していただきたい。