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国内学生派遣関連事業 研究成果レポート

奥本 素子(メディア社会文化)
奥本 素子(メディア社会文化)

1.事業実施の目的

日本科学教育学会第32回年会において、研究発表をするため

2.実施場所

岡山理科大

3.実施期日

平成20年8月22日(金)から平成20年8月24日(日)

4.成果報告

●事業の概要

日本科学教育学会の第32回年会「転換期の科学教育:これからの科学的リテラシー」において、博士研究の一環である「博物館認知オリエンテーションによる博物館リテラシー支援」の口頭発表を行った。

日本科学教育学会第32回年会プログラム(PDF)

日本科学教育学会は,1977年に「科学についての教育」及び「科学的・工学的手法による教育」に関する研究の進歩普及に資するために設立された。そのため,本学会がカバーする研究領域はもともと幅広かったが,最近は,社会の科学技術情報化が進んだことや,科学技術創造立国という政策が推進されていること,子どもたちや一般市民の科学離れ,理科離れ問題などが注目されてきており,研究すべき領域がさらに拡大してきている。 また,このような社会の変化は,学校教育にも大きな変化をもたらしており,改めて,時代変化に対応した理科や算数・数学の教育という課題も生まれている。 科学と教育の関係に興味を持たれる研究者,学校で理科,算数,数学,技術家庭科にかかわる先生,それらの教科での子どもの認知学習に興味を持つ研究者,学 校教育のIT化に関心のある先生,科学館や博物館で展示解説などにかかわる方々,大学教育の中で科学や数学の教育に問題を感じている先生,科学教育の国際 協力にかかわっておられる先生など,多くの関係者がこの学会で研究や議論に参加している。

日本科学教育学会の第32回年会は,新しい研究の方向性の一つとして 「科学的リテラシー」に議論の焦点をあてて開催された。科学的リテラシーと数学的リテラシーを調査したPISA2006の結果は,我々にどんな課題を 示しているのでしょうかを検討している。また,PISA2006の結果を踏まえた中央教育審議会の教育課程部会の答申や,現在審議されている新学習指導要領が示す新しい 指針に対して,我々はどのように受け止めれば良いか、「知識基盤社会」の時代を担う子どもたちに必要な科学的リテラシーとは何なのか、そして科学好きの子どもたちを育成するためには,科学的リテラシー教育に我々はどのように取り組むべきか、などを話し合った。そして本年会では「科学的リテラシー」をテーマに,これからの 科学教育のあり方を議論している。

本年回のテーマである、「科学リテラシー」は私の研究分野が扱う「博物館リテラシー」に通じるものがあり、さらに今後科学教育学会が進めている学校以外の学習というのも博物館教育研究に関連しているため、参加した。

本大会において博士研究において行った千葉県立美術館における博物館学習支援実験の結果の一部(未発表)を発表し、他分野、他大学の先生方から研究についてのご意見をいただき、そこから得た知見を今後の博士論文に活用していくのが目的である。

本学会では、2日目の「科学教育の現代的課題(2)」というセッションにおいて発表し、学校教育以外での教育と学習の在り方について、博物館教育の立場から発表した。発表後は、学芸員との協同について、非積極的な来館者に対する対応などについて質問を受けた。

さらに発表後のパネルセッションでは、単なる経験やきっかけである学校外の活動を学校での教育にどう連携していくかを話し合った。

本学会で、学んだ成果を今後の博士論文の修正に役立てていきたいと考えている。

●学会発表について

1.問題の所在

博物館学習とは、来館者が学習素材である博物館の展示物から意味を構成し、自身の学習目標オへ到達することだと考えられている(Hooper-Greenhill 1994)。博物館では、博物館画が何らかの意図を持って収集した資料が、展示されているが、その意図が直接来館者に伝達されることは少なく、むしろ来館者は展示を個人的感覚、経験、知識に基づいて意味を再構築していると考えられている。博物館学習において、博物館来館者は受け身の生徒ではなく、主体的学習者だと考えられている。最近の博物館研究ではそのような主体的な学習を支援することに博物館教育の関心が集まっている(Falk and Dierking 1992; Hein 1998)。

しかし全ての学習者が博物館での学習を成功に導いているわけではない。博物館学習においては、博物館リテラシーと呼ばれる博物館の展示物を読み解き、それを学習結果に反映させる能力が必要とされているが、そのような能力は生得的なものではなく、学習者の過去の体験や知識が元になっているとされており (Stapp 1992)、過去の体験や知識が乏しい博物館初心者は博物館学習につまずきがちであるという報告が多くの研究によってなされている。そこで本研究では、博物館学習に必要な博物館リテラシーの不足を補うことによって、学習者の主体的学習を支援できるのではないかと考えた。

2.研究の方法

本研究ではFalk and Dierking(1992), Hooper-Greenhill(1994)などが明らかにした博物館上級者の学習プロセスを元に博物館リテラシーに必要な前提条件とは、それぞれの博物館展示物を上位で関連させる上位概念だと考えた。そこで博物館展示を上位概念で関連付けながら解釈していく博物館認知オリエンテーション(Cognitive Orientation of Museum: COM)モデルを作った(図1)。

図1 COMの仕組み
図1 COMの仕組み

COMでは図1のように、まず学習者に展示テーマの背景を説明し、その背景にそった複数の資料に共通する具体的な注目する視点というものを解説する。そのことにより、背景を理解しながら、適切な視点で鑑賞すると、自ずと展示資料を読み解き、そこから意味を構築できるのではないかと考えた。本研究ではこのモデルを土台とした教材を開発し、仮説検証実験を行い、その妥当性について明らかにしていった。

実際のCOM教材は、ウェブページ形式で開発された。まず展示のテーマを説明するページ、そしてそのテーマと背景知識を学んだ後、具体的に見る視点を教えるページと教材を構成させること

によって上位概念の獲得と、それに関連した鑑賞視点を習得できる仕組みになっている。

本研究では、千葉県立美術館の常設展、浅井忠とバルビゾン派を使って行った。被験者になったのは、美術館経験が浅く、さらに美術医者歴史についての専門的地下持っていない、20~30代の若者である。COM教材の有効性については、通常博物館で行われている一つの作品に対し、一つの解説をおこなうというデータベース型(と本研究では命名)解説教材と比較して行われた。DB型教材は作品画像をクリックすると作品ごとの解説が出てくる。被験者には教材利用後、展示室で鑑賞を行い、その際、マインドマップ型ワークシート(展示鑑賞中に題名・感想・知識・主題など、被験者が思ったことや発想したことをキーワードにして書いてもらい、そのキーワード間でつながりがあるものを線で結んでいく)を記入してもらった。

3.結果

展示鑑賞中に記入したマインドマップ型ワークシートを専門家2名によって、記述の分類を行った(表1)。 その各項目に分類した数に対して、2者間の信頼感係数(Cronbach's α)を 算出したところ、α=0.958であった。

表1 ワークシート項目分類表
項目名 定義
丸写し 題名・作者名・事前教材の解説
主題(単純名詞)絵に描かれていて,見ればわかるモノへの記述 羊,木
主題(抽象名詞)絵に描かれている抽象的テーマで被験者が想像した主題 家族,秋
技術 描写の技術的部分 タッチが細かく,線が多い
美術史 美術史的観点を持ち込んだ感想,記述 写実的,年代
感想 絵に関する単純な感想 きれい,広大
分析 絵に関する抽象的かつ,客観的分析 一概に暗から明になったのではなく,暗い色も使いながら光の取り入れ方が変わった感じ(浅井の絵の変化に関して)
その他 明らかに教材の知識を誤解している表現でどの項目にも当てはまらなかったもの(1名のみ)

その結果(図2)、COM群はDB群より記述の割合が多かった項目は「主題(抽象名詞)」(調整済み残差2.08*)と「分析(調整済み残差 4.42**)」である。「主題(抽象名詞)」は被験者が自分で考えた作品のテーマであり、この項目の記述が多いということからCOM群の被験者が展示を抽象的な観点から理解していることが分かった。また、「分析」は絵に関する抽象的、客観的分析であり、通常熟達者のみが行う鑑賞行動だとされている(Housen1983,Persons 1989)。一方、DB群は初心者の博物館学習にありがちは単純な感想の割合が多かった。

図2 群別マインドマップの記述について
図2 群別マインドマップの記述について
4.考察と今後の課題

以上の結果から、展示を解釈するには、その背景にある上位概念を学ぶ必要があると考えられる。今回は美術館での実験であったが、展示解釈は、博物館学習において中心となる学習活動である。今後は多領域の博物館においても、応用可能かどうか検証していく。

●本事業の実施によって得られた成果

本事業によって、博士研究で開発したCOMモデルが他の研究者にどのように受け止められるのかの一端がわかった。本発表に関しては、今まで経験値では述べられていた博物館リテラシーの仕組みをモデル化し、その教授方略を開発し、科学的に実験分析を行った部分が高く評価されたようである。特に、教授方略の妥当性と、その後に続くモデルの有効性が証明できた部分が、おおむね参加者から好評された。しかしながら、実際の現場でCOMをどう利用していくか、本当にCOMが博物館に来ない非積極的来館者まで取り込むことができるの、といった課題が提案された。

本発表により、今後はCOMの実用化を考えて、研究を進めていかなければならないと考えた。また、本発表の調査地が美術館であったため、科学教育の研究者にとってはなじみが薄く、なかなか科学リテラシーとの関連性を見いだせなかったようである。今後はCOMは科学系博物館や自然史系博物館でも応用可能であることを証明するためにも、調査地を幅広く設定し、より広範囲の人の関心に即した研究に発展していかなければならないと考えた。

また個人的には第三日目に行われたセッション、「持続可能な社会のための科学教育」の内容が大変勉強になった。本セッションでは、持続可能な社会を実現するためには、すべての市民が主体的に持続可能性の実現にむけた取り組みを行っていく必要があり、この課題に応えるため、持続可能な開発(社会)のための教育(Education for Sustainable Development:以下ESD )がさまざまな地域、学校段階で取り組まれつつある。

本課題研究では、過去 2 回にわたって、主として初等・中等教育の場における ESD について取り上げてきた。本年は、高等教育における ESD をテーマとして取り上げる。近年、文部科学省による現代 GP の援助を受けて、地域と連携したカリキュラム開発、全学レベルでの ESD 推進組織の設立など、各大学で新しい方向性を持った ESD の実践が行われている。本課題研究では、 ESD 分野で現代 GP を獲得した大学の担当者から各大学の取り組みを発表していただき、 ESD の理念や内容、課題について議論していた。

ESDでは、学際的な研究協力を通じて、より社会に適応した解決策を見出していくための、教育である。文化科学研究科においても、他分野との共生と協力が現在課題とされ、文科フォーラムをはじめとする、多くのイベント、プロジェクトが開催されている。このような学際交流イベントやプロジェクトが、現代的課題であるESDにどうつながっていくのか、というのは大変興味深いと館帰る。今後は、総研大の異分野との研究交流をたんなる学際交流にせず、課題を解決するための協力のきっかけと考えて、発展させていければ、と考えた。

●本事業について

学会発表は博士論文に必要な活動であり、それを支援してくれる大変有意義な事業である。