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国内学生派遣関連事業 研究成果レポート

奥本素子(メディア社会文化)

1.事業実施の目的

博士研究の学会発表

2.実施場所

上越教育大学

3.実施期日

平成20年10月10日(金)から平成20年10月13日(月)

4.成果報告

●事業の概要

日本教育工学会が扱っています「教育工学」は人文社会系と理工系、ならびに人間に関する学問分野を融合した学際的な学問です。教育工学の研究対象は、時代と共に変化してきましたが、情報化の進展の波に乗って発展しています。

「教育工学」は学問領域として認められており、文部科学省の科学研究費補助金の研究領域の分科細目の1つとなっています。この細目「教育工学」には大学関係者を中心に多数の研究が申請されており、教育工学の研究が精力的に行われています。

日本教育工学会は1984年に設立されました。設立以来、本学会は着実に発展しており、会員数が毎年増加しています。日本教育工学会は2004年には創立20周年を迎えています。

日本教育工学会、第24回全国大会は2008年10月11日(土)~13日(月)にかけて、上越教育大学で行われました。大会では課題発表と一般発表が設けられ、それぞれ自分の目的に合わせて発表ができるようになっています。

なお,課題研究には,次の6セッションが設けられています。

■K-1 つながりメディアの教育利用-モバイル,ユビキタス,ロボットアバタ,SNS等-

■K-2 教育工学分野における新しい技術を活用したシステム開発の展開

■K-3 ICTを活用した教育システムをどのように評価するのか

■K-4 初等中等教育におけるICT活用のデザイン・実践・評価

■K-5 情報教育研究・実践の方向性-教育課程の改訂を受けて-

■K-6 新しい時代に対応する学力,それを育む授業・カリキュラム

さらにシンポジウムでは、以下のようなプログラムがもようされました。

●シャルネットワーキングの広がりと教育利用

最近,FacebookやMySpace等のSNS(Social Networking Service)に注目が集まっている.人と人とのつながりに基づく各種の活動や,活動に基づく産物が,インターネット上で多くの人を引きつけている.そ こでは,コミュニケーションをベースに,集合知の実現が謳われている.ソーシャルネットワーキングの活動やサービスが,教育現場にも大きな影響を与えるで あろうことが,予測される.しかし,ソーシャルネットワーキングは,注目を浴びる反面,必ずしも人々の間で,共通認識を得ているとは言えない.ブログや掲 示板を提供するシステムだけがSNSではない.広く考えれば,連動した一連の現実社会の活動や,そこで生み出された生成物もソーシャルネットワーキングの 一部を構成するものである.

そこで,本シンポジウムでは,ソーシャルネットワーキングに関して,これまでの流れやこれからの方向性,実践のあり方等,様々な観点から話題を提供していただき,教育への利用の可能性について議論することを目指す.

実践研究をどのようにデザインし,論文にまとめるか

本シンポジウムは,昨年の大会に引き続き,大会企画委員会と編集委員会が連携して,企画・運営するものである.実践研究は日本教育工学会の重要な研究分野 の1つであるが,そのデザインや知見の論文化には,教育実践を対象とする研究に固有の問題点がつきまとう.こうした見地から,前回大会では,実践研究のデ ザインや知見の論文化に関するシンポジウムを企画した.会場が満席となるほど多くの参加者を得て,このテーマが会員の関心に合致していることが再確認され たため,再度企画するものである.

本シンポジウムでは,前回大会同様,いくつかの実践研究事例を対象にして,本学会における実践研究のデザイン等について,具体的に,また詳細に検討した い.特に,昨年のシンポジウムで話題となった,実践研究において「理論」が果たすべき役割,実践者と研究者の共同のあり方,論文に求められる論理展開や内 容,スタイル等について,討論を繰り広げる予定である.

教師教育の再考 ~専門職としての教師の資質能力の規準とその育成方法~

教員免許状更新制,教職大学院などの新たな制度の中での教員の養成・研修,及び諸外国における取り組みの理念及び状況を関連させながら,我が国における教 師教育の過去・現在・未来について論じ,教員養成から教員研修までの教師の生涯にわたっての成長を見通した専門職として身につけるべき教師の資質能力の規 準とその育成方法について展望する.

3日間にわたり以上のような,教育工学の今後に関する熱い議論が交わされました。

●学会発表について

美術館における自立的な展示解釈を支援する教育モデルの検証
How to support museum visitors to interpret objects by themselves

1.はじめに

美術館において、成人来館者の大部分が美術鑑賞の初級段階にあるという先行研究(HOUSEN 1983)もあり,多くの来館者が美術館での学習につまずいていると考えられる.美術館にはそのような来館者に対する学習支援の提供が求められている.

最近の美学心理学研究は,美術鑑賞能力の発展には感覚的なセンスよりも,知識や経験などの学習が不可欠だと指摘している(PARIS,HAPGOOD 2002).その一方で、美術作品の解釈は多様であり、美術館は一方的に作品の意味を教えるような教授はすべきではないという考えも根強い。そこで、美術館では来館者に一方通行的に解釈を教えるのではなく、彼らが自立的に作品を解釈できるような学習支援をすることが求められている。

学習者の既有知識の有無がテキストやイメージの理解に関して効果的である(AUSEBEL 1963, 孫,他 2008)といわれているが、美術館教育においても、同様に先行知識が展示の解釈を助けることが指摘されている(HEIN 1998,奥本,加藤 2007).その際、必要な先行知識は、資料1点1点の詳細な情報ではなく、より抽象的な鑑賞方略のようなものだと考えられている(FALK,DIERKING 1992)が、初心者にはそれを獲得させるのが困難だという指摘がある(斎藤 1953,HOUSEN 1983, PERSONS 1996)。そこで本研究では、美術館の学習支援として展示を見るための抽象的な鑑賞方略を獲得させることを目的とする。

先行研究によれば、熟達した鑑賞者は展示を抽象概念から理解し、そこから具体的な鑑賞方略を導いているとされている(FALK, DIERKING 1992, ソルソ 1997)。そこで筆者らは展示の抽象的概念を教えて、そこから鑑賞方略を教える博物館認

知オリエンテーションモデル(Cognitive Orientation of Museum,以下COM)
図1 COMモデル
知オリエンテーションモデル(Cognitive Orientation of Museum,以下COM)を提案する。
2.COM教材を利用した美術館鑑賞実験

COMの美術鑑賞支援への有効性を調べるために,千葉県立美術館の協力を得て実際の展示(浅井忠とバルビゾン派)を利用して実証実験を行った.実験のために、COMモデルに基づいてCOM教材を開発した(図2)。

それを美術館初心者21名に利用してもらい、その後の展示解釈がどのように行われていったのかを鑑賞後に行ったインタビューデータから検証した。

図2 COM教材の流れ
図2 COM教材の流れ
3.鑑賞後のインタビュー分析

実際のCOM 教材を利用した鑑賞体験の過程を明らかにするために鑑賞後の被験者のインタビューデータを、MAXQDAという定性的データ分析ソフトを用いて、カテゴリー分析を行った。

まず、特徴的なのは、多くの被験者が事前に教材で展示に関する知識を学ぶことによって、美術鑑賞体験が豊かになったと答えているコメントが49例あった(例:何で違うのかとかを教材で見て、それを知って見てみると、本物の絵を見ると、全然自分の感じ方も違うと思うし分かりやすくて、自分の中に入ってきやすかった。)。

具体的に教材の利点として、教材が展示を理解する際の助けとなったというコメントが15例あった(例 分かっててみると、ポイントと言うのがなるほどって言う感じで再確認っていうかより理解が深まった感じがします)。また作品同士のつながりが理解できたというコメントも8例あった(例 知識があった方が、これはどういう影響を受けて、どうなったかというのが分かるんで、つながりが分かるとおもんで、そっちの方がいいと思います)。

さらに、事前学習教材による知識は理解の補助だけではなく、学習者の主体的な鑑賞活動も支援していた。例えば、注目点が絞れ、そこから何かを得ることができたことにより気づきがあったというコメントが16例あり、また、教材によって新たに自分で考えるきっかけになった(例:背景みたいなのが知識として少ししか入っていないんですけど、それを一緒に合体しながら見ることができて、自分の視点と、その人が何を思ったのかなって思うことが。一つの絵をじっくり見ることができました)というコメントが7例あった。

上記のように、事前学習によって鑑賞が発展したということを多くの被験者が言及しており、さらに事前知識がその後の被験者の主体的な鑑賞を支援していることが分かった。このことにより、事前知識はその後の鑑賞を分かりやすく、主体的にすることが指摘される。

さらに、興味深いのは、注目点の把握やつながりへの注目といった鑑賞方略を獲得した被験者は、実物から新しい情報を見出し、その結果新たな見かたや解釈を生み出している点である。

インタビューの中で、被験者の独自で考えた解釈や独自の視点への言及は全部で40例であった。

さらに独自の解釈が生まれる過程は以下のような例が多かった。

(S・大学生・男)浅井忠を見てた時は、海外の影響を受けた割(教材知識)には日本の風景っぽい感じがするなって(実物からの発見)ことをかいていったんですけど。でだんだん、ここはつながっているんだなっていうのがあって(関連性に注目)、終わった後に、何で人物を描いてたのかなって、言うのがあって、結構人物とかを中心に描いていったんじゃないの、っていう気がした(独自の解釈)ので

この例のように教材知識から鑑賞方略を獲得し、その鑑賞方略を用い実物を鑑賞すると新たな発見をしたために、独自の解釈を生み出したという事例は21例であり、独自の解釈の半数を占めた。

これにより美術館で作品を自立的に解釈するためには、まず鑑賞方略を持って作品を鑑賞し、そこからあらたな知識を得て、さらに解釈を発展させるという過程があることが明らかになった。今後は同様の解釈過程が他の展示や他の館種の博物館でも起こりうるのかを調査していきたい。

参考文献

AUSEBELF, D.P.(1963) The psychology of meaningful verbal learning, New York: Grune & Stratton
HEIN, G. E. (1998)Learning in the Museum (Museum Meanings), Routledge
HOUSEN, A., (1983). The Eye of Beholder: Measuring Aesthetic Development, Doctoral Dissertation, Cambridge: Harvard University Graduate School of Education
奥本素子・加藤浩(2007)生涯学習としての自立的博物館学習を促進させる学習支援モデルの研究,科学教育研究:vol.31,No.4 pp.400-409
PARIS, S.G., HOPGOOD,S.E.(2002) Children learning with object in informal learning environments. Perspectives on Object-Centered Learning in Museums, London: Routledge.
PERSONS,M.J., 1989. How We Understand Art: A Cognitive Development Account of Aesthetic Experience, Cambridge: Cambridge University Press
斎藤博(1953) 歴史意識の発達,信濃教育研究所紀要,19:34-59,
孫暁萌,他(2008)環境ポスターの意図を読み解く環境教育教材評価, 日本教育工学会31(4):469-478

●本事業の実施によって得られた成果

本事業によって、博士研究で開発したCOMモデルが他の研究者にどのように受け止められるのかの一端がわかった。本発表に関しては、今まで経験値では述べられていた博物館リテラシーの仕組みをモデル化し、その教授方略を開発し、科学的に実験分析を行った部分が高く評価されたようである。特に、教授方略の妥当性と、その後に続くモデルの有効性が証明できた部分が、おおむね参加者から好評された。しかしながら、COMの評価の部分での妥当性、マインドマップの分析方法、といった課題が提案された。

本発表により、今後はCOMの実用化を考えて、研究を進めていかなければならないと考えた。また、本発表の調査地が美術館であったため、教育工学の研究者にとってはなじみが薄かったが大変興味深く受け止められたようだ。今後はさらに詳細な分析を公表し、本研究の成果を発表していきたいと考えている。

さらに今回は、いくつか博物館教育研究があったので、そちらの方も聴講した。

まず、1日目の一般発表の部では、教育メディアのセッションにおいて、「携帯端末を利用した水族館における学習支援環境の提案」(大橋 裕太郎, 横江 宗太, 有澤 誠(慶應義塾大学))の発表を聞いた。大橋さんは博物館教育を工学的視点から取り組んでいる研究者である。昨年は動物園をドメインにしていたが、今年は水族館ということで、興味深く聴講した。教材のディバイスとしてアイポッドタッチを使ったという。アイポッドタッチは操作が簡単なため、ユーザビリティ的には高い評価を得ていたようだ。コンテンツは展示生体の関連動画であった。ただ展示の前で、動画をみる割合は半数ほどで、関係のない場所でコンテンツが閲覧されているという課題が報告された。展示と教材の有機的な連携については、博物館教材の大きな課題である。私見ではあるが、教材と展示を結びつけるための工夫が今一歩足りないような気がした。相互補完ができるような教材でなければ、利用者が展示を見ながら教材コンテンツを利用する状態に持っていくのは難しいであろう。

また、同日のe-Learning(運用・評価)(1)のセッションで、「博物館音声ガイドシステムの構築と評価」(大薗 達彦, 平澤 泰文, 松川 節(大谷大学), 川田 隆雄(同志社女子大学), 小南 昌信(大阪電気通信大学))を聞いた。音声ガイドシステムはボタンを押せば、ガイドが流れてくるという仕組みで、既存のオーディオガイドとの違いが分かりにくかった。以前は、無線を利用して、音声ガイドシステムの構築を目指していたようだが、無線のユーザビリティの悪さから現在のスタンドアローンのシステムになったという。だが、スタンドアローンにした途端に、教材の独自性や新規性が失われている気がした。特に展示内容が仏教関連資料とのことで、キャプションの読み上げでは理解が難しいという課題があるにもかかわらず、音声コンテンツに何ら工夫がなされていなかったことは今後の課題であると感じた。

2日目の一般発表の部では、 学習コンテンツ開発・評価(3)のセッションにおいて、「Webページ「北海道雪たんけん館」の教育現場における利用状況調査」(高橋 庸哉(北海道教育大学), 佐藤 裕三(札幌市立太平南小学校), 北海道雪プロジェクト)の発表を聞いた。たんけん館と書いてあったので、博物館かと思ったら、バーチャルコンテンツのようであった。ただし学校カリキュラムには含まれていないコンテンツをウェブ上で提供する仕組みはCOM教材と比較的類似しているので、興味深く聞いた。その結果、COM教材と通じる課題として、どのように認知度を広めていくかという広報活動の課題があった。こちらもそれには苦慮されているようで、今後も課題として考慮していかなければならないと認識した。

全般的に、博物館教育研究は発展途上であり、多くの課題があると感じた。また、同じ博物館教育なのに、セッションが分かれていることも気になった。今後は博物館教育で統一のセッションを設けてほしいと考えている。