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国内学生派遣関連事業 研究成果レポート

李 昌熙(日本歴史研究専攻)

1.事業実施の目的

日本列島出土朝鮮系無文土器及び共伴弥生土器調査

2.実施場所

長崎県、福岡県、熊本県、山口県

3.実施期日

平成20年6月9日(月)から平成20年6月18日(水)

4.成果報告

●事業の概要

今回の事業の目的は博士論文のテーマと直接的に関連ある日本列島で出土した朝鮮系無文土器を直接観察してその実体を把握することである。弥生時代前期末~中期に出土した朝鮮系無文土器は主に西日本に集中するため長崎県、福岡県、熊本県、山口県で関連遺物を保管している機関に直接行って資料調査を行なった。当時、韓半島南部と西日本の交流ルートの中心は玄海灘を間に置いた海路であった。その道に付いて対馬から南と西の方に移動しながら調査を実施した。韓半島と一番近くの距離に位する対馬では韓半島産と区別することができない朝鮮系無文土器が大部分を占めていた。また交流における一番拠点的な役割を担当したと考えられる壱岐の原の辻遺跡では膨大な量の朝鮮系無文土器を観察することができた。擬朝鮮系無文土器の量がとても多く、韓半島の三角形粘土帯土器も出土したから持続的に韓半島人が往き来したことがわかって、渡来集団の存在が認められる遺跡である。最も南の方である鹿児島県ではまだ朝鮮系無文土器の実体が明確ではないため断定することができないが、交流の痕跡が明確に残っている一番南の方の地域と考えられる熊本県で出土した朝鮮系無文土器を観察できた。熊本の朝鮮系無文土器は弥生中期の須玖Ⅰ式の以降には一緒に出土しないことがわかった。朝鮮系無文土器が一番多く出土した福岡県を含めて西の方では山口県まで調査を実施した。特に山口県では私がわからなかった朝鮮系無文土器が出土した遺跡の情報も手に入れて追加的な調査も可能になった。

一方、現在この時期の朝鮮系無文土器における年代測定値がほとんどない現象で、今回の調査で炭化物が付着している土器を7点ほど見つけた。その炭化物を採取しておいて今後の炭素14年代測定を依頼する予定である。

●本事業の実施によって得られた成果

今回の調査で一番重要な趣旨はその間図面だけで見て来た土器を実際肉眼で観察することである。やはり図面とは全然違う感じの土器がかなりあったから認識の転換に多くの役に立った。

対馬では壱岐と九州とは違って大部分が韓半島産とほとんど同じな土器であることが最大の特徴であった。また他の地域では発見されない韓半島の三角形粘土帯土器段階の甑を見つけたことは大きい収獲と考えられる。その以外九州の諸遺跡では朝鮮系無文土器と擬朝鮮系無文土器が一緒に出土される場合が大部分であった。

一方、朝鮮系無文土器が出土した一番南の方の地域である熊本の八ノ坪遺跡では朝鮮系無文土器が須玖Ⅰ式段階までだけ存在したから、その後は渡来人の分布範囲、すなわち渡来文化の影響範囲が縮小、あるいはこれ以上南に下らないで西へ行ったことを考えて見られる。

渡来土器を模倣して作った擬朝鮮系無文土器や渡来人が在来土器を模倣して作った擬弥生土器は多様な形態をしているが、それなりに製作技法が類似な一群が確認されるため後により具体的な検討が要求される。また弥生中期後半~後期に出土される三角形粘土帯土器の出土情況も調査したからこの時期の交流関係を考える時にも良い資料になるでしょう。

今度の調査では朝鮮系無文土器に付着している炭化物を採取して置いたから、今後の炭素14年代測定の結果が期待される。

以上の調査結果をこれから綿密に分析するようになると弥生時代中後期の日本列島と韓半島との交流関係を解釈することにおける大きい役割ができるはずであり、年代的な併行関係の設定にも多くの助けになるでしょう。