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国内学生派遣関連事業 研究成果レポート

渡部 鮎美(日本歴史研究専攻)

1.事業実施の目的

2008年度日本村落研究学会第56回での発表

2.実施場所

佐渡島開発総合センター

3.実施期日

平成20年10月31日(金)から平成20年11月2日(日)

4.成果報告

●事業の概要

申請者は平成20年10月31日より三日間に渡って開催された第56回日本村落研究学会に出席し、発表をした。なお、本会の詳細および、開催記録については下記ホームページにて公式に発表されるので、ここでは事業概要を三日間に分けて記す。また、学会全体の日程や研究発表の要旨、およびプログラムについては別に添付したので参照されたい。

研究発表の要旨(PDF)
日本村落研究学会第56回年会日程プログラム(PDF)

日本村落研究学会年会の一日目は佐渡金山と佐渡トキセンターを見学するエクスカーションがあった。

二日目は佐渡島総合開発センターで研究発表と公開シンポジウム、会員総会がおこなわれた。午前9時より午後18時30分まで、2会場での一般発表と1会場でのシンポジウムがあった。一般発表では14題、合計15名が発表をした。各会場では約130名の参加者によって発表と活発な議論がおこなわれた。

公開シンポジウムは「佐渡研究の現在」をテーマに討論がおこなわれた。3名のパネリストからの基調報告があった。その後、座長を介してフロアから活発なコメントがあり、学会の60年を振り返るような内容の濃い討議がおこなわれた。さらに、シンポジウム終了後には会員総会が行われ、奨励賞授賞式、会則改正に関わる議決、会計報告・予算承認等がおこなわれた。

申請者はB会場にて「農業パートをする人々の多様な労働観―現代農業を働き方という視点でみる―」と題して25分の発表をおこなった。その後10分の討議があり、フロアの5名から貴重なコメントをいただいた。これらのコメントに対してはその場で個々に答えたが、討議終了後にも各方面からコメントをいただく機会があった。さらに当日の研究発表以外にもこれまでに出した研究成果の批評もいただき、大変有意義であった。

二日目には、他の研究者の一般発表や公開シンポジウムなども拝聴し、新たな知見を得ることができた。また、研究者同士で交流も深めることができた。

三日目はテーマセッションがおこなわれた。「集落の再生にむけて」をテーマに報告がなされ、フロアから質疑があった。報告は各地域での集落再生に関して4題がおこなわれ、その後の総合討論では活発な議論があった。なお、学会発表での撮影が禁止されていたので、活動の様子を示すものは発表会場の外の写真のみとなったのでご了承いただきたい。


http://www.kyoto-gakujutsu.co.jp/sonken/index.html

●学会発表について

学会発表では「農業パートをする人々の多様な労働観―現代農業を働き方という視点でみる―」と題して20分の発表をおこなった。内容は次の通りである。

農業パートとは日々または一年以内の期間で農家に雇われて農作業をする労働形態および労働者のことである。農業パートは古くは田植えや茶摘みなどの季節労務にみられる労働形態で、現在でも全国で多くの人たちがパートとして働いている。

先行研究では農業パートの農業経営や歴史性の面から評価してきた。農業経営の上では農業パートは農業の補助的な労力として考えられてきた。歴史的には農業パートは古くからある季節労務の延長線上に位置づけられてきた。村落単位で集団をなしてやってくる早乙女などの伝統的な労働と同一視されたのである。一方で農業パートが彼らの生活のなかで、どのような意味をもっていたのかはほとんど議論がされていない。また、農業技術の変容にともなうパート労働の変化についても検討がされてこなかった。

本発表ではまず、農業パートの雇用形態とその農業技術の変遷を明らかにする。その上で、現在まで雇われてきたパートたちの労働観を論じる。事例として千葉県富浦町の農家1戸で雇われてきた農業パートを取り上げる。

千葉県富浦町はビワの一大産地である。本発表で取り上げる農家は1970年以降にビワの栽培面積を拡げ、1975年から農繁期にパートを雇ってきた。また、1980年には食用ナバナ(春先に菜の花として販売される野菜)の栽培をはじめ、1990年からパートを雇いはじめた。1970年代から80年代にかけてビワのパートとして雇われたのは富浦町やその周辺地域の青壮年の男女であった。その後、地域の産業構造の変化によって高齢者や中年の男女がビワやナバナのパートとして働くようになる。さらに2000年代後半からは富浦町と周辺地域の人々に加え、地域とは全く関係のない若者たちがパートの仕事をしている。

調査では現在のパートや農家の労働を計量・計測し、各々の技量差を検討した。また、今日までの出荷形態の変遷とパートの人材の変化を探った。調査からは農業パートの労働内容や人材が大きく変化していたことが分かった。パートに求められる技術レベルは1980年以降のビワやナバナの出荷形態の変化によって下がり、それとともにパートの賃金は相対的に低くなっていった。

労働内容や人材の変化とともにパートたちの仕事の目的も多様化している。近年、パートの担い手となっている農業経験のない若者は農業を体験することを目的のひとつとして働いている。一方で地域の人たちにとって農業パートは主たる生業活動の合間にする息抜き的な仕事になっている。つまり、産業としての農業のなかには目的を異にして働く人々が混在しているのである。そして、農業パートたちは村落単位でまとまって働きに来る集団ではなく、職業も出自も異なる個々ばらばらな人材の集まりとなっている。このような現代の農業の姿は産業としての農業や村落という概念だけではなく、農業に関わる人々の働き方に注目することでより深く理解することができるだろう。

●本事業の実施によって得られた成果

本事業によって在学中4回の学会発表することができ、研究業績を増やすことができた。また、社会学、農業経済学など広い分野に渡る会員をもつ日本村落学会において研究発表をすることによって、広く自身の研究を知っていただくことができたと思う。

研究発表ではこれまでの研究成果の一部を25分でコンパクトにまとめてお話したが、討議のなかで今後の研究の展望なども話す機会をいただいた。そこで、コメントへの返答に際して現在の研究テーマについても触れて議論をさせていただくことができ、大変貴重な機会となった。また、発表内容が博士論文の1節になるものであったので、発表の際にいただいたコメントはすぐに博士論文に反映させていきたいと考えている。

今回の研究発表でコメントいただいた点を箇条書きで示すと以下のようになる。

  • ・ 今回の発表で示した農業パートをする人々の働き方はごく当たり前のものではないか。なにがおもしろいのか理解できない。
  • ・ 今回の発表は非常におもしろかった。しかし、先行研究を批判的に用いるのではなく、肯定的に使いながら論を進めた方がよかったと思う。
  • ・ 農業パートのプロの定義はなにか。 

申請者はこれらの指摘に対して「働き方」を視点とすることの意義やそこから見える労働観について触れながら、コメントへ返答し、ご理解いただいた。返答を要約すると以下のようになる。

  • ・ 今回の発表の論点はごく当たり前の働き方にみられる人々の労働観を示したものである。そこからは先行研究で示してきた特殊性や一般性に特化した労働観や労働倫理のように実際の行動とはある意味で乖離してしまう労働観とは別の労働観が見えてきた。その点で本発表のなかで示した労働観は意義のあるものであると考える。
  • ・ 本発表では農業パートがプロからアマチュア化の過程にありながら、完全には移行していないことを示した。実はアマチュア化の過程自体がこれまできちんと検討されてこなかった。また、働き方をみるとプロとアマチュアでは労働観がまったく異なっており、その点についても先行研究ではすべてアマチュア化したとみていた。
  • ・ ここでは農業プロとは5年以上の経験を積んだパートのことを想定している。技術の面でも雇用の面でも働き方の面でもプロの農業パートとアマチュアのボラバイトでは全く異なっている。

申請者は現在、「現代日本における兼業というワークスタイルの民俗学的研究―農業との兼業を事例に―」というテーマで博士論文に取り組んでいる。本年12月の提出を目指す、この時期に今回の研究発表は大変有意義であったと思う。

●本事業について

佐渡島のような遠隔地での発表は個人の費用では難しいので今後もイニシアチブ事業で学会発表活動を推進していただきたいと思います。学会では写真撮影が禁止されていることが多いので、活動風景の写真を撮るという要件を廃止すべきだと思います。また、本報告のホームページ掲載にあたっては本人の研究成果(『総研大文化科学研究』等での業績など)とのリンクを希望します。