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国内学生派遣関連事業 研究成果レポート

渡部 鮎美(日本歴史研究専攻)

1.事業実施の目的

日本民俗学会第60回年会での発表

2.実施場所

熊本市民会館・熊本大学大学教育センター

3.実施期日

平成20年10月4日(土)から平成20年10月6日(月)

4.成果報告

●事業の概要

申請者は平成20年10月4日より三日間に渡って開催された第60回日本民俗学会に出席し、発表をした。なお、本会の詳細および、開催記録については下記ホームページにて公式に発表されるので、ここでは事業概要を三日間に分けて記す。また、学会全体の日程や研究発表の要旨、およびプログラムについては別に添付したので参照されたい。

研究発表の要旨(PDF)
日本民俗学会第60回年会「研究発表要旨集」(PDF)
日本民俗学会第60回年会日程プログラム(PDF)

日本民俗学会年会の一日目は熊本市民会館にて公開シンポジウムおよび会員総会がおこなわれた。シンポジウムは60年を迎えた民俗学会を振り返る試みとして柳田国男の『新国学談』を取り上げて報告と討論がおこなわれた。1946年から翌47年にかけて3冊に分けて刊行された同書を題材にしたシンポジウムでは4名のパネリストからの基調報告があった。その後、座長を介してフロアから活発なコメントがあり、学会の60年を振り返るような内容の濃い討議がおこなわれた。さらに、シンポジウム終了後には会員総会が行われ、奨励賞授賞式、会則改正に関わる議決、会計報告・予算承認等がおこなわれた。

二日目は熊本大学大学教育センターにて研究発表がおこなわれた。午前9時30分より午後15時55分まで、9会場での一般発表と分科会ならびに別会場でのポスターセッションで合計101名が発表をした。各会場では400名以上の参加者によって発表と活発な議論がおこなわれた。

申請者は第1会場にて「農業を中心とした生活をする人々の労働観―ある家族のライフヒストリーと行動記録を事例に―」と題して20分の発表をおこなった。その後5分の討議があり、フロアの3名から貴重なコメントをいただいた。これらのコメントに対してはその場で個々に答えたが、討議終了後にも各方面からコメントをいただく機会があった。さらに当日の研究発表以外にもこれまでに出した研究成果の批評もいただき、大変有意義であった。

二日目には、他の研究者の一般発表やポスターセッション、分科会なども拝聴し、新たな知見を得ることができた。また、研究者同士で交流も深めることができた。

三日目は熊本市内の博物館等を見学し、熊本の生業についての学習を深めた。

なお、学会発表での撮影が禁止されていたので、活動の様子を示すものは発表会場の外の写真のみとなりましたのでご了承ください。


http://wwwsoc.nii.ac.jp/fsj/annual_meeting/annual_meeting_data.html

●学会発表について

学会発表では「農業を中心とした生活をする人々の労働観―ある家族のライフヒストリーと行動記録を事例に―」と題して20分の発表をおこなった。内容は次の通りである。

本発表では現代における農業を中心とした生活を営む人々の労働観を彼らのライフヒストリーと参与観察から得た行動記録を事例に論じた。

先行研究では共時的な視点から農業を中心とした生活を営む人々の働き方の多様性を示してきた。また、近年の研究では通時的な視点でライフヒストリーなどを分析し、個人や地域の労働観を論じている。しかし、先行研究では農業を中心とした生活が家族の手でどのように営まれ、いかに変化をしていったのかが明らかにされてこなかった。そこで、本発表では先行研究で示された働き方と労働観の多様性を一家族のライフヒストリーと日常生活に密着して得た行動記録から論じる。

事例は現在まで農業を中心としながら、様々な生業活動をおこなってきた千葉県富浦町の農家A家とした。事例としたのは1960年から現在までの生業活動で、現在の生業活動については参与観察をして行動記録を取った。

A家では1960年から現在まで農業を中心としながら、合間にさまざまな生業活動をおこなってきた。A家の家族は農業の他に日雇い労働や介護ヘルパーなど様々な仕事をしてきた。また、A家では農業の合間に趣味的な漁撈活動に興じたりもしている。農業を中心としながらも、彼らの生活はもはや農家という枠には収まらないほどの多様な生業活動で埋め尽くされていたのである。

A家の家族ひとりひとりの働き方もさまざまで、その上めまぐるしい速さで変わっていった。A家の生計活動の中心となっている農業に関しても、家族の関わり方はそれぞれ異なる。農業経営の上での役割も数年でがらりと変わってしまう。さらに、栽培や出荷の方法も1年ごとに変わっていくので作業も前年と同じことはない。  

このように個人のライフヒストリーに着目してみると、生業活動の組み合わせも内容自体も大きく変化している。その上、彼らの一生のなかで農業以外の仕事は次々と変わっていき、一度辞めた仕事を再びすることはなかった。

歴史学や民俗学では生活や人の一生の周期性を示し、生業における家族の役割分担を示すことで人々の暮らしを構造化しようとした。しかし、人々の生業活動の移り変わりは速く、農業や他の生業活動も同一の産業としては捉えがたいほど、規模も内容も変わっていく。その上、農業経営における家族の役割も変化していく。もはや農業は周期性や構造をもった生業やひとつの産業として語ることはできなくなっているのである。

そこで、本発表では生活や人の一生を生業に着目して分析するのではなく、彼らの働き方に注目して論じる。そこで明らかになるのは、多種多様な仕事や活動を行き来する働き方である。そして、彼らの働き方から工場労働のようにひとつの仕事に打ち込むことで達成感を得るような労働観とは異なる労働観を示した。

●本事業の実施によって得られた成果

本事業によって在学中3回目の学会発表することができ、研究業績を増やすことができた。また、2000人以上の会員をもつ日本民俗学会において研究発表をすることによって、広く自身の研究を知っていただくことができたと思う。

研究発表ではこれまでの研究成果の一部を20分でコンパクトにまとめてお話したが、討議のなかで今後の研究の展望なども話す機会をいただいた。そこで、コメントへの返答に際して現在の研究テーマについても触れて議論をさせていただくことができ、大変貴重な機会となった。また、発表内容が博士論文の1節になるものであったので、発表の際にいただいたコメントはすぐに博士論文に反映させていきたいと考えている。

今回の研究発表でコメントいただいた点を箇条書きで示すと以下の3点である。

・ 今回の発表で示した農業を中心とした生活をする人々の働き方はごく当たり前のものではないか。そこから働く人の「痛みやつらさ」が抜け落ちていないか。

・ 今回の発表は非常におもしろかった。働き方という視点で労働をとらえたときに、このような展望があるのかと非常に興味深かった。また、主たる生業のめまぐるしく変遷とは異なり、マイナー・サブシステンスのような生業が比較的長く続いていると理解してよいのか。さらに、これからの発表者の研究の展望を知りたい。

・ 発表者が指摘する生業はマイナー・サブシステンスではないのではないか。他の用語を指摘したほうがよいのではないか。

・ イリイチのような労働観との違いは何か。 

申請者はこれらの指摘に対して「働き方」を視点とすることの意義やそこから見える労働観について触れながら、コメントへ返答し、ご理解いただいた。返答を要約すると以下のようになる。

・ 今回の発表の論点はごく当たり前の働き方にみられる人々の労働観を示したものである。そこからは先行研究で示してきた「痛みやつらさ」が強調される労働観とは別の労働観が見えてきた。その点で本発表のなかで示した働き方の視点は有効であると考える。

・ 確かにマイナー・サブシステンスや仕事とみなされるものの余暇の意味を含む活動は生業の変遷とは裏腹に比較的長く続いている。これは本発表で指摘した、積極的に時間を作り余暇を楽しむという労働観とも関連していると思われる。今後の展望としては働き方の視点から人々の働き方を総体的にとらえ、人々の生き方にまで及ぶ論を展開したいと考えている。

・ マイナー・サブシステンスとは定義していないし、ここで特別な語句を作りあげるつもりもない。ただ、人々の働き方というのは仕事も余暇も両方を含みこんだものであることを示したつもりである。また、人々の働き方を余暇や仕事で区切るのではなく、総体的にみることで労働観の理解につながったと思う。

・ イリイチの示した労働観はひとつのことに打ち込んで達成感を得るというものである。これに対して発表者が事例から示したのはひとつの仕事に飽きたら、別の仕事をし、また本来の仕事に戻っていくというやや不真面目な労働観である。そして、この労働観は現在の多様化するワークスタイルに追いつかない労働観の研究にいくらかの寄与があると思われる。

申請者は現在、「現代日本における兼業というワークスタイルの民俗学的研究―農業との兼業を事例に―」というテーマで博士論文に取り組んでいる。本年12月の提出を目指す、この時期に今回の研究発表は大変有意義であったと思う。

●本事業について

熊本のような遠隔地での発表は個人の費用では難しいので今後もイニシアチブ事業で学会発表活動を推進していただきたいと思います。学会では写真撮影が禁止されていることが多いので、活動風景の写真を撮るという要件を廃止すべきだと思います。また、本報告のホームページ掲載にあたっては本人の研究成果(『総研大文化科学研究』等での業績など)とのリンクを希望します。