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海外学生派遣関連事業 研究成果レポート

山本 睦(比較文化学)

1.事業実施の目的

国際会議における研究発表

2.実施場所

エクアドル共和国グアヤキル市シモン・ボリーバル国際会議場

3.実施期日

平成20年10月4日(土)から平成20年10月12日(日)

4、成果報告

●事業の概要

人類学・考古学エクアドル国際会議(CONGRESO ECUATORIANO DE ANTROPOLOGÍA Y ARQUEOLOGÍA)は、2年に一度エクアドルにて開催され、エクアドル国内外から多くの研究者が集まる一大イベントである。第3回にあたる今大会は、10月6日(月)から10月10日(金)の計5日の日程でグアヤキル市にて実施され、考古学だけでなく、民族学、人類学、および社会学に関する様々なセッションが設けられた。

報告者は、主として「国境地域における考古学、および民族学」と題されたセッションに参加した。エクアドルは現在、北をコロンビア、東と南をペルーと国境を分けあっているため、このセッションは、第1日目はイントロダクション、2日目は南部国境地域、3日目は北部国境地域に関する発表という形で進んだ。したがって、ペルー北部において考古学的調査を行っている報告者は、2日目に研究発表を行った。

アンデス考古学において、エクアドル南部とペルー北部は、現在の国境を越えた文化的共通性、および連続性が認識されている地域である。国境線が政治的にひかれたものであり、その国境線の多くが河川であることを考えれば、これは当然の結果であるともいえる。また、先行研究では、国境地域の先史社会の発展において、両地域間(エクアドル南部とペルー北部)の地域間交流の重要性が暗黙のうちに想定されてきた。しかし、政治的問題や治安の問題などもあり、当該地域において学術的研究がほとんど行われてこなかったため、研究が非常に遅れている。さらに、エクアドルとペルーの研究者が集まり、それぞれの地域の具体的な研究データをもとに議論が交わされる機会は、これまでほとんどなかった。よって、先史における両地域の関係性については依然不明な点が多い。

このような状況を鑑みると、今回のシンポジウムを通じて、エクアドルとペルーの国境地帯における多くの調査研究が発表され、具体的なデータが相互にやりとりされる意義は非常に大きい。これにより、これまで重要性が認識されながらも研究が遅れていた国境地域における地域間交流の実態について、具体的な資料をもとに考察することが可能となる。また、このシンポジウムを通じて、国境地域の先史社会に関する新たな視点、および知見がもたらされることは、本シンポジウムが開催される最大の意義である。しかしながら、残念なことに今回のセッションでは、ペルー側の発表者は、報告者を含めて2人だけであった。今後、この状況が改善されることが期待される。

●学会発表について

担当セッションでは、ペルー北部カハマルカ県ハエン郡において2005年より実施している考古学調査のデータとその分析結果を中心に発表した。具体的には2005年に実施したワンカバンバ川流域の遺跡分布調査と、2006年と2007年の2シーズンにわたって行ったインガタンボ遺跡の発掘調査についての報告である。また、先行研究をレビューし、ペルー北部地域だけでなく、エクアドル南部地域の考古学データとの比較検討をふまえて、先史におけるペルー北部地域とエクアドル南部地域の地域間交流について発表した。 

発表の内容は以下の通りである。

  • ①遺跡踏査分布調査(2005年)の結果、ワンカバンバ川流域の中でも特にインガタンボ遺跡の周辺において、海岸部と山間部、及び熱帯地域、または様々な山間地域を結ぶ地域間の交流ルートの存在が確認された。また、インガタンボ遺跡は当該地域最大規模の祭祀遺跡であり、地域の社会的統合の中心であった可能性が示唆された。
  • ②この結果を受けて実施したインガタンボ遺跡の発掘調査では、計5時期の建設活動があることを確認した。そのうちの最初の3つは形成期(紀元前2500-0)とよばれる時期のものである。
    古いほうより1時期目に関しては不明瞭な点も多いが、漆喰が施された壁などが見つかっている。興味深いことに、この時期では一点の土器も確認しておらず、出土するのは骨や貝といった自然遺物のみである。

    2時期目になると、遺跡における建設活動が顕著になってくる。インガタンボ遺跡の中で中心的な役割を持つと考えられる基壇建造物にはアプローチのために北側に階段が築かれ、また基壇の上部には漆喰で上塗りされた部屋状構造物が設けられた。仕上げの精巧さや立地などから考えても、この構造物は単なる居住用のスペースではなく、宗教的なスペースと考えられる。この時期になると、量は少ないものの土器が検出されており、それからは.ペルー北部地域とエクアドル南部地域との関連が示唆される。

    3時期目は、インガタンボ遺跡で最大規模の建設活動が行われた時期である。基壇上部には以前にも増して精巧に仕上げられた部屋状構造物が設けられた。その上、この時期には以前の時期に比べて大量の土器が検出されるなど、遺物の出土状況も一変した。この時期の土器は以前にも増して、地域間交流の存在を示唆するものであり、ペルー北部地域だけでなく、エクアドル南部地域との共通性が見られる。また、興味深いことに祭祀建造物の建設に際し、奉納されたと考えられる石製の皿は、エクアドルとの国境近くに位置する遺跡で採集された石製品と類似している。さらに、エクアドル産の貝製品も出土しており、エクアドル海岸地域との交流も示唆される。
  • ③これらの結果と周辺地域で行われた先行研究とを総合すると、ワンカバンバ川流域、特にインガタンボ遺跡は、先史アンデスにおける地域間交流の地政学上の重要地点であったと考えられる。

発表後の質疑応答では、国境地域のエクアドル側で現在調査中の数名の考古学者より、発掘調査の詳細(特に建築技法や遺物の出土状況)、分析方法、および結果について、彼らの調査データとの比較を通して質問、およびコメントを受けた。また、セッション終了後も、発表を聞いていた多くの研究者と、各自の研究をもとにデータの解釈についての意見交換を行った。ペルーとエクアドルとの国境地域における考古学研究が遅れている現状の中で、新たなデータと知見をもたらした本研究の新規性と重要性は高く評価され、研究の継続が望まれた。

●本事業の実施によって得られた成果

本事業の実施によって得られた最大の成果は、様々な研究者、特にエクアドルにおいて考古学調査を行っている研究者たちと、報告者の研究に関する忌憚のない意見交換ができたことである。

報告者は、博士論文の執筆に際して、初期国家の成立以前にあたるアンデス文明の形成期(B.C.2500-50)における権力の生成過程を動態的に捉え、これを理論化したモデルの構築を目指している。この研究におけるポイントの1つは、日常の生活圏を超えた地域間の交流と権力の生成の関連であり、調査時に特に重点を置いて取り組んできた課題である。この議論の核となるのは2005年から2007年にかけて実施した3シーズンのフィールドワークで獲得した考古資料である。資料は、土器、石器、人骨、生物遺存体(獣骨・貝など)や金属製品など多岐に及ぶ。これらの資料の整理・分析作業は、これまで、専門家の協力や助言を受けながら、または、研究対象地域の隣接地域で調査を行っている他の研究者たちと互いの調査に関する情報をやりとりしながら行ってきた。しかし、これまで意見交換を行ってきたのは、ペルーにおいて調査・研究を行っている研究者のみであった。上述したように、研究対象地域が先史アンデス形成期において交流を行っていたのは、現在のペルー領域にとどまらない。現在の国境を越えたエクアドル領域との交流があったことは、これまで蓄積してきたデータから明らかである。また、研究対象地域は、先行研究が極めて乏しい地域であるが、国境を超えたエクアドル側では近年、いくつかの考古学調査が実施されている。よって、本事業を介したエクアドルの研究者との交流は、先行研究の不足を補い、比較検討の対象となるデータの充実という意味において、報告者にとって新たな知見をもたらした。したがって、本研究の進展、つまりは博士論文の執筆にとって極めて示唆的である。

残念なことに現在、エクアドルとペルー研究者の間で、情報を交換するような機会はほとんどなく、ペルーで調査する限り、エクアドル側のデータの入手は困難である。しかしながら、本発表にたいしては、エクアドルの研究者たちの反応は非常に好意的であり、今後の継続的な情報交換や本研究に必要な資料の提供も約束された。今後はこれを活かして、ペルーだけでなく、エクアドルの研究データを蓄積したうえで、研究に取り組んでいきたい。

なお、今回の研究発表については、エクアドルで出版されることになっている。

●本事業について

本事業は、学生のフィールド調査や研究発表をサポートするものであり、学生の研究の進展、および博士論文執筆に果たす役割は大きい。よって、今後も、本事業が継続されることを切望する。