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海外学生派遣関連事業 研究成果レポート

荒田 恵(比較文化学)

1.事業実施の目的

ペルー共和国、パコパンパ遺跡出土遺物の機能同定

2.実施場所

ペルー共和国 カハマルカ県 パコパンパ遺跡

3.実施期日

平成21年10月1日(木)から10月31日(土)

4.成果報告

●事業の概要

 当初は、パコパンパ遺跡にて工芸品生産が行われていたことを実証することを目的に、これまでにある程度用途が推定できた道具類(石器、骨角器)を対象として、遺物の機能同定を行う予定であった。そのため、使用痕分析法を用い、最終的には電子顕微鏡による使用痕跡の観察を行うことを想定していた。
 しかし、2009年6月末から9月末まで行われた今年度のパコパンパ遺跡の科研費調査にて、地質学者による遺跡の建築石材産地同定調査に同行し出土石器の石材同定データをまとめた結果、道具類の使用痕分析を行うためには、これまでの分析結果では不十分であるという結論に達し、調査内容を変更することにした。
 これまで行ってきた分析とは、形態に基づいて出土資料を分類し機能を推定するというものである。今年度行われた科研調査によって、これまでの分類が工芸品生産に限定したものであったという点に気づいた。具体的には、工芸品生産ということに固執するあまり、パコパンパ遺跡で行われていた、あるいはパコパンパ遺跡をとりまくさまざまな活動を軽視し、製作された製品、製品素材、道具類などの特定を目的に分類をおこなっていた。しかし、今回の産地同定および石材同定調査を機に、出土した石器、骨角器、貝製品、土製品、金属器のデータから、工芸品生産、饗宴、儀礼、交易の四つの活動について検証することが可能であるとの見通しを立てることができた。
 そのため、今回使用痕分析を行うことを見送り、上記の四つの活動を想定しながら、これまでに行ってきた分類の見直しを行うことにした。特に、道具類として分類していた剝片石器類について重点的に再分類を試みた結果、大まかに二つのタイプに分類できることに気がついた。それは、刃の形状が(1)直線的なものと、(2) 弧を描く(凹型)ものである。この刃の形状の違いは、出土資料の機能の違いを反映しているものと考えられる。現段階で、(1)は切断用あるいは皮鞣し用、(2)は骨から肉をこそぎ落とすためのもの、あるいは骨角器を製作する際に使用したものと想定し、工芸品製作あるいは饗宴を行う際に使用したと推定している。また、観察の結果、大きさが異なる同タイプの石器が存在することにも気づいた。
 しかしながら、今年度までで石器の出土点数は5,000点を超えたため、今回は全ての資料を分類することができなかった。タイプ分類およびそれをもとにした使用痕分析については、次回の調査課題とし、完了させる予定である。

●学会発表について

【大会名】:XVI CONGRESO PERUANO DEL HOMBRE Y LA CULTURA ANDINA Y AMAZÓNICA “JULIO CÉSAR TELLO ROJAS”
【発表題目】:Avances en el estudio de la Producción de los Objetos en Pacopampa
       (パコパンパ遺跡における工芸品生産研究概報)
【発表日時】:2009年10月29日(木)9時より
【発表場所】:Universidad Nacional Mayor de SanMarcos
       (ペルー国立サンマルコス大学:ペルー共和国 リマ)

 2005年から2008年にかけて行われた、パコパンパ遺跡の発掘調査で発掘された資料の分析結果について、特に、パコパンパ遺跡における工芸品生産に焦点を当てて報告した。

■発表要旨■
 2005年から2009年までの発掘調査で、約5,800点の石器、約200点の骨角器、約130点の土製品、約50点の金属製品と数百点の貝製品が出土した。2007年からこれらの出土遺物の分析を始め、これまでに一通りの形態分類と、石材同定および獣骨同定を終えた。
 これらの結果、パコパンパ遺跡において工芸品製作が行われていたことが明らかになりつつある。 これまでに、パコパンパ遺跡において、石製玉製品、貝製玉製品、骨角器の製作、ジェットミラーの再製作が行われていたことが分かった。その根拠としているのは、多数の未製品の出土例である。特に、石製玉製品については、その製作工程を詳細に復元することが可能になった。しかも、その穿孔方法については、貝製玉製品および骨製玉製品と推定されるものの穿孔技術と同様であることが明らかになった。
 また、これらの工芸品の製作に用いられた工具類について、一部であるが特定できると考えている。機能を同定するためには使用痕分析を行う必要があるが、現段階で、玉製品に穿孔するために使用したと想定される錐、骨角器に刻線を施して装飾を行うために用いられたと推定される彫器などが挙げられる。
 残念なことに、作業場と認定できる遺構はこれまでの発掘調査で確認されていない。製品類および未製品などについて発掘区ごとに出土傾向データをまとめた結果、他の地区に比べて中央基壇から未製品が多く出土することから、ここが作業場であった可能性は考えられる。しかし、出土資料の多くが包含層より出土した資料であり、出土コンテクストに問題があるため、この点については、今後の発掘調査の成果を期待するしかない。

●本事業の実施によって得られた成果

 本事業によって得られた成果は、これまでの分類の見直しを行うことによって、剝片石器類の刃部形態の違いが、その機能の違いを反映している可能性が高いことを確認したことである。
 剝片石器類のなかでも、特にスクレイパー類として分類してきた石器類については、刃の形状が(1)直線的なものと、(2) 弧を描く(凹型)ものの二つに、大まかに分類できることが分かった。この刃の形状の違いは、機能の違いを反映しているものと考えられ、(1)は切断あるいは皮鞣し用、(2)は骨から肉をこそぎ落とす際、あるいは骨角器を製作する際に使用したものと想定している。これらの石器は、工芸品製作あるいは饗宴を行う目的で使用されたと推定している。
 博士論文の研究目的は、パコパンパ遺跡より出土した遺物の分析をもとに、古代アンデス形成期の祭祀遺跡における諸活動を復元し、当時の社会において、祭祀遺跡がどのように位置づけられていたかを考察することである。
古代アンデスの形成期研究の多くは祭祀遺跡の調査にもとづいた、形成期社会の研究であるといえる。しかし、実際に祭祀遺跡でどのような活動が行われていたかは詳細に解明されていない。本事業の成果は、祭祀遺跡で製作活動および饗宴が行われていたことを検証するにとどまらず、その実体を詳細に復元することを可能にするものである。とりわけ、スクレイパー類についは、これまでの形成期研究では分析対象とされてこなかった。その使用目的を峻別するために、使用痕分析を行わなければならないという課題は残るが、スクレイパー類の刃部形状の違いに注目し、工芸品製作あるいは饗宴に使用されたことを証明する試みは新しいものである。
 工芸品製作研究に関しては、特に1980年代後半以降、考古学の分野において、複合化社会と関連付けて行われてきた。また饗宴は、近年の考古学研究で注目されているテーマの一つであり、文化生態学的視点あるいは文化と権力との複雑な関係に主たる関心を置く、ポリティカル・エコノミーの視点などから論じられている。いずれにしても、「権力」という問題に絡んでくるテーマであり、今年度のパコパンパ遺跡の発掘調査で、エリート階層であったと思われる壮年女性の墓が見つかったことは、本研究においても意義深い。この女性の墓資料と本研究によって、祭祀遺跡における工芸品製作および饗宴の実態に迫ることができるだけでなく、古代アンデス形成期社会における祭祀遺跡の社会的位置づけを行うことができると考えている。