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海外学生派遣関連事業 研究成果レポート

堀田 あゆみ(地域文化学専攻)

1.事業実施の目的

1)若手モンゴル研究者対象のサマースクールへの参加、及び学術会議での発表

2)フィールドワーク地選定のための事前調査

2.実施場所

モンゴル国ウランバートル市およびアルハンガイ県ホトント郡サント

3.実施期日

平成21年6月21日(日)から10月1日(木)

4.成果報告

●事業の概要

1)The Summer School for the Young Mongolists 2009

このサマースクールはモンゴル国の教育文化科学省とNational Association for Mongol Studies (International Institute for the Study of Nomadic Civilizations) によって毎年ウランバートル市で開催されている。今年度は6月23日から7月14日までの日程で開講された。内モンゴル、ロシア、ブリヤート、トルコ、ドイツといった国・地域からおよそ30名の若手モンゴル研究者が参加し、日本からは2名が参加した。参加者は、著名なモンゴル人研究者・教授陣による講義を2週間にわたって受けた後、各々の研究テーマについて学術会議で発表を行った。ちなみに、旅費を除く現地滞在費用は全て受入れ機関によって負担される。


■講義

基本的に2つの講義が並行して開かれるため、受講者はそれぞれの関心に従って2つの教室に分かれて座った。内容は大きく、以下の8つの分野に分けられる。(1)遊牧文明、(2)モンゴルの歴史、(3)モンゴル考古学、(4)モンゴル語/文学、(5)モンゴル哲学、(6)モンゴル文化、(7)モンゴル牧畜、(8)その他の研究である。教壇に立った教授および研究者の数は30名以上に上った。報告者は、自身の研究に関係する(1)、(5)、(6)の講義を中心に受けた。(1)遊牧文明研究では9つの講義が開かれ、世界の民族、文字、宗教にモンゴルが与えてきた影響について語られたほか、モンゴル北西部に暮らすツァータン(トナカイを牧する人々)の生業や文化についての比較研究が報告された。(5)モンゴル哲学に関する講義では、モンゴル伝統の陰陽五行説や、ハルハ、カルムィク、ブリヤート、ミャンガト、ホルチン、ウリャンハエといったモンゴル国内外の民族の名前の由来や慣習について、また、ピョートル時代、ラマ時代、社会主義時代、市場経済時代を通した社会階層構造の変化などについて述べられた。(6)モンゴル文化研究では、モンゴルにおける数、色、方角、時間の持つ意味(象徴)および空間の持つ意味、ゲルの構造に見られるテンゲル信仰、伝統民族衣装のデザインを取り入れた新しいファッションなどが紹介された。講義はお互いの自己紹介で始まることが多く、和やかな雰囲気の中で自由に発言することができ、受講者は各人の研究関心に添った質問を投げかけていた。


■学術会議

7月9日に国立師範大学においてセミナー参加者全員およびモンゴル人研究者有志がそれぞれの研究内容について発表を行った。本サマースクールへの参加資格としてモンゴル語は必須であり、会議における発表も原則はモンゴル語であった。しかし、全くモンゴル語ができない参加者にはロシア語と英語による発表も認められた。発表者が34名と多数であったため、持ち時間は各人10分であった。発表の内容は以下の通りである。


題目:Монгол дахь “Modernologio”

-Xэрэглээний эд зүйлсийн оршин тогтнол, түүний хаягдал болох хүртэлх явц-

(モンゴルにおける考現学—モノのあり方・捨てられ方)


発表の目的:

モノがごみ化される過程を文化行動として捉えモンゴルの新たな物質文化研究の可能性を示す
生活世界にある全てのモノ調査の先例として「考現学」と「李さん一家の生活財調査」を紹介し、今後の研究方法と方向性を示す

概要:

 モンゴルに関する物質文化研究の対象は、これまで主に遊牧生活に密着した家財道具や民具が中心であった。消費経済の浸透により、牧民の生活の中にもさまざまな消費財が取り込まれているにも関わらず、これらについての詳細な調査は行われていない。また、消費財に限らず、生活世界から取り除かれるモノやその過程にもまったく関心が払われてこなかった。そこで、消費財を含む全てのモノを対象とし、それらが使用されている状態、および廃棄へと導かれる過程、廃棄される方法を調査したいと考えた。一度生活世界に取り込まれたモノは何であれ、生活者によって価値付けられ、彼らの慣習や道徳や美意識、その時々の気分・状況・判断などに応じて扱われていると思われる。そして何らかの理由で生活世界から切り離されたモノがごみと呼ばれるようになる。ごみを生み出すという行為は全人類に共通であるが、何をいつごみとみなすか、どのように生活から切り離していくかは多様であり非常に文化的な行動であるといえる。消費経済には廃棄がともなうという側面に着目して、モノがごみ化される過程を文化的な眼差しでとらえる事によって、現代モンゴルの物質文化の一端が明らかになる。

 モノの利用やごみ化の過程を知るためには、まず生活世界に存在するモノについての情報をすべて把握する必要がある。誰が、いつ、どこで、いくらで、だれから手に入れたモノであるのか、またそのモノにはどの様な記憶・思い出が詰まっているのかによって、扱い方やごみ化の過程に何らかの影響が及ぶと考えられるからである。そこで、生活世界にある全てのモノの調査という点において極めて興味深い先例として、今和次郎の「下宿住み学生持ち物調べ」(1925)や「新家庭の品物調査」(1926)、および国立民族学博物館の佐藤浩司による「李さん一家の生活財調査」(2002)を紹介し、今後の研究方法とその可能性を示した。


発表に対する質問や意見:

当日は、短時間でのモンゴル語による発表ということもあり、研究内容をわかり易く理解してもらうために画像資料を多用した。その甲斐もあり多くの参加者から、「非常に興味深く今後の研究の進展に期待する」と言う励ましの言葉を頂いた。
質問の中には「ゴミ量は今後どうなりますか」「どうすればゴミ問題を解決できますか」といった家庭廃棄物としてのゴミの質・量・廃棄処分方を尋ねるものもあり、ごみを「ごみ」として生み出している人や文化に着目している報告者の視座を伝える事の困難さを改めて認識した。しかし、このような質問がなされた背景には、モンゴルの教授陣から参加者に向けて、「歴史や伝統といった過去のことばかりでなく、モンゴルの現代をもっと研究して欲しい。そしてその研究をモンゴルの将来に役立てて欲しい。」というメッセージがサマースクールの中で語られていたことが関わっている。実際にモンゴル国では近年都市部において増加した廃棄物をどのように管理するかという問題が取り沙汰されており、「ごみ」を研究で扱う以上ゴミ問題にも貢献できるはずだと言う期待が込められているのである。

2)フィールドワーク地選定のための事前調査

 本調査は、2009年7月21日から9月13日にかけて、モンゴル国アルハンガイ県ホトント郡サント・バグで実施した。現代モンゴルのごみ文化を研究するため、商品経済が地方の牧民世帯にどのような形で立ち現れているのか、彼らがモノにどのような価値付けを行なっているのか、そしていつモノがごみに変わるのかを明らかにしたいと考えた。そのためには、調査者を受け入れ生活の全てを見せてくれる遊牧民世帯を見つける必要があった。

 そこで、まず、モンゴル国の遊牧世界の実態が観察できる調査地として、牧畜業が最も盛んなハンガイ(高原)地域に属する五県の中で、工業、サービス業の割合が低く、農牧業の県GDPに占める割合が83.3%(2007年)と最も高いアルハンガイ県を設定する事とした。対象者の生活世界にあるモノ全てを調べ上げ、それら一つ一つの情報を聞取るという協力相手に対し忍耐を強いる調査になるため、協力してくれる世帯を見つけるのは困難を極めるだろうと予想していた。ところが、現地の方の紹介を頼りに訪れたホトント郡サント・バグにおいて調査に協力してくれる若年牧民世帯が見つかったため、住み込みによる本格的な調査を開始することができた。


調査の内容:

信頼関係の構築
夏営地における生活世界にあるモノ調べ(スケッチ、写真、映像による資料収集)
モノにまつわる情報の聞き取り

調査にあたり最も重要だと感じているのが信頼関係の構築である。長期間一つの空間で暮らすことになるため、初対面のよそ者を受け入れてくれた家族の生活をまず中心に考え、一緒に家畜の世話や家事をし、同じリズムで生活することを心掛けた。そのうちに家族の一員として迎えられ、何でも自由に調べて回ることができた。
モノ調査はゲル(遊牧民の住居)の中だけでなく彼らが生活している世界(草原、近隣世帯)にあるものも含めて行なった。彼らのモノが必ずしもゲルの中にあるとは限らないためである。当初は目に付いたモノは全て資料としてデジタルカメラに収め、それとは別に聞き取りの際に提示する用にポラロイドカメラも使用していた。しかし、何度かモノについての聞取りをする内に、ポラロイド写真よりスケッチの方が受けが良く解説の口調も軽くなることに気づき、時間があればできるだけスケッチをとるようにした。複雑な動作を伴うモノの使用状況などを記録する際にはビデオカメラを用いた。
今回の調査は夏季に行ったため、女性は馬、ヤク(牛)、ヤギといった家畜の搾乳作業や乳製品作りに追われ、男性も馬で出歩く事が多く、全てのモノについての話をじっくり語ってもらうことは困難であった。そのため冬の調査を予定している。屋外作業が少なくなる冬季には男性も女性もゲルにいる時間が長くなるため、聞き取り調査には最適である。また、冬営地には固定家屋もあり、夏のゲルにはなかったモノがたくさん確認できるはずである。

●本事業の実施によって得られた成果

1)The Summer School for the Young Mongolistsへの参加

 講義では様々な研究分野における専門家の話を直接伺うことができ、考古学や歴史といったあまり馴染みのない分野についても情報をえる貴重な機会となった。今後フィールド調査を行う上で意識すべき点や参考となるアイデアを頂く事ができた。また、はじめてモンゴル語による研究発表を行った事により、様々な国・地域のモンゴル研究者の、本研究に対する反応を知る事ができた。「ごみ文化」というこれまでになかった題材への取組みに対して好評を得たことは大きな励みとなった。ごみ文化の比較研究の可能性についても他の研究者と意見を交換する事ができた。なによりも、このサマースクールに参加したことで、モンゴル国および世界中から集まった研究者同士の交流を深めることができた。それぞれの国や地域におけるモンゴル研究の状況についても常に情報を交換できる関係を築くことができたことは大きな収穫であった。

2)フィールドワークの調査地選定のための事前調査

 今回の調査の目的は、博士論文執筆のための住み込み調査に協力してくれる遊牧民世帯を見つけることであった。長期間におよぶ訪問・住み込み調査を受け入れ、日常生活全般におよぶ観察およびインタビューに協力してくれる世帯を見つけることは、今後の本格的な調査の成否に関わる重要な課題であった。幸いにも予定していたアルハンガイ県において受け入れてくださる世帯をみつけることができ、突然の訪問にも関らず、その日から住み込みで調査をさせていただけることになった。

 本研究では、生活世界にある全てのモノを記録に収め、モノにまつわる情報や記憶などを住人から聞取る作業が中心となるため、彼らの協力なくしては進めることができない。また、プライバシーにかかわるモノも扱うため、時間を掛けて信頼関係を築いた上でじっくり調査を進める必要がある。今回の調査によって対象世帯の人々、および周辺地域の人々と信頼関係を築く事ができた。 さらに、今回の調査を通して今後注目して観察すべき点がいくつか発見された。

記憶の外部装置としてのモノ: 身内に起こった出来事を通してモノを語る
モノの所在と持ち主は必ずしも一致しない: 貸借期間の長さ、貸借関係の広さ、所有力の弱さ
廃棄権を持つのは誰か: モノの所有者か占有者か
穢れ観と廃棄の慣習: 髪の毛、帽子、上着、ズボン・・・異なった廃棄慣習

冬季に予定している調査では、夏季には見られなかったモノも多く観察できると予想される。上記のような点も踏まえて今後も調査を継続して行きたい。

●本事業について

 本事業の支援が得られたことにより、サマースクールへの参加および1ヶ月以上にわたるフィールド調査を実施する事ができた。貴重な税金であるという意識をもって大切に使わせていただいた。

 フィールドでは、必ずといって良いほど「この調査の経費をどうやって捻出しているのか」ということを現地の人々に聞かれる。大学院の支援を受けているとの旨を伝えると皆安心したような表情を浮かべる。報告者の懐を心配して尋ねてくださる場合や、約束の経費の支払能力があるかどうかを確認する意味で尋ねられる場合もある。報告者にとっても、決められた支援額の中で活動しているということを伝える事により、無理な依頼やお願いから守られるという利点があり、大変助かっている。