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国内学生派遣関連事業 研究成果レポート

大野 順子(日本文学研究専攻)

1.事業実施の目的

中世文学会 平成二十一年度秋季大会にて研究発表をする。

2.実施場所

藤女子大学

3.実施期日

平成21年10月10日(土)から10月12日(月)

4.成果報告

●事業の概要

 藤女子大学16条校舎を会場として、10月10日(土)より3日間に渡って開催された中世文学会平成21年度秋季大会に参加し、申請者は2日目に研究発表を行った。
 第1日目には公開講演(藤女子大学)と懇親会(センチュリーロイヤルホテル)が行われた。
 公開講演は丸山隆司氏(藤女子大学教授)による「辺境の中世」と、福田晃氏(立命館大学名誉教授)による「越前路・荒血山を越える―「気比宮本地」の精神風土―」の2本であった。福田氏の講演は、荒血山を端緒として「気比宮本地」に内在する諸問題に対して文学のみならず歴史・民俗・地理など多面的アプローチがなされており、申請者の研究テーマの一つである歌謡について言及された部分もあり興味深く拝聴した。丸山氏の講演は、開催地の北海道にふさわしく知里真志保著『アイヌ民譚集』に収録された「パナンペ放屁譚」から語り起こし、本州から蝦夷地へと昔話や民話がバイリンガルな状態にある異言語話者を媒介として伝播していく過程について語られた。
 翌日は、藤女子大学16条校舎において午前午後ともに研究発表が行われた。発表者名及び研究発表テーマは以下の通りある。
 片山ふゆき氏(北海道大学大学院生)の『今とりかへばや』の帝をめぐって、目黒将史氏(立教大学大学院生)の「〈薩琉軍記〉における為朝渡琉譚と百合若伝承をめぐって」、本多潤子氏(立命館大学大学院生)の「和歌陀羅尼観と歌菩薩」、大野順子(申請者)の「藤原俊成の和歌と今様」、錺武彦氏(早稲田大学文学学術院助手)の「鎌倉中期の和漢兼作者―『現存三十六人詩歌』をめぐって―」、酒井茂幸氏(埼玉大学非常勤講師)の「中世和歌披講所役考」の計6本であった。 全体として和歌に関係する研究する発表が多く、中世和歌を研究する申請者にとっては極めて有益なものであった。中でも本多氏が提示された経典注釈関係の資料は、和歌の「声」の問題について検討している申請者には極めて興味深いものであり、今後の研究に役立つであろうと考えている。

●学会発表について

発表要旨は以下の通りある。
 平安中期から末期にかけて都に流行した今様が、同時代を生きた歌人らの作品に影響を及ぼしていたことについては、すでに幾つもの論が立てられている。ただし、そこで取りあげられているのは、源仲正や源俊頼などのように直接に今様との接触を指摘でき、さらには雅俗を問わず新たな歌語を見いだそうとする進取の気性に富んだ歌人らであることがほとんどであった。これに対し、本発表で取りあげようとする俊成は三代集を重んじる古典主義の立場にある歌人とされるためか、その作品と今様との関わりについて指摘したものは少ない。指摘されている場合でも、今様は歌謡という文芸の性質上個々の作品の成立年代を確定することが難しいために俊成詠との先後を決しがたく、いずれがいずれに影響を及ぼしたのかについては安易に定めがたいと極めて慎重な立場がとられている。
 しかしながら、俊成の作品を辿っていくとやはり今様から影響を受けたといってよいような句が釈教歌および奉納歌に散見された。また、『広田社歌合』以降の俊成の歌合判詞には今様(郢曲)について言及している部分が数カ所みられるのだが、これは管見によれば『千五百番歌合』以前の現存する歌合判詞においてはほぼ俊成のみに見られる特徴と言える。先行する唯一の例として基俊判(『権僧正永縁花林院歌合』天治元年)があるものの、時代的にかなりの隔たりがあって直接の影響があるとは言い難い。本発表では、これまでさほど研究の俎上にのせられることのなかった俊成詠と今様の関係について検討していく。
 上記の要旨に従って俊成の実作を精査していったところ、やはり俊成には今様に影響を受けたと思しき作品が散見された。しかもそれらはほぼ全て神仏と関わる内容の歌々に見られるという特徴があった。しかしながら、現存する今様は極めて限定されたものであるため、これを即座に俊成の和歌表現に特有のものとして良いかには疑問が残った。そこで俊成判を分析し、更に別の角度から俊成と今様の関係を見ていくと、今様との影響関係が和歌に見られることは俊成のみならず、この時代の歌人らに特有の表現方法であるらしいことを指摘した。また、今様という宮廷外から流入してきた俗謡を、俊成はなにゆえ正統な王朝文学である和歌に取り入れることを可能としたのか問題に対し、神仏に連なる音声という点で通底するため両者の交流が可能になったのではないかということも合わせて述べた。
 これら発表に対して頂いた意見等は次項に譲る。

●本事業の実施によって得られた成果

 申請者は博士論文において、院政期和歌がその周辺領域に位置する諸作品(主に歌謡・連歌)から摂取したものは何であったのかを分析し、それらがやがて来る新古今時代の和歌表現へと与えた影響について考察を続けている。本発表はこの研究の一部を成すものであった。そこで研究発表の射程を長めにとり、俊成と今様の直接的な影響関係で終えず、末尾部分において俊成の和歌表現に内在する「声」の問題について言及したのであるが、今回は発表時間が25分と限定されたものであり、そこへ至る論の展開には当初から不十分なものを感じていた。発表後の質疑応答でも、やはりこの部分についての指摘が第一であった。俊成の歌謡に対する言説は両義的であり、申請者が論じたように「声」を肯定的に捉えるには、もう一段階の手続きが必要であろうとするご意見を頂いた。これについては申請者も論証の不足を感じていたところであるので、論文執筆の際には再度検討していきたいと考えている。ほかにも幾つかご意見を頂くことができ、己のみで考察を続ける中では出てこない問題点などが発見され、今後博士論文を執筆して行くにあたって非常に有意義な機会となった。

●本事業について

 研究者を目指すものにとって研究発表する機会を得ることは重要であるが、文系学部の場合には、遠方の学会に参加するにあたって旅費などが重い負担となってのし掛かることが多い。本学においては、それを解消する有効な制度として本事業がある。自身のみならず、後輩たちのためにも長く継続されることを切に願う。