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海外学生派遣関連事業 研究成果レポート

佐々木 比佐子(日本文学研究)

1.事業実施の目的

第五回インド日本文学会における研究発表(「仏画と近代写生短歌」)

2.実施場所

インド・ニューデリー

3.実施期日

平成22年2月9日(火)から2月15日(月)

4.成果報告

●事業の概要

 インド日本文学会(Indo―Japanese Literature Seminar)は、国文学研究資料館の伊藤鉄也教授の呼びかけから始まり、国際交流基金(The Japan Foundation)ニューデリー事務所の後援を得て、主としてネルー大学とデリー大学の日本文学研究者および学生と、日本の文学研究者との交流と研究の促進を目的とする国際集会である。第五回目となった今年のインド日本文学会のテーマは、「文学と絵画」であった。このテーマに基づくさまざまな研究発表と意見交換が、2月12日と13日の両日にわたって、国際交流基金ニューデリー事務所のタゴール・ホールでおこなわれた。
 今回の主催者は、ネルー大学の言語・文学・文化研究科北東アジア研究センター(Centre for Japanese Korean and North East Asian Studies, School of Language Literature Culture Studies, Jawaharlal Nehru University)と、国際交流基金(The Japan Foundation)であった。参加者は、インドで日本文学の教育と研究に携わるネルー大学とデリー大学の教授と学生たちがインド側のメンバーとして、日本からは国文学研究資料館の研究者の今西祐一郎氏、伊藤鉄也氏、江戸英雄氏に加えて、総合研究大学院大学文化科学研究科日本文学研究専攻の大学院生である陳可冉氏と佐々木比佐子の五名が出席した。
 文学会の初日の12日は、伊藤鉄也氏が日本から持参した十二点の古典籍の複製本等(『源氏物語絵巻』、『紫式部日記絵詞』など)を会場に展示する作業を終えたのち、関係者の都合から午後の開会となった。はじめに基調講演として今西祐一郎氏の「平安時代女流文学の『仮名』」の講演があり、そののち第一セッションとして、伊藤氏、江戸氏、Unita Sschidanand氏、Anita Khanna氏による研究発表があった。このあとで、Anita Khanna氏より日本側のメンバーに自己紹介が求められて、銘銘応えた。
 つづく13日の第二セッションでは、午前中に学生四人(陳可冉氏、佐々木、Riya Sinha氏、 Danish Reza氏)の研究発表がおこなわれた。もう一人予定されていたYukti Bhaskar氏が、体調不良の為欠席であったことには心を痛めた。彼女は、前々日われわれ一行をデリー大学やネルー大学等に案内してくださったり、色々とお世話していただいた方であった。その後、ネルー大学のManjushuree Chauhan氏の講演がおこなわれ、続いてデリー大学とネルー大学の学生あわせて10名の発表があった。彼ら一人一人の発表に対しては、日本側のメンバーから意見や感想等を述べた。これは2時間近く続いた。
 その後のパネルディスカッションでは、Shiva Prakash氏とDean氏が今回のテーマである「文学と絵画」について、哲学的に見解を述べられた。そして今西先生の日本文学における絵画と和歌の関係の変遷について等の発言に総括され、第五回インド日本文学会は終了した。

●学会発表について

【発表の概要】
題目「仏画と近代写生短歌」
 正岡子規の提唱する「写生」を受け継ぎ、齊藤茂吉はそれにより自らの短歌表現を探究し続けて、 近代写生短歌を確立するに至る。明治三十八年一月に茂吉は『子規遺稿 第一篇 竹の里歌』を読み 共感し、そこから創作を開始する。子規の模倣という、表現の方向性に確信を持った文学の始まりであった。
 茂吉はこの時の体験を、のちに「思出す事ども」という随筆に記している。また明治三十八年当時の書簡からはさらに、創作開始期の作品と「子規の短歌」に傾倒する茂吉の心情をうかがう事が出来る。そして、そこに見受けられる子規と茂吉二人の接点に、仏画というものの存在が関与している事実を確認する。仏画は、ひとつは涅槃図。もうひとつは地獄極楽図である。子規が涅槃図を見て詠んだ一首を模倣し、茂吉は記憶に残る地獄極楽図を詠むということを試みる。これが二人の接点となっているのである。
 この点に加える詳しい考察は今後の課題として、今回の発表では、近代写生短歌を確立した斎藤茂吉が正岡子規を受容する接点に「仏画」の存在が確認できる事を述べた。今回の文学会のテーマが、「文学と絵画」ということもあり、レジュメの涅槃図はカラー図版で示した。インドの人々に、日本の仏教美術の一端を伝えたいとも願った。

【諸先生からの御教示】

1)江戸英夫先生
奈良時代の説話も記すが、『日本霊異記』の成立は平安初期である点を確認しておこう。

2)伊藤鉄也先生
チベットの仏画である「タンカ」の六道絵なども参考として見てみるとよい。

3)今西祐一郎先生
いまだ特定されていないと言われる子規の詠んだ涅槃図は、特定が可能かもしれず調べ直してみるべきである。また、宝泉寺の地獄極楽図とされているのは閻魔図であり、『絵入往生要集』等を参考に茂吉の詠んだ地獄極楽図の歌と絵画をよく照らし合わせる必要がある。
正岡子規の詠んだ一首の解釈において、「象蛇ども」だけを「切り取った」という表現は誤解をまねくのではないか。

4)Anita Khanna先生
「象蛇ども」という言葉において、象徴的に「象」と「蛇」と言う事によって、悲しむ存在の全体を表わしているようにも感じられる。またレジュメの日本の仏画の、樹々の葉がうなだれているような絵画表現などについては如何。

●本事業の実施によって得られた成果

 今回の、インド日本文学会のテーマは「文学と絵画」でした。このテーマは、わたしの取り組んでいる齊藤茂吉研究に思いのほかよい刺激となりました。このテーマをかかえながら、齊藤茂吉の創作の起点となっている「正岡子規の短歌との出会い」を考察する過程において、仏画を歌に詠むという行為が茂吉と子規をつなぐものとして確認することが出来たのです。これは、インドに出発する5日 ほど前のことでした。ですから深く考察を進めることはかなわず今回の発表は、仏画というものの存在が、近代写生短歌に関与している事実の報告と、子規と茂吉の紹介に留まる事となりました。今後は、この事実に対する考察を詳しく加えていきたいと考えています。
 第五回インド日本文学会は、2月12日と13日の二日間にわたってニューデリーの国際交流基金事務所のタゴール・ホールにおいて開催されました。二日目のわたしの発表に対しては、諸先生方から貴重なご意見をいただきました。今回いただいた助言はぜひとも活かして、これからの研究を進めていくつもりで居ります。
 基礎文献が充分とはいえない環境で、日本文学研究をこころざすインドの学生の方々との交流は、心に残るものでした。現代の日本の抱えている社会問題を、彼らはよく認識しているようでした。例えば、家族関係が日本では希薄になりつつある問題等に関して対話をしましたが、また機会が許されれば、彼らとぜひ対話を続けたいと思いました。
 驚いたのは、石川啄木と宮沢賢治がよく読まれているという事でした。国際啄木学会が毎年インドで開催されているというのです。偶然ですが、わたしは中学・高校時代を岩手県盛岡市で過ごしており啄木の後輩にあたりますので、その事をUnita Sachidanand先生にお伝えすると大変驚かれて、インドでの啄木関係の書籍を頂くことになりました。初めてお会いしたネルー大学のジョージ先生と、盛岡のお話ができるとは、全く思いもよらない出来事でした。
 インドの日本文学研究に携わる人々との交流は、深く心に残るものとなりました。そして、「仏画と近代写生短歌」の研究は、文学と絵画の本質を見究めるところまで探究を進めていけば、博士論文の一部となり得るので、まず学会発表や学会誌への投稿を目標に執筆を続ける予定です。

●本事業について

 インドという、自分にとって未知の部分の多い国での体験は、実に忘れがたいものとなった。遠く過去を振り返ってみれば、インドは歴史的に深く細くわが国と関わる国であり、その関係性に思いを馳せながら実際に自分の目で見て体験した現代のインドは、予想以上に大いなる興味をいだかせる国であった。そしてインドの日本研究の現状を通して、自国である日本の文化というものをあらためて考える機会ともなり、大変有意義であった。啓発の機会を与えていただき、感謝いたします。