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国内学生派遣関連事業 研究成果レポート

渋谷綾子(比較文化学)

1.事業実施の目的

日本文化財科学会第26回大会での研究発表(口頭・ポスターの2件)

2.実施場所

名古屋大学

3.実施期日

平成21年7月11日(土)から7月12日(日)

4.成果報告

●事業の概要

学会の内容

 日本文化財科学会は,文化財に関する自然科学・人文科学両分野の学際的研究の発達および普及を図ることを目的として,1982年12月に発足した学会である。学会の研究内容は,文化財の材質・技法・産地・年代測定・古環境・探査・保存科学・情報システム等に関する自然科学と人文科学の共同研究を行うものであり,毎年1回4~6月に関東と関西で交互に総会・大会が開かれ,200件以上におよぶ研究発表が行われている。学会員については,2002年4月1日の正式報告によれば,840名(自然科学者と人文科学者がほぼ半数ずつ)を超したといい,2009年現在は会員数がさらに増加したと思われる。


主に参加したセッション

 今回,名古屋大学で開催された第26回大会では,口頭発表54件,ポスター発表141件,特別講演3件が行われた。このうち,12日の特別講演(13:40~15:40)については,ポスター発表時間(12:30~13:30)の後に設定されており,当初は特別講演の聴講を希望していたが, 発表時間後も多くの研究者たちから質問を受けたため,今回は聞き逃すこととなり,詳細な内容については把握できなかった。

 研究発表については,口頭もポスターも,産地同定,保存科学,材質・技法,文化財科学一般,年代測定,古環境の6つのセッションに分かれており,口頭発表は7月11日・12日の両日ともに実施された。

 私は11日・12日ともに,自分の研究発表の時間を除いて,口頭発表(報告14分,質疑応答3分)については,可能な限りすべてのセッションに参加した。関心をもって臨んだのは,文化財科学一般のセッションで報告された,遺跡から検出された炭化米に関する研究報告と3次元画像を活用したシリア・パルミラ遺跡の地下墓の復元結果,年代測定のセッションで報告された縄文時代中期から晩期の各遺跡の事例研究,古環境のセッションで報告された縄文時代以降の農耕と二次林とのかかわりに関する研究である。特に,私の博士論文研究に直接かかわる報告であった縄文時代中期から晩期の各遺跡の事例研究については,これらの報告内容や方法論を参照しながら,博士論文の完成に結びつけたいと考えた。また,他の研究報告の中で興味深く感じた3次元画像を活用した報告については,現地で復元が現在試みられている中での経過報告であったが,将来的に,こうしたデータベースの活用によって,考古学研究をはじめとして,文化財の修復作業など多彩な分野に大きく貢献するのではないかと感じた。

 ポスター発表については,事務局から与えられた発表番号によって,ポスター前での説明が11日・12日のどちらか1日という形で設定されていた。しかし,大半のポスター発表者が両日ともに研究内容を説明し,ポスターセッションの時間を大幅に超えて議論を続けている姿が数多く見られた。

 興味をもったポスターは多数あったが,中でも,タイの土器作りに用いる叩き板に関する民族誌から植物考古学的に研究を行ったものや,イネ種子のDNA分析結果に関するもの,X線CTから考古遺物を測定したものなどについては,報告者たちが知人であった関係もあり,彼らの研究内容にとどまらず,将来的な研究の可能性や共同研究の提案などを議論することとなった。それと同時に,現在執筆中の博士論文の内容についても,植物学,考古学,民族学などさまざまな分野の視点に立った助言を受けることができた。

●学会発表について

口頭「石器残存デンプンからみた三内丸山遺跡の植物利用」(個人研究)

<概要>

 本発表は,平成18年度および20年度三内丸山遺跡特別研究の結果とその後の成果を報告したものである。平成18年度の研究では,三内丸山遺跡の石皿から残存デンプン粒を検出し,デンプン分析の有用性を実証した。平成20年度の研究では,新たな資料を調査するとともに,平成18年度研究の成果も再検討し,残存デンプンの形態と石器の出土場所との関係性や,時期によるデンプンの形態的変化を検証した。研究発表では,これらの調査の結果を報告するとともに,三内丸山遺跡の機能と植物利用について,残存デンプン分析がどこまで解明できるのかを提示した。


<発表に対する質問や意見,評価>

 本発表で扱った残存デンプン分析は,日本では比較的新しい分野の研究であり,しかも,発表セッションが12日の最終の時間帯に設定されていたため,発表会場には多数の参加者が出席していた。彼らの多くは考古学や植物学,文化財科学の研究者である。報告後の設けられた質疑応答時間にやや余裕があったため,会場から多数の質問や助言を受けることができた。  参加者たちの注目した様子がみられた質問は,「石器の残存デンプンと土壌に含まれた現生資料のデンプンの識別方法」についてである。この問題は,博士論文研究でも取り上げているものである。質問者に対しては,石器の埋没期間中に土壌から混入して付着したデンプンと,石器の使用で付着したデンプンとが同じ石器の表面に同時に遺存していることは,容易に想定できること,これらのデンプンを識別するため,多くの研究では土壌の分析と併行して石器の分析が実施されているが,検出したデンプンが石器で加工した植物の残滓であると確実に識別する方法は,現在のところまだ提示されてはいないことを説明した。この問題に関連して,デンプン粒の残存要因に関する問題については,デンプンの粒子の崩壊度を数値化するなど明示してはどうかという意見があった。さらに,報告中で提示した石器の出土場所によって残存デンプンの形態が異なるのは,単に統計的な誤差が生じているだけではないか,詳細な検討がもっと必要なのではないかとの指摘もあり,調査で得られた結果に対する考察を再度検証する必要性があると痛感した。

 その一方で,植物の細胞の中でデンプンと類似した構造をもつものがあるため,化学的にデンプンであると証明するために,分析試料に対して試薬の添加をしてはどうかとの植物学者からの意見もあった。この意見は,博士論文の研究で三内丸山遺跡の調査結果のみに見られた「デンプン?」に対し,実は針葉樹の仮導管であるとの指摘でもあり,研究発表の終了後に,確実にデンプンであると明示する方法を改良するようにとの助言を受けた。

 以上のように,今回の口頭発表では,いつも以上に会場の参加者から多数の意見や助言を受けることとなったが,いずれも研究者たちの残存デンプン研究に対する高い関心をうかがわせるものであった。


ポスター「使用痕分析および残存デンプン分析からみた三内丸山遺跡の食料加工技術の研究」(弘前大学上條信彦氏との共同研究)

<概要>

 本報告は,平成20年度三内丸山遺跡特別研究の成果にもとづいたものであり,研究では,三内丸山遺跡出土の石皿や磨石類について使用痕分析と残存デンプン分析を行い,円筒土器文化圏の食料加工や植物利用の実態を解明することを目的とした。

 使用痕分析では,三内丸山遺跡と近野遺跡から出土した石皿や磨石類を調査し,石器の形態間の共通点や相違点を明らかにした。残存デンプン分析では,三内丸山遺跡の石皿と磨石類を対象として調査した。研究発表では,両発表者の研究成果を統合し,三内丸山遺跡における食料加工技術に関する共同研究として報告した。


<発表に対する質問や意見,評価>

 今回のポスター発表は,同様の研究を実施している共同研究者の上條信彦氏とともに,共同研究として,三内丸山遺跡で得られた研究の成果をまとめたものである。ポスターセッションではともに説明を行ったが,設定された報告時間のみならず,それ以外の時間帯でも多数の研究者から質問や意見を受けることができた。質問については,検出した石器の残存デンプンに対する植物種の同定に関するものが多く,口頭発表で受けた「石器のデンプンと土壌のデンプンの識別方法」に関する質問も多かった。さらに,DNA分析や炭素・窒素安定同位体分析などの他の分析科学的手法を併用した共同研究の提案もあり,口頭発表とともに研究者たちの関心の高さを上條氏とともに実感した。

●本事業の実施によって得られた成果

 本事業の実施によって,大学院へ入学して以来,毎年研究発表を行っている日本文化財科学会で,口頭およびポスターの両方のセッションで,これまで得られた研究成果の発表を行うことができ,研究業績を増やすことができた。

 本年11月提出予定の博士論文の研究は,日本考古学で比較的新しい残存デンプン分析を方法論とする研究であり,同学会で過去に参加し研究成果を報告した折は,いつも「目新しい研究」としての扱いを受け,それほど多くの意見や助言は得られなかった。しかし,今回の大会では,研究発表の内容にとどまらず,今後の研究の方向性,将来的にどのように研究を進めていくのかについて,口頭発表およびポスター発表で,さまざまな研究者たちと話し合うことができ,非常に多くの研究者が注目し,成果を期待しているということを実感させられた。

 口頭発表は博士論文の中核となる1章の内容であり,14分という短時間での報告であったが,博士論文研究の概要を述べた形であった。ポスター発表の際も実感していたが,口頭発表の後に設けられた質疑応答時間では,セッションの会場から多くの質問や意見を受けることができた。それらの多くは,石器のデンプンと土壌のデンプンとの識別方法やデンプンの残存要因(タフォノミーの問題),植物種の同定(現時点でどこまでわかっているのかとの質問),調査結果の解釈・提示方法に関するものであった。いずれの意見についても,博士論文で取り上げる事項であり,その上,植物の専門家によって,これまで疑問に感じてきた物質の解明ができたことは,非常にありがたかった。

 ポスター発表は,同じ研究を進める研究者との初めての共同研究であったが,ポスターの見学者からは研究方法に関する質問だけでなく,研究の将来性についてもさまざまな意見を受けることができた。質問の多くは口頭発表で受けた質問とほぼ変わらないが,分析の方法や植物種の同定,デンプンの残存要因に関する問題であった。さらに,日本では残存デンプン研究の方法論が確立されてはいないため,分析を実施する際の留意点などについても尋ねられ,この点については,博士論文をはじめ,他の事例研究に関する論文で報告することを告げた。

 今回の学会では多数の研究者の考えにふれることができ,ポスターと口頭の2種類の発表を行ったことによって,どちらにおいても多くの意見を得ることができた。これは執筆中の博士論文研究の内容を深めるのに役立つだけではなく,将来的な研究の可能性を広げるものとなる。その意味で,今回の学会参加は非常に有意義であったと考える。

●本事業について

 今回の事業で行った研究発表では,口頭発表・ポスター発表のどちらも,考古学研究者をはじめ,植物学や文化財科学に携わる多くの研究者から,発表内容や研究の将来的な方向性について,多種多様な質問や意見を受けることができた。つまり,例年以上に多くの研究者たちと交流することができたことが本事業の効用であると考える。

 ただし,本事業で求められている「活動風景の写真を撮る」という要件については,日本文化財科学会では比較的容易に撮影することが可能であったが,発表中の写真撮影が難しい学会もある。そのため,この点については,学会の状況に応じて,可能な限り撮影するという形に改善していただきたい。