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文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業 研究成果レポート

荒田 恵(比較文化学専攻)

1.事業実施の目的

ペルー共和国、パコパンパ遺跡出土遺物の機能同定および一括遺物分析

2.実施場所

ペルー共和国 カハマルカ県 パコパンパ遺跡

3.実施期日

平成23年1月4日(火)から2月15日(火)

4.成果報告

●事業の概要


 本事業では当初の予定を変更して、一括遺物(石器)の分析およびそれに伴う石器のタイプ分類の見直しを行った。

(1)一括遺物(石器)の分析
 2010年度のパコパンパ遺跡の発掘調査で、初めて石器の一括遺物が出土した。一括遺物とは「過去の人類が、同時に残し置いた一括の遺物群をいう(『日本考古学用語辞典』学生社 p.31)」。一括遺物はパコパンパ遺跡の第3基壇上に設定されたD区より出土した(図1:赤丸印で示した地点より出土)。

D区は、人工的に盛り土をした円形の構造物であり、石器の一括遺物が出土したのは、その頂上部の部屋状構造物のなかであった(写真1、2)。総数275点の石器が、写真のように、壁際からまとまって出土した。

 これら石器の一括遺物は洗浄されていなかったため、本事業では、洗浄から開始した。洗浄方法は通常とは異なり、石器の使用痕分析を行うことを視野に入れて、超音波洗浄機を用いた。なぜなら、ブラシで洗浄すると石器表面に傷がついて、使用痕などの痕跡と区別がつかなくなる場合があるからである。
 洗浄後は、形態にもとづいたタイプ分類を行い、同時に、ルーペを用いて石器の表面を観察し、使用痕あるいは加工痕、付着物の有無などを確認した。
 形態分類については、並行して類例調査を行い、タイプ分類を決定する際に参考にした。類例調査の結果、これら石器の一括遺物の多くが、金属製品の製作道具として報告されている石器と形態が類似していることが分かった。そこで、類例を参考にして石器の一括遺物を、槌、鉄床、金属製品加工道具、鋳型、石斧、敲打具、砥石、剝片石器の8タイプに分類した。
 また、ルーペを用いた石器表面の観察では、槌に分類した石器の底部に、黒褐色あるいは褐色を呈した金属らしきものが、薄く層状に付着していることが確認できた(写真3、4)。

この付着物については、現段階で、銅の製錬過程のものであると推定している。その根拠となるのは、2010年度の調査で行われた石器石材の岩石学鑑定によって同定された、銅の製錬過程の鉱石(写真5)である。その銅の製錬過程の鉱石と付着物を比較して、これらの表面状態および色が類似していたため、付着物を銅の製錬過程のものであると推定した。

 石器の一括遺物には大量のメノウ製の剝片石器が含まれており、一見、これらは銅の製錬とは無関係な石器と思われるが、これらメノウ製の剝片石器が、皮膜状で岩石に付着している銅の二次鉱物をこそぎ落とすために有効であることは、石材の岩石学鑑定の際に地質学者によって指摘されている。
 以上のことを総合して、これら石器の一括遺物すべてが、銅の製錬に関連した資料であるという見通しが得られ、道具のセット関係を把握することができた。この一括遺物のうち、槌、鉄床、金属製品加工道具に関しては、これまで砥石、敲打具あるいは石皿として分類していたため、すでにタイプ分類が終了している一部の資料について、再度分類を見直すことにした。


(2)石器のタイプ分類見直し
 先述したとおり、石器の一括遺物の分析によって、これまで砥石、敲打具あるいは石皿として分類していた石器に、銅の製錬に関連した資料が含まれていたことが明らかになった。そのため、これらの石器に関してタイプ分類の見直しを行った。
 その結果、金属らしきもの、および鉱滓らしきものが付着している石器(写真6、8、9)を確認した。これらは、それぞれ磨石あるいは石皿として分類していたものである。
 磨石(写真6)は、表面の割と広範に、被熱して赤く変色している部分がみられ、その被熱した部分に、金属らしきものが付着していることが確認できた。このほかにも、金属らしきものが付着している石器を数点確認している。
 一方、石皿には銅の鉱滓らしきものが付着していることが分かった。この付着物を銅の鉱滓として推定した根拠としては、この表面の状態が、2010年度の石器石材の岩石学鑑定によって同定された鉱滓(写真7)のものと類似していることがあげられる。
 石皿は、中央にまるく凹んだ部分をもち、凹んだ部分の縁に灰色をした鉱滓らしきものが付着していた(写真8)。観察の結果、鉱滓の表面(写真7)同様、石皿に付着している鉱滓らしきものの表面(写真8:右)に無数の穴が開いていることがわかった。

 タイプ分類の見直しを行ったことにより、石器の一括資料以外にも金属らしきもの、あるいは鉱滓らしきものが付着した資料を確認することができた。製作址などが特定されていないという問題は残るが、これらの資料により、ペルー北部の形成期の祭祀遺跡であるパコパンパ遺跡で銅の製錬が行われていたことを立証できるという見通しが得られた。
 タイプ分類の見直しはほぼ終了しているが、これらの結果をデータに反映させて、時期別あるいは出土地区ごとにまとめる作業が残っている。また、石器に付着していた金属あるいは鉱滓と思われる資料についても、X線回析分析を行って化学組成を調べて、銅の製錬過程あるいは鉱滓であるのかを検証する必要がある。残念ながら、本事業では期間の制限などがあって、これらの作業を行うことはできなかったが、今後の分析課題として引き続き取り組んでいく予定である。

●本事業の実施によって得られた成果


 本事業を実施することによって、ペルー北部高地に位置する形成期の祭祀遺跡であるパコパンパ遺跡で、銅の製錬が行われていた見通しを得ることができた。
 アンデスでは、紀元後10世紀ころから14世紀ころにペルー北海岸に栄えたシカン文化で砒素青銅の製作址が発掘され、その製錬プロセスが明らかにされている。しかし、残念ながら、銅製錬がいつ始まったかは明らかにされていない。パコパンパ遺跡より銅製品が出土し始めるのは紀元前800年ころで、おそらくこのころ、同遺跡で銅の製錬および銅製品の製作が開始されたと想定している。銅の鉱滓らしきものが付着した石皿が出土した層位は、ちょうど紀元前800年ころあるいはそれよりも少し以前に対応している。本事業によって銅製錬の開始期を特定するには至らなかったが、すでに紀元前800年ころに、アンデスで銅製錬が行われていたという見通しを得ることができた。
 本事業の実施者の博士論文研究の研究課題は、祭祀遺跡における工芸品製作である。これまでの分析で、祭祀遺跡であるパコパンパ遺跡で玉製品あるいは骨角器などの工芸品を製作していた見通しを得ている。これらの工芸品は、儀礼の際に用いられた道具あるいは身につけられた装身具であったと考えられ、祭祀遺跡における工芸品製作は儀礼と密接な関連性を持っていたと想定している。この工芸品製作は、エリート層によってコントロールされていた可能性が高く、考古学における工芸品製作研究の多くが政治構造の研究へと収斂される点で、アンデス形成期における複合社会の成立を理論的枠組みのなかで具体的に論じることができる研究といえる。
 本事業により、同遺跡で玉製品あるいは骨角器の製作以外に銅の製錬が行われていたと推定できる。銅の製錬が、銅製品製作などといった工芸品製作の一環として行われていたと考えるならば、本事業の成果は、祭祀遺跡における工芸品製作を決定づけるものである。さらに言えば、祭祀遺跡における工芸品製作がエリート層によってコントロールされていた可能性をより強く示唆するものであるといえる。この点で、本事業の成果は祭祀遺跡における工芸品の実態を解明するだけでなく、社会構造までをも明らかにし、博士論文研究を複合社会の成立を論じる研究へと発展させることができる。