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文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業 研究成果レポート

林 真人(日本文学研究専攻)

1.事業実施の目的

大韓民国国立中央図書館所蔵日本古典籍関係文献の総合的調査

2.実施場所

大韓民国国立中央図書館

3.実施期日

平成22年11月14日(日)から11月17日(水)

4.成果報告

●事業の概要

 大韓民国国立中央図書館所蔵の近世前期の説経・古浄瑠璃関係書、中世期散文・芸能関係書写本の書誌的調査を行った。特に、近世前期版本『さんせう太夫』を綿密に調査し、現存する『さんせう太夫』諸本との比較検討を行った。

●本事業の実施によって得られた成果

 朝鮮総督府旧蔵本『さんせう太夫』は、糸井文庫本『さんせう太夫』をかぶせ彫りし、再版した本であることが分かった。また、糸井文庫本と同じ本文を持つ元禄四年刊本『さんせう太夫』との比較から、朝鮮総督府旧蔵本を完本とする前回の調査カードは誤りで、巻末の数丁が欠損していることが判明した。
 朝鮮総督府旧蔵本は糸井文庫本や元禄本に見られる見開きの挿絵二図を欠く。そして、柱刻を見ると元禄本が初丁から終丁まで誤りなく丁数が記されているのに対し、朝鮮総督府旧蔵本の挿絵の欠けている丁は丁附も飛び丁になっている。これは、再版の際に挿絵を省略し、柱刻は親本の通りに彫ったために生じた現象と考えられる。従って、朝鮮総督府旧蔵本は元禄本や糸井文庫本に見られる本文や挿絵が生じたのちに、一部の挿絵を省略して刊行された本であることがわかる。
 元禄本と糸井文庫本には字形や挿絵に若干の差異がある。いずれかがいずれかの版木を用いてかぶせ彫りを行っているのである。元禄本の挿絵においては、同じ人物の服装が前後で異なる箇所がみられる。一方、朝鮮総督府旧蔵本は、元禄本と糸井文庫本とで不一致が生じている箇所において、糸井文庫本とほぼ一致する。従って、朝鮮総督府旧蔵本は糸井文庫本の版木を用いてかぶせ彫りが行われた本であると考えられる。
 佐野みどり氏は、糸井文庫本の方が元禄本よりも彫り方が丁寧であると指摘した上で「これらのことは、⑥(私注:糸井文庫本)が被彫されて⑤(同:元禄本)ができ、その際、何らかの手違いで字形や模様が変わってしまったと考えると、うまく辻褄が合う。即ち、⑤は⑥を需要に応じて被彫・再版したものであり、⑤の前に⑥が位置すると考えられる」(「浄瑠璃さんせう太夫物の系譜」『伝承文学研究』第二十七号)とした。朝鮮総督府旧蔵本が糸井文庫本のかぶせ彫りであることを前提としつつ佐野説を採ると、刊行された順は、糸井文庫本→元禄本→朝鮮総督府旧蔵本、あるいは糸井文庫本→朝鮮総督府旧蔵本→元禄本ということになる。しかしもう一方で、元禄本→糸井文庫本→朝鮮総督府旧蔵本というパターンも想定しうる。この場合、「元禄版刊行の後、前後の挿絵の整合性を正した糸井文庫本が作られ、その後に糸井文庫本を用いてかぶせ彫りを行い、一部の挿絵を省略した朝鮮総督府旧蔵本が製作された」という比較的合理的な説明をしうる本製作の経緯を想定できる。しかし、佐野説を前提とした2パターンを否定するだけの根拠も現時点ではなく、今後の課題となる。

●本事業について

 今回のリサーチトレーニング事業は、普段目にすることの少ない貴重な資料を数多く調査できるまたとない機会であった。のみならず、それらの資料に関する知見を、各先生方から様々な視点でご教授いただけた。これは何本の論文を読むにも勝る、有意な勉強になった。また、国立中央図書館職員の方々や、高麗大学大学院生の方々とも交流でき、日韓の歴史問題にも関わってくる本事業に必要な、相互理解を深める機会としても非常に有意であった。